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RE080 キリエ、再び千切られる
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「いっ――」
べちんっ、と顔面を襲った衝撃に目覚めた方。
吸血鬼的な意味での「食事」にありつき、〔花嫁〕のアフターケアまでしっかりこなしたうえで気持ちよく惰眠を貪っていた大きい方のキリエは、突然の痛みに目を覚まし、訳も分からず起き抜けの寝惚け眼を白黒させた。
「えっ……なに……?」
固有領域内でいくら気を抜いていたとしても、常に体の周囲へ張り巡らせている余剰魔力へ干渉されて気がつかないほど鈍くはない。
突然暴力を振るってきたのが初めから余剰魔力の内側にいて、あまつさえ大事に抱え込んですらいた〔花嫁〕だということだけは起き抜けの頭でもはっきり理解していたキリエの、人外にしては理性的でいて徒人くさい反応に、加害者である伊月はきょとりと目を瞬かせる。
「寝てたの?」
「寝てたよ……」
キリエには寝たふりなどして伊月を欺く理由がなかった。
「あっちのキリエが動いてるから、狸寝入りかと思った」
「あっち……」
それなりに長く生きた長命種であるキリエはその余りに余った処理能力にあかせ、自らの意識を必要に応じて分割したうえでそれぞれに仕事を割り振る……というような形での並列処理をよく行う。
キリエ・エレイソンにとって「主たる意識」が〔花嫁〕の傍らで惰眠を貪っていようと、そこから分かたれた「他の意識」は半ば機械的に、己の仕事を勝手にこなす。
「寝てる間は同期してない。……今した」
取り急ぎ眷属紛いの記憶を読み込んだキリエは、つい数分前の書斎で行われたやり取りのあんまりな内容に、へにゃりと情けなく眦を下げる。
死んでしまった〔花嫁〕の遺骸から死に血を取った、取らないなどと。同じ事を他の誰が口にしても相手の一族郎党殺し尽くすまで気が収まらないレベルの侮辱も、当の〔花嫁〕がそれを口にしたのではどうしようもなかった。
キリエにできることといえば、しょぼくれた顔で伊月にすり寄ってみせるのが精々。
「圏外活動に従事するオートマタみたいなこと言うのね」
「お前のように、一つの頭と一つの意識で幾つもの体を動かせるほど器用じゃないんだよ」
「そもそも、そんな手間をかける必要がないんでしょ」
軽率に潰されがちなキリエの鼻頭にキスをして。ベッドの上に起き上がった伊月が、キリエの影へとその手を伸ばす。
キリエが維持する亜空間へと、招かれずともなんの抵抗もなく沈み込んでいく細腕。何かしらとっかかりでも探すよう遠慮無く「体の中」をまさぐられる感覚に、キリエは見せかけの体を震わせた。
〔杯の魔女〕。
伊月の異能を用いた魔力炉の物理的な分割に、不思議と痛みは伴わない。
「今度は何に使うの?」
キリエが自分から手繰り寄せ、差し出した魔力炉の一掬いは、ベッドに落ちた影の中から取り出されるなり伊月の掌でころりと凍りつく。
その見てくれは、魔術師が作り出す魔晶のそれと大差なかった。
「姫更に混ぜられるのと、鏡夜に持ち歩かれるの、どっちがいい?」
おもむろにキリエへ背を向け、寄りかかってくる伊月。
特別な異能を持つ魔女の手の内で、妖精型の自動人形の転換炉へ混ぜるにしても、装飾品として加工するにしても手頃な結晶が飴細工のよう形を変えていく。
「いっそ、お前が持ってるドォルの全部に混ぜたらいい」
際限なく〔花嫁〕へ尽くそうとする吸血鬼としてまっとうなキリエの提案に、視線を手元の結晶へ定めたまま、伊月はことりと首を捻った。
「一つの魔力炉をこんなに分けたのもはじめてなのに。様子見もしないで数だけ増やして……魔力炉関係でやってみたらなんか駄目でした、はさすがに拙くない?」
「駄目だったら戻してくれたらいいよ」
「かっる……」
抱き寄せた幼子の体温で次第に重くなってくる瞼を、うとうとと落としながら。その実、アストラルボディ的な意味で睡眠の必要が無いにも関わらず、出来ることならこのまま寝直してしまいたい……と、キリエは怠惰な思考を巡らせる。
そのままじっと動かないでいると。しばらくして、遠慮無く寄りかかってきていた心地良い重みと温もりがいっぺんに離れていってしまう。
「良い感じの鎖か何かつけて」
体を起こし、振り返った伊月がキリエへと差し出す魔力炉の結晶は、〔小竜公〕の紋章を想起させる「薔薇を抱えた眠り竜」のデザインで、カメオ風のペンダントトップに加工されていた。
「マテリアでいいの?」
「できるものなら」
ありもしない眠気ごと欠伸を噛み殺し、気怠く体を起こしたキリエは受け取った結晶を、ひとまず伊月の胸元へと近付ける。
トップの位置を、鏡夜と背格好の変わらない伊月で確認しながら。アストラルボディの末端を自ら傷付けたキリエは流れ出す血で「眠り竜」を囲い、黒く染め上げた魔晶石の「茨」へと変化させることで、目敏いものが見れば一目で「ヴラディスラウス・ドラクレア所縁の品」と知れるペンダントを完成させた。
「これでどう?」
ありもしない留め金を外すよう、うなじの辺りでぶつりと分かれた茨のチェーン。
キリエが差し出すペンダントを受け取って。それを一目見た伊月は、むすりと唇を尖らせてしまう。
「トップの出来が気に入らない……」
いっそ、チェーンの方に文句を付けてくれればよかったのに。
「よく出来てるよ」
「花嫁かわいい吸血鬼は黙ってて」
自身の〔花嫁〕に関わる何事においても客観性を欠いてしまう自覚のある吸血鬼は素直に口を噤み、小難しい顔で「眠り竜」のクオリティにこだわりはじめた伊月へとにじり寄った。
(本当に、よく出来てると思うけど)
手元の作業に集中している伊月は、キリエが頬をすり寄せたところで気にも留めない。
それどころか、キリエが引き寄せれば逆らうことなく体を預けてきたので。キリエはもう一度ベッドの上に寝転がって、〔花嫁〕を抱えた吸血鬼相応に満ち足りた吐息を吐き出した。
べちんっ、と顔面を襲った衝撃に目覚めた方。
吸血鬼的な意味での「食事」にありつき、〔花嫁〕のアフターケアまでしっかりこなしたうえで気持ちよく惰眠を貪っていた大きい方のキリエは、突然の痛みに目を覚まし、訳も分からず起き抜けの寝惚け眼を白黒させた。
「えっ……なに……?」
固有領域内でいくら気を抜いていたとしても、常に体の周囲へ張り巡らせている余剰魔力へ干渉されて気がつかないほど鈍くはない。
突然暴力を振るってきたのが初めから余剰魔力の内側にいて、あまつさえ大事に抱え込んですらいた〔花嫁〕だということだけは起き抜けの頭でもはっきり理解していたキリエの、人外にしては理性的でいて徒人くさい反応に、加害者である伊月はきょとりと目を瞬かせる。
「寝てたの?」
「寝てたよ……」
キリエには寝たふりなどして伊月を欺く理由がなかった。
「あっちのキリエが動いてるから、狸寝入りかと思った」
「あっち……」
それなりに長く生きた長命種であるキリエはその余りに余った処理能力にあかせ、自らの意識を必要に応じて分割したうえでそれぞれに仕事を割り振る……というような形での並列処理をよく行う。
キリエ・エレイソンにとって「主たる意識」が〔花嫁〕の傍らで惰眠を貪っていようと、そこから分かたれた「他の意識」は半ば機械的に、己の仕事を勝手にこなす。
「寝てる間は同期してない。……今した」
取り急ぎ眷属紛いの記憶を読み込んだキリエは、つい数分前の書斎で行われたやり取りのあんまりな内容に、へにゃりと情けなく眦を下げる。
死んでしまった〔花嫁〕の遺骸から死に血を取った、取らないなどと。同じ事を他の誰が口にしても相手の一族郎党殺し尽くすまで気が収まらないレベルの侮辱も、当の〔花嫁〕がそれを口にしたのではどうしようもなかった。
キリエにできることといえば、しょぼくれた顔で伊月にすり寄ってみせるのが精々。
「圏外活動に従事するオートマタみたいなこと言うのね」
「お前のように、一つの頭と一つの意識で幾つもの体を動かせるほど器用じゃないんだよ」
「そもそも、そんな手間をかける必要がないんでしょ」
軽率に潰されがちなキリエの鼻頭にキスをして。ベッドの上に起き上がった伊月が、キリエの影へとその手を伸ばす。
キリエが維持する亜空間へと、招かれずともなんの抵抗もなく沈み込んでいく細腕。何かしらとっかかりでも探すよう遠慮無く「体の中」をまさぐられる感覚に、キリエは見せかけの体を震わせた。
〔杯の魔女〕。
伊月の異能を用いた魔力炉の物理的な分割に、不思議と痛みは伴わない。
「今度は何に使うの?」
キリエが自分から手繰り寄せ、差し出した魔力炉の一掬いは、ベッドに落ちた影の中から取り出されるなり伊月の掌でころりと凍りつく。
その見てくれは、魔術師が作り出す魔晶のそれと大差なかった。
「姫更に混ぜられるのと、鏡夜に持ち歩かれるの、どっちがいい?」
おもむろにキリエへ背を向け、寄りかかってくる伊月。
特別な異能を持つ魔女の手の内で、妖精型の自動人形の転換炉へ混ぜるにしても、装飾品として加工するにしても手頃な結晶が飴細工のよう形を変えていく。
「いっそ、お前が持ってるドォルの全部に混ぜたらいい」
際限なく〔花嫁〕へ尽くそうとする吸血鬼としてまっとうなキリエの提案に、視線を手元の結晶へ定めたまま、伊月はことりと首を捻った。
「一つの魔力炉をこんなに分けたのもはじめてなのに。様子見もしないで数だけ増やして……魔力炉関係でやってみたらなんか駄目でした、はさすがに拙くない?」
「駄目だったら戻してくれたらいいよ」
「かっる……」
抱き寄せた幼子の体温で次第に重くなってくる瞼を、うとうとと落としながら。その実、アストラルボディ的な意味で睡眠の必要が無いにも関わらず、出来ることならこのまま寝直してしまいたい……と、キリエは怠惰な思考を巡らせる。
そのままじっと動かないでいると。しばらくして、遠慮無く寄りかかってきていた心地良い重みと温もりがいっぺんに離れていってしまう。
「良い感じの鎖か何かつけて」
体を起こし、振り返った伊月がキリエへと差し出す魔力炉の結晶は、〔小竜公〕の紋章を想起させる「薔薇を抱えた眠り竜」のデザインで、カメオ風のペンダントトップに加工されていた。
「マテリアでいいの?」
「できるものなら」
ありもしない眠気ごと欠伸を噛み殺し、気怠く体を起こしたキリエは受け取った結晶を、ひとまず伊月の胸元へと近付ける。
トップの位置を、鏡夜と背格好の変わらない伊月で確認しながら。アストラルボディの末端を自ら傷付けたキリエは流れ出す血で「眠り竜」を囲い、黒く染め上げた魔晶石の「茨」へと変化させることで、目敏いものが見れば一目で「ヴラディスラウス・ドラクレア所縁の品」と知れるペンダントを完成させた。
「これでどう?」
ありもしない留め金を外すよう、うなじの辺りでぶつりと分かれた茨のチェーン。
キリエが差し出すペンダントを受け取って。それを一目見た伊月は、むすりと唇を尖らせてしまう。
「トップの出来が気に入らない……」
いっそ、チェーンの方に文句を付けてくれればよかったのに。
「よく出来てるよ」
「花嫁かわいい吸血鬼は黙ってて」
自身の〔花嫁〕に関わる何事においても客観性を欠いてしまう自覚のある吸血鬼は素直に口を噤み、小難しい顔で「眠り竜」のクオリティにこだわりはじめた伊月へとにじり寄った。
(本当に、よく出来てると思うけど)
手元の作業に集中している伊月は、キリエが頬をすり寄せたところで気にも留めない。
それどころか、キリエが引き寄せれば逆らうことなく体を預けてきたので。キリエはもう一度ベッドの上に寝転がって、〔花嫁〕を抱えた吸血鬼相応に満ち足りた吐息を吐き出した。
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