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(外伝)ファンタジスタキューブ
006 いあいあ
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気持ち良く落ちた意識が二度目の「目覚め」を迎えても、夢は夢のまま。
「飲むか?」
主人の起床に気付いたヒューマノイド・ペットが、飲みかけのミネラルウォーターを差し出してくる。
「……ぬるい」
「どっちにしろ文句言うのかよ」
その口振りからすると、寝起きの私へ冷えた水を飲ませて文句を言われたことがあるらしい。
寝起きに飲むなら常温の方が好ましいと思いはすれど、わざわざそう言ってやる気にはならなかった。
私にとって、寝起きというのは箸が転げても気に入らない不機嫌タイムなので。強いて言うなら、我関せずとノートパソコンのように広げたキューブと向き合っているイサナのそれが、対応としては正解だった。
「おなかすいた……」
ベッドの上で体を起こし、寝起きの頭をぼんやりとさせたまま、私が呟くと。キューブで何やら作業に勤しんでいたイサナがこちらを振り返る。
「イサナはいま忙しいので、アラヤと食べてきてください」
差し出されたスマートフォンは、おそらく財布の代わり。
育児に関心の薄い親から放任された子供の図、がふと脳裏を過った。
* * *
「この時間、ファミレスくらいしか開いてなくない……?」
わざわざ着替えて出かけるのも億劫で、往生際悪く覗いた冷蔵庫にはろくな食べ物がなかった。
こんな時に限って、コンロ下の買い置きも尽きていて。仕方なく、買い出しも兼ねてアラヤと二人、家を出はしたものの。時刻は既に深夜に近い。
「下のイタリアンバールも開いてるだろ。そっちの方が近い」
「ほぼすっぴんで居酒屋は無理」
「あそこのピザ好きだったろ」
「寝起きに飲酒の選択肢はない」
そういうわけで、目的地は最寄りのファミレスに決定した。
「わかった、わかった。ファミレスな」
アパートの外階段を下りきって、すぐ。コンビニの駐車場から大通りへと抜けられる小道へ入ろうとした私の腕を、アラヤが引っ張る。
「歩いて行くには遠いだろ」
引きずるよう連れて行かれたアパートの駐車場には、近所の大学へ通う学生向けのアパートや下宿が立ち並ぶ住宅地の雰囲気にまったく馴染んでいない高級車が、我が物顔で停められていた。
「ドバイのパトカーじゃん」
こんなところにそんなものが停まっている理由は、大して車に詳しくない私が一目で外国産の高級車だと判別できている時点でお察し。
案の定、アラヤは何食わぬ顔で、左ハンドル車の助手席へと私を押し込めた。
「どうしたの、これ」
「お前の趣味に決まってるだろ」
「モノは異能で用意できたとしても、維持費は無理でしょ」
「それこそ、モノが用意できるならどうとでもできるだろ」
インパネの中央部。赤い跳ね上げ式のカバーに覆われたボタンを押し込むと、エンジンが始動する。
その出自からして、正規の運転免許を持っているはずのないアラヤは手慣れた様子で、住宅地の細道から幹線道路へ、低速に苛立つようエンジンを唸らせる暴れ牛を転がした。
「金相場見て思い出のアクセサリーを売りに……って、そんなに何度も使える手じゃなくない?」
「本当に覚えてないんだな」
何がおかしかったのか。私の返しに一瞬、皮肉っぽい笑みを浮かべたアラヤは、車が赤信号で止まっている間にぽちぽちとスマートフォンを操作して。信号が青に変わった途端、それを私へ放って寄越す。
つきっぱなしのディスプレイには、フリマアプリのユーザーページが表示されていた。
「なるほど……」
売り物はハンドメイドアクセサリー。
そのデザインがどれもこれも、いかにも私の好みなそれで。そんなものを見せられてしまえば、それ以上の説明は必要なかった。
「異能で作ってもハンドメイドって言うの?」
「梱包は手作業だな」
どことなくうんざりと歪んだ表情からは、その作業をアラヤが手伝わされていることが窺える。
「……なんか、ごめんね?」
いまひとつ実感の伴わない謝罪に、アラヤはハンドルから離した手で私の頭をぐしゃりと撫でた。
「飲むか?」
主人の起床に気付いたヒューマノイド・ペットが、飲みかけのミネラルウォーターを差し出してくる。
「……ぬるい」
「どっちにしろ文句言うのかよ」
その口振りからすると、寝起きの私へ冷えた水を飲ませて文句を言われたことがあるらしい。
寝起きに飲むなら常温の方が好ましいと思いはすれど、わざわざそう言ってやる気にはならなかった。
私にとって、寝起きというのは箸が転げても気に入らない不機嫌タイムなので。強いて言うなら、我関せずとノートパソコンのように広げたキューブと向き合っているイサナのそれが、対応としては正解だった。
「おなかすいた……」
ベッドの上で体を起こし、寝起きの頭をぼんやりとさせたまま、私が呟くと。キューブで何やら作業に勤しんでいたイサナがこちらを振り返る。
「イサナはいま忙しいので、アラヤと食べてきてください」
差し出されたスマートフォンは、おそらく財布の代わり。
育児に関心の薄い親から放任された子供の図、がふと脳裏を過った。
* * *
「この時間、ファミレスくらいしか開いてなくない……?」
わざわざ着替えて出かけるのも億劫で、往生際悪く覗いた冷蔵庫にはろくな食べ物がなかった。
こんな時に限って、コンロ下の買い置きも尽きていて。仕方なく、買い出しも兼ねてアラヤと二人、家を出はしたものの。時刻は既に深夜に近い。
「下のイタリアンバールも開いてるだろ。そっちの方が近い」
「ほぼすっぴんで居酒屋は無理」
「あそこのピザ好きだったろ」
「寝起きに飲酒の選択肢はない」
そういうわけで、目的地は最寄りのファミレスに決定した。
「わかった、わかった。ファミレスな」
アパートの外階段を下りきって、すぐ。コンビニの駐車場から大通りへと抜けられる小道へ入ろうとした私の腕を、アラヤが引っ張る。
「歩いて行くには遠いだろ」
引きずるよう連れて行かれたアパートの駐車場には、近所の大学へ通う学生向けのアパートや下宿が立ち並ぶ住宅地の雰囲気にまったく馴染んでいない高級車が、我が物顔で停められていた。
「ドバイのパトカーじゃん」
こんなところにそんなものが停まっている理由は、大して車に詳しくない私が一目で外国産の高級車だと判別できている時点でお察し。
案の定、アラヤは何食わぬ顔で、左ハンドル車の助手席へと私を押し込めた。
「どうしたの、これ」
「お前の趣味に決まってるだろ」
「モノは異能で用意できたとしても、維持費は無理でしょ」
「それこそ、モノが用意できるならどうとでもできるだろ」
インパネの中央部。赤い跳ね上げ式のカバーに覆われたボタンを押し込むと、エンジンが始動する。
その出自からして、正規の運転免許を持っているはずのないアラヤは手慣れた様子で、住宅地の細道から幹線道路へ、低速に苛立つようエンジンを唸らせる暴れ牛を転がした。
「金相場見て思い出のアクセサリーを売りに……って、そんなに何度も使える手じゃなくない?」
「本当に覚えてないんだな」
何がおかしかったのか。私の返しに一瞬、皮肉っぽい笑みを浮かべたアラヤは、車が赤信号で止まっている間にぽちぽちとスマートフォンを操作して。信号が青に変わった途端、それを私へ放って寄越す。
つきっぱなしのディスプレイには、フリマアプリのユーザーページが表示されていた。
「なるほど……」
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「異能で作ってもハンドメイドって言うの?」
「梱包は手作業だな」
どことなくうんざりと歪んだ表情からは、その作業をアラヤが手伝わされていることが窺える。
「……なんか、ごめんね?」
いまひとつ実感の伴わない謝罪に、アラヤはハンドルから離した手で私の頭をぐしゃりと撫でた。
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