上 下
29 / 30
(外伝)ファンタジスタキューブ

006 いあいあ

しおりを挟む
 気持ち良く落ちた意識が二度目の「目覚め」を迎えても、夢は夢のまま。

「飲むか?」
 主人の起床に気付いたヒューマノイド・ペットが、飲みかけのミネラルウォーターを差し出してくる。
「……ぬるい」
「どっちにしろ文句言うのかよ」
 その口振りからすると、寝起きの私へ冷えた水を飲ませて文句を言われたことがあるらしい。
 寝起きに飲むなら常温の方が好ましいと思いはすれど、わざわざそう言ってやる気にはならなかった。
 私にとって、寝起きというのは箸が転げても気に入らない不機嫌タイムなので。強いて言うなら、我関せずとノートパソコンのように広げたキューブと向き合っているイサナのそれが、対応としては正解だった。

「おなかすいた……」
 ベッドの上で体を起こし、寝起きの頭をぼんやりとさせたまま、私が呟くと。キューブで何やら作業に勤しんでいたイサナがこちらを振り返る。
「イサナはいま忙しいので、アラヤと食べてきてください」
 差し出されたスマートフォンは、おそらく財布の代わり。
 育児に関心の薄い親から放任された子供の図、がふと脳裏を過った。
                                    
     * * *
                                    
「この時間、ファミレスくらいしか開いてなくない……?」
 わざわざ着替えて出かけるのも億劫で、往生際悪く覗いた冷蔵庫にはろくな食べ物がなかった。
 こんな時に限って、コンロ下の買い置きストックも尽きていて。仕方なく、買い出しも兼ねてアラヤと二人、家を出はしたものの。時刻は既に深夜に近い。
「下のイタリアンバールも開いてるだろ。そっちの方が近い」
「ほぼすっぴんで居酒屋は無理」
「あそこのピザ好きだったろ」
「寝起きに飲酒の選択肢はない」
 そういうわけで、目的地は最寄りのファミレスに決定した。

「わかった、わかった。ファミレスな」
 アパートの外階段を下りきって、すぐ。コンビニの駐車場から大通りへと抜けられる小道へ入ろうとした私の腕を、アラヤが引っ張る。
「歩いて行くには遠いだろ」
 引きずるよう連れて行かれたアパートの駐車場には、近所の大学へ通う学生向けのアパートや下宿が立ち並ぶ住宅地の雰囲気にまったく馴染んでいない高級車が、我が物顔で停められていた。
「ドバイのパトカーじゃん」
 こんなところにそんなものが停まっている理由は、大して車に詳しくない私が一目で外国産の高級車だと判別できている時点でお察し。
 案の定、アラヤは何食わぬ顔で、左ハンドル車の助手席へと私を押し込めた。
「どうしたの、これ」
「お前の趣味に決まってるだろ」
「モノは異能で用意できたとしても、維持費は無理でしょ」
「それこそ、モノが用意できるならどうとでもできるだろ」
 インパネの中央部。赤い跳ね上げ式のカバーに覆われたボタンを押し込むと、エンジンが始動する。
 その出自からして、正規の運転免許を持っているはずのないアラヤは手慣れた様子で、住宅地の細道から幹線道路へ、低速に苛立つようエンジンを唸らせる暴れ牛を転がした。
「金相場見て思い出のアクセサリーを売りに……って、そんなに何度も使える手じゃなくない?」
「本当に覚えてないんだな」
 何がおかしかったのか。私の返しに一瞬、皮肉っぽい笑みを浮かべたアラヤは、車が赤信号で止まっている間にぽちぽちとスマートフォンを操作して。信号が青に変わった途端、それを私へ放って寄越す。

 つきっぱなしのディスプレイには、フリマアプリのユーザーページが表示されていた。

「なるほど……」
 売り物はハンドメイドアクセサリー。
 そのデザインがどれもこれも、いかにも私の好みなそれで。そんなものを見せられてしまえば、それ以上の説明は必要なかった。
「異能で作ってもハンドメイドって言うの?」
「梱包は手作業だな」
 どことなくうんざりと歪んだ表情からは、その作業をアラヤが手伝わされていることが窺える。
「……なんか、ごめんね?」
 いまひとつ実感の伴わない謝罪に、アラヤはハンドルから離した手で私の頭をぐしゃりと撫でた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あやかし学園

盛平
キャラ文芸
十三歳になった亜子は親元を離れ、学園に通う事になった。その学園はあやかしと人間の子供が通うあやかし学園だった。亜子は天狗の父親と人間の母親との間に生まれた半妖だ。亜子の通うあやかし学園は、亜子と同じ半妖の子供たちがいた。猫またの半妖の美少女に人魚の半妖の美少女、狼になる獣人と、個性的なクラスメートばかり。学園に襲い来る陰陽師と戦ったりと、毎日忙しい。亜子は無事学園生活を送る事ができるだろうか。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

華鬘草

🌸幽夜屍姫🌸
キャラ文芸
9年に一度、天界から女神が地上へ降りてくる。 その女神は、優しい世界にするために願う。 その女神の願いは―――必ず叶う。 そんな言い伝えが伝わる星、金星。 ある日、街の近くにある森へ探検に出かけた少年、ウリア。 少年はその森で、大きな袋を引きずりながら歩いている白い少女に出会う。 ウリアがその不思議な少女と他愛無い話をしていると、 森に棲んでいた狼が木陰から飛び出し、ウリアを喰い殺してしまう。 白い少女は、目の前に転がる静かな心臓を手に、願った。 ―――どうか、誰も大切な人を失うことがありませんように―――。 少女には知る由もなかった。 その優しい願いによって、世界が壊れてしまうことを―――。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

零れ鬼

戦うぴっき
キャラ文芸
『異形』と呼ばれる化物が夜を跋扈する現代、一匹の鬼が街を駆ける。 彼は人間の味方か、それとも──

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...