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RE057
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「だめ。駄目だ。やめろ。やめてくれ――――」
嘆きに満ちた男の声が、耳にこびりついて離れない。
「黒姫奈」
衝動的に胸元へ向かった手を、誰かの手が捕まえる。
「黒姫奈、私を見て」
がっちりと掴まれた手は、どれほど力を込めたところでびくともしなかった。
拘束に対する反発として振り上げようとした足を――しゅるり――細い帯状に伸びた影が絡め取って、押さえ込む。
両手を一纏めにされ、組み敷かれた先は冷たく硬い〔クレイドル〕の底。
押さえつけられてしまえば抵抗もままならない体へ覆い被さってくる男の姿は、直前までの「夢」とはまた別の、黒姫奈にとって「嫌な記憶」を呼び起こす。
「やだっ」
怯えの滲む声。
誤魔化しようもなく震えた体。
「ごめん」
一纏めに掴んでいた手首を放した男が、〔クレイドル〕の底で縮こまろうとした体を抱き起こし、腕の中へとしまい込む。
「お前の嫌がることは、もうしないから」
その言葉が、吸血鬼に〔花嫁〕の自死を許させるほど重い誓いであることを、伊月は既に知っていた。
はっ、と息を呑んだ女の体が、回した腕の中でみるみる弛緩する。
「キリエ……?」
「うん」
どくどくと脈打つよう溢れ続けていた血が止まり、どこもかしこも血塗れの手が持ち上がる。
「これって……夢?」
それとも私、義体の使いすぎで自分の体がわからなくなってる?
「夢だよ」
馬鹿げたことを口走る女の体を、影を渡る要領で、キリエは血溜まりのようになりつつある〔クレイドル〕から連れ出した。
「夢に決まってる」
キリエが注ぎ込む魔力に侵されて、伊月の「夢」が変質する。
なんの警戒もなく預けられた体と同様に、魔術師としての伊月が己の眠りを守るため張り巡らせた防壁は、編み込まれた魔力の供給元であるキリエの干渉を阻みはしない。
「ゆめ……」
固有領域の寝室を再現した空間。下ろされたベッドの上で半身を起こした黒姫奈が、自身の惨状に気付いて顔を顰める。
「普通に起こしてくれればよかったのに」
伊月が夢を夢と自覚するまで、キリエも何度そう思ったか知れないが。今日ばかりはそうするわけにもいかない理由があった。
「『捕捉できたら殺さず生け捕りにすること』」
「うん……?」
「お前が言ったんだよ」
無残に肉を抉られた胸元へと口付けて、キリエは小首を傾げた黒姫奈にもはっきりとわかるよう、アストラルボディに近いものがある仮初の体へと魔力を注ぐ。
「それ、くすぐったい」
折り砕かれた骨を正しく繋げ、足りない血肉を魔力で補い、千切れた血管や神経を敷き直した上へと蓋をするよう皮を張る。
徒人のマテリアルボディを扱うよう繊細な魔力操作で癒やした体は、作業を終えたキリエが顔を上げる頃にはしっとりと汗ばみ、その肌を淡く色付かせていた。
「成功報酬」
熟れかけた体を抱き起こし、膝に乗せた黒姫奈へキリエが強請ると。熱っぽい吐息を零した女の視線が、値踏みするよう落ちてくる。
「ちゃんと捕まえたの? 生きたまま?」
「お前の夢に潜り込もうとしたから、よっぽど殺してやろうかと思ったけど」
「夢魔か何かだったの?」
「知らないよ」
実際の労力よりも、必要とした忍耐に対する報酬を強請るキリエ。
その頬へと血塗れの手を添えて、黒姫奈はさもおかしそうに笑う。
「相手も、まさかグレード1の〔真祖〕が出てくるとは思わなかったでしょうね」
機嫌良く、笑い混じりに施されたのは、唇へ塗りつけた血を丁寧に舐め取るようなキスだった。
嘆きに満ちた男の声が、耳にこびりついて離れない。
「黒姫奈」
衝動的に胸元へ向かった手を、誰かの手が捕まえる。
「黒姫奈、私を見て」
がっちりと掴まれた手は、どれほど力を込めたところでびくともしなかった。
拘束に対する反発として振り上げようとした足を――しゅるり――細い帯状に伸びた影が絡め取って、押さえ込む。
両手を一纏めにされ、組み敷かれた先は冷たく硬い〔クレイドル〕の底。
押さえつけられてしまえば抵抗もままならない体へ覆い被さってくる男の姿は、直前までの「夢」とはまた別の、黒姫奈にとって「嫌な記憶」を呼び起こす。
「やだっ」
怯えの滲む声。
誤魔化しようもなく震えた体。
「ごめん」
一纏めに掴んでいた手首を放した男が、〔クレイドル〕の底で縮こまろうとした体を抱き起こし、腕の中へとしまい込む。
「お前の嫌がることは、もうしないから」
その言葉が、吸血鬼に〔花嫁〕の自死を許させるほど重い誓いであることを、伊月は既に知っていた。
はっ、と息を呑んだ女の体が、回した腕の中でみるみる弛緩する。
「キリエ……?」
「うん」
どくどくと脈打つよう溢れ続けていた血が止まり、どこもかしこも血塗れの手が持ち上がる。
「これって……夢?」
それとも私、義体の使いすぎで自分の体がわからなくなってる?
「夢だよ」
馬鹿げたことを口走る女の体を、影を渡る要領で、キリエは血溜まりのようになりつつある〔クレイドル〕から連れ出した。
「夢に決まってる」
キリエが注ぎ込む魔力に侵されて、伊月の「夢」が変質する。
なんの警戒もなく預けられた体と同様に、魔術師としての伊月が己の眠りを守るため張り巡らせた防壁は、編み込まれた魔力の供給元であるキリエの干渉を阻みはしない。
「ゆめ……」
固有領域の寝室を再現した空間。下ろされたベッドの上で半身を起こした黒姫奈が、自身の惨状に気付いて顔を顰める。
「普通に起こしてくれればよかったのに」
伊月が夢を夢と自覚するまで、キリエも何度そう思ったか知れないが。今日ばかりはそうするわけにもいかない理由があった。
「『捕捉できたら殺さず生け捕りにすること』」
「うん……?」
「お前が言ったんだよ」
無残に肉を抉られた胸元へと口付けて、キリエは小首を傾げた黒姫奈にもはっきりとわかるよう、アストラルボディに近いものがある仮初の体へと魔力を注ぐ。
「それ、くすぐったい」
折り砕かれた骨を正しく繋げ、足りない血肉を魔力で補い、千切れた血管や神経を敷き直した上へと蓋をするよう皮を張る。
徒人のマテリアルボディを扱うよう繊細な魔力操作で癒やした体は、作業を終えたキリエが顔を上げる頃にはしっとりと汗ばみ、その肌を淡く色付かせていた。
「成功報酬」
熟れかけた体を抱き起こし、膝に乗せた黒姫奈へキリエが強請ると。熱っぽい吐息を零した女の視線が、値踏みするよう落ちてくる。
「ちゃんと捕まえたの? 生きたまま?」
「お前の夢に潜り込もうとしたから、よっぽど殺してやろうかと思ったけど」
「夢魔か何かだったの?」
「知らないよ」
実際の労力よりも、必要とした忍耐に対する報酬を強請るキリエ。
その頬へと血塗れの手を添えて、黒姫奈はさもおかしそうに笑う。
「相手も、まさかグレード1の〔真祖〕が出てくるとは思わなかったでしょうね」
機嫌良く、笑い混じりに施されたのは、唇へ塗りつけた血を丁寧に舐め取るようなキスだった。
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