天職、使役士

葉月+(まいかぜ)

文字の大きさ
上 下
5 / 11
探索者Lv10

SCENE-002 獣の本性

しおりを挟む

 ちょっとした出来心だった。



 獣士ビーストとしての練度が上がって。爪を鋭く伸ばしたり、獣耳ケモミミを生やしたりといった、せいぜい〝体の一部〟を変化させる程度のものだった狼と仁の〔獣化〕スキルが全身を変化させられるレベルに達したから。

 私のことを襲ってくる心配のない〝大きなもふもふ〟を前に、つい魔が差した。



「――〔支配ドミネーション〕」

 あ、まずい。
 そう思った時には、もう使役士テイマーとしての能力スキルが発動していた。



 私の頭なんて、その気になれば丸齧りにしてしまえそうなほど大きなオオカミに姿を変えている仁の首に、ぐるりと茨模様が浮かび上がって。ふっさりとした毛並みの一部を首輪のように染め上げる。

「なんで抵抗レジストしなかったの!?」

 自分から手を出したことを棚に上げた私が思わず叫ぶと。仁は、自分のされたことがちゃんとわかっているのか心配になってくるくらいの落ち着きっぷりで首を傾げて。

『なんで、って?』

 初心者でもまず失敗しない、というレベルで使役の簡単なスライムだともっと抽象的な、感覚的に理解するしかない〝思念〟しか伝わってこない。スキルで〔支配〕した眷属との〝繋がり〟から、鼓膜を素通りして直接頭の中に響いたその声は、間違いなく、私がうっかり〔支配〕して、使役テイムしてしまった仁のものだった。

「いま〔解放リリース〕するから、そのままじっとしてて」

 そう言って、私が手を伸ばした途端。それまでバッサバッサと尻尾で床を掃いていた仁は素早い身のこなしで立ち上がると、私の手が届かないところまで離れていってしまう。

「こらっ。なんで逃げるの!」

 そんな仁のことを追いかけて、私が立ち上がろうとすると。血迷った私に双子の片割れが〔支配〕されても知らん顔で人の膝に懐いていた狼が、私の膝に乗せている頭にぐっ……と力を込めてきて、私の邪魔をした。

「ロウっ」

 立ち上がればもののけ映画に出てくる山犬並みの巨体にそういうことをされると、自己強化ができるスキルに持ち合わせがない私にはどうすることもできなくて。



 少しの間、私がジタバタと暴れて、ようやく。狼はいかにも渋々……といった風情で、私の膝に乗せていたおとがいを持ち上げた。

「ちょっと……っ」

 そのまま退いてくれるのかと思っていたら、今度は鼻先で体を押されて。
 押し返そうにも、どうにもならないくらいの力をかけられて。じわじわと傾き、最後には床へと倒れた体の上へ、狼がのしっ……と乗り上げてくる。

 そうして、完全に押さえ込まれた私の上で狼がふすーっ、ともらした鼻息は、まるで「やれやれ」とでも言わんばかりのそれだった。

『狼にもしないと不公平だよ』
「あんたの〔支配〕を解けば平等でしょうが。こっち来なさい!」
『それはやだ』

 仁は仁で、遠くの方でつーんとそっぽを向いて見せたから。ここに私の味方はいない。



「――姫」

 やがて痺れを切らしたよう、私にのしかかったまま〔獣化〕を解いた狼が、私の手を掴んで自分の首元へと持っていく。

「〝仁だけ〟なのは不公平だ」
「だからジンの〔支配〕は解くって言ってるでしょ」
「俺にも〝首輪〟がほしい」
「人の話聞いてる?」
「お前が先に手を出したんだぞ」
「だーかーらーっ、うっかり魔が差しただけだから! ちゃんと解くって言ってるの!」
「解かなくていい」
「いいわけないでしょ!?」
「俺もお前に〔支配〕されたい」

 強請るような甘い声とともにかぷっ、と唇を噛まれて。一瞬、頭の中が真っ白になった。

「なっ……」



 ダンジョンの中では予期しないアクシデントに見舞われても冷静に対処しなければいけないと、教習所でしつこく言い聞かせられたことを不意に思い出したけど。ここは三人で借りているアパートのリビングで、危険なモンスターがどこから襲ってくるかわからない、ちょっとした油断が命取りになるような危険地帯ダンジョンの真っ只中ではない。

 安全な場所だと気を抜いていたところを襲われて。私が正気を取り戻すより、戻ってきた仁が狼のことを蹴り飛ばす方が早かった。



 〔獣化〕を解いて人の姿に戻った仁の、無駄に長い足が視界を横切って。私の上にのしかかってきていた狼がいなくなると、狼に瓜二つの仁が私のことを抱え起こして――

「この〔支配〕を解いたら、俺も姫にキスするよ」

 私と額同士をくっつけながら、耳がおかしくなったんじゃないかと疑いたくなるほど甘い声で、私のことを脅しはじめる。

「このままにしてくれるなら、そこのケダモノからも守ってあげる」
「お前……それはずるくないか」

 容赦なく蹴り飛ばされて、呻くような声を上げた狼に、仁は見向きもしない。

 焦点がぼやけそうなほど至近距離からじっ……と私のことを見つめながら、私の返事を待っていた。



 このまま仁のことを〔支配〕したままにしておくなんて、ありえない。

 今すぐ〔解放〕するべきだとわかっているのに。狼に噛まれた・・・・衝撃が大きすぎて、体は少しも動いてくれなかった。



 〔解放〕したら仁にまで噛まれてしまう。



 こんなことになるなんて、露ほども考えていなかったから。私は酷く混乱していた。

「もしかして、なんだけど……」
「うん」
「二人とも、私のこと……?」

 自分が何を言っているのか、よくわからなくなってくる。

 だって。二人にとって、私は一番身近な他人かぞくのはずだから。

「俺も狼も、姫のことが好きだよ」
「それって、家族として……よね?」
「――うん」

 そうだよね、とほっと息を吐いた私に、仁がとろりと視線を甘くする。

 視線を甘く感じるなんて、そんなことがあるわけないのに。そうとしか感じられない仁の視線は、今の私には空恐ろしいほど雄弁だった。

「姫と家族になりたい。
 俺も狼も、そういう意味で、姫が好きだよ」



 そろそろ装備変更はやきがえができるような装備品を用意してもいいかもね、と。そんな相談をしていた段階。

 慣れない〔獣化〕を解いたばかりの獣士二人が、服を着ているはずもなく。

「あ……」

 今までなんとも思っていなかった二人の裸が、突然とんでもなく淫らがましいもののように思えてきて。

 ぎゃーっ、と我ながら可愛気のない悲鳴を上げて自分の部屋へと逃げ込んだ私はこの日、初めて内鍵の存在に感謝した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが当たり前になった世界。風間は平凡な会社員として日々を暮らしていたが、ある日見に覚えのないミスを犯し会社をクビになってしまう。その上親友だった男も彼女を奪われ婚約破棄までされてしまった。世の中が嫌になった風間は自暴自棄になり山に向かうがそこで誰からも見捨てられた放置ダンジョンを見つけてしまう。どことなく親近感を覚えた風間はダンジョンで暮らしてみることにするが、そこにはとても可愛らしいモンスターが隠れ住んでいた。ひょんなことでモンスターに懐かれた風間は様々なモンスターと暮らしダンジョン内でのスローライフを満喫していくことになるのだった。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

処理中です...