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探索者Lv10
SCENE-005 それ以外のことは全部された
しおりを挟む目が覚めると。狼と仁に挟まれて、和室に敷かれた布団の上に転がっていた。
仁とは正面からべったり抱き合って、背中側には狼がいる。
私の背中に回された腕は仁のもので、私のお腹を抱えているのは狼の腕。
足の方は、どれが誰の足なのかわからないほど絡み合っていて。狼と仁に起きてもらわなければ抜け出すのにも苦労する。
そんな状態で目を覚ますのが、昔から、私にとっては当たり前のことだった。
温かくて、安全で、気持ちがいい。
そんな場所で、なんの憂いもなく、とろとろと微睡みながら。
私はふと、仁の首をぐるりと取り巻いている茨模様に気がついて。
「あ……」
芋蔓式に色々なことを思い出した私がまず「やらなければ」と強く思ったことは、スキルで〔支配〕なんてしていいはずもない仁の〔解放〕だった。
「――〔解放〕」
簡単に〔支配〕できるスライムなんて使い捨てにした方が楽だし、スライムよりも強いモンスターはそれこそ飼うのが手間だから。専業探索者というわけでもない私に固定の眷属はいない。
ダンジョンへ行くたびに適当なモンスターを使役して、最後にはそのモンスターも殺してしまうから。私がわざわざ〔解放〕を使うのは、これが初めてのことだった。
普通は、一度〔支配〕したモンスターを〔解放〕なんてしない。
使う予定はなかったし、〔支配〕と違って〔解放〕なら相手に抵抗されることもないだろうから、スキルとしての熟練度は低いまま。
それでも困らないと思っていた〔解放〕が、思いがけず弾かれて。
「っ……」
伸ばした手をバチンッと叩き落とされでもしたような、その衝撃――自分以外の他者を対象とするスキルに抵抗されたとき、特有の反動――に、私はびくりと体を竦ませた。
「姫」
いつの間にか目を開けていた仁が、私に顔を上げさせる。
私のことを呼んだのは、いつもより低くて、ともすると怒っていそうな声だったのに。私と目を合わせた仁はうっすら笑っていて。
その表情に、なんだか首の後ろのあたりがゾクリとした。
「俺は姫に、ちゃんと言ったのに。俺を〔解放〕しようとしたってことは、姫は俺にキスされてもいいってことだよね?」
「そっ――」
そんなわけないでしょ、と。
反論しようと口を開いた私に、仁は問答無用で噛みついてくる。
「んっ……」
唇と唇が触れ合って。すぐに、ぬるりとしたものが口の中まで入ってきた。
人から触られるなんて、歯科検診でしか覚えがないような場所を這い回って、じわじわと口の中に溜まっていく唾液で私のことを溺れさせようとしているものの正体なんて、今は考えたくもない。
「ふっ、ぅ……んっ……ぁっ……」
仁の手は、逃げられないように私のことをしっかりと捕まえていて。
だんだん、私の頭がクラクラしてくると。私のお腹から外れて動きだした狼の手が、いつも私に触れる時とは全く違う、体の輪郭や柔らかさを確かめるような、露骨にいやらしい手つきで、膝から太腿にかけてを撫であげてくる。
どちらのものかわからない足が間にあるせいで、どんなにもがいても閉じられない足のあわい。
際どいところまで及んだ狼の手は、長くて筋張った指を私の太腿にガッツリと食い込ませて。その感触を確かめるよう無遠慮に揉みしだいた。
「んぅっ……」
仁にキスされながら狼に体を触られて。私は自分でもどうしたらいいのかわからないくらい、いっぱいいっぱいになってしまう。
「姫。本気で嫌なら舌を噛みちぎってやれよ」
『嫌なら命令すればいいんだよ』
……嫌じゃない。
嫌じゃないから、どうしたらいいのかわからなくて。ぎゅっ、と瞑った目から涙が零れた。
「あっ……」
そうしたら、仁がギクリと動かなくなって。
私の際どいところにやわやわと指を食い込ませていた狼の手も、たくしあげたシャツの裾を戻しながら、そそくさと離れていった。
私が起き上がれないくらい絡まっていた足もするりとほどけて。体を起こした仁が、さっきまでとは全然違う、慎重な手つきで、私の顔に、逃げられないよう捕まえるのではなく、そっと包み込むよう触れてくる。
「姫。ひーめ? ほら、もうしないから泣かないで」
もう一度近付いてきた唇は私の口を塞ぐのではなく、目元に触れて。私の涙を吸い取った。
「姫が嫌なことはしないから」
ね? と、子供へ言い聞かせるような口振りと、性的なものなんて一切感じさせない手つきで、仁は私のことを抱え起こして。そのまま腕の中にしまい込むよう抱きしめてくる。
「ほら、俺の〔支配〕も解いていいよ」
仁と狼に二人がかりで迫られてあっぷあっぷしていたさっきまでの私より、今の二人の方がよっぽど途方にくれているように見えてしまって。
涙が引っ込むと、今度はだんだん腹が立ってきた。
「嫌じゃないときは!?」
「……えっ?」
二人して、私が泣いたくらいでなんにもできなくなってしまうくらいなら、もっとちゃんと、私がついていけるようにゆっくり進めてくれたらよかったのに。
「二人して嫌だったら、嫌だったらって! 嫌じゃなかったら大人しくしてろってこと!? そんなの無理!! 二人とこういうことするのは嫌じゃない! 嫌じゃないけど! いきなり二人がかりでめちゃくちゃにしないで!! あんたたちはいいかもしれないけど、私は一人しかいないんだからね!?」
ここが探索者向けの物件でなければ隣近所から苦情を入れられること間違いなしの大声でがなりたてた私が、言いたいことを言い終わって、ぜぇはぁ息を切らしながらぐったりしていると。泣きだした私から、触らぬ神になんとやらとばかり、静かに距離を取って息を潜めていた狼が戻ってきて、仁の反対側から私のことを抱きしめてくる。
「いいのか?」
「ロウは『ごめんなさい』が先でしょ。ジンは予告があったけど、ロウのあれは完全にはんざ――」
「悪かった」
そう言った舌の根も乾かないうちに、ロウはまた、私に噛みつくようなキスをした。
もちろん、最初みたいに唇同士がただ触れ合うだけのキスじゃなくて。仁がしたような、とんでもなく長くて、いかがわしくて、私が思わず泣き出すくらい気持ちがいいやつ。
「俺、ゴム買ってこようかな」
仁の腕の中で、仁に体を支えられながら、仁ではない狼に泣くほど翻弄されている。
そんな私を見ながら仁がぽつりともらしたデリカシー皆無の発言に、私は自分の中にあった倫理観をあっさり投げ捨てて。少なくとも明日になるまでは絶対に、仁の〔支配〕を解いて、このケダモノを野放しにするようなことはしないと心に誓った。
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