12 / 12
白昼夢の最中
死神王子の愛し方
しおりを挟む街でかっこいい男の人を見かけたの。
金髪で、
青い目で、
まるで物語に出てくる王子様みたいな人。
かっこいいなぁ、って思いながらすれ違った。
そうしたら後ろから声が聞こえて、
振り向いたらその人だったの。
すごいでしょ?
だから私は、それが運命だと思ったのよ。
ずるずると体を引きずられる痛みに、エスターは目を覚ました。けれど飲まされた薬の影響がまだ抜け切らないのか――いくら死神とはいえ、そう何でもかんでも都合良くはいかない――頭は酷くぼんやりとして、体も自由にならない。どうすることもできずされるがままになっているうち、体格で勝る男の体を苦労しながらベッドの上まで運んだセラの手によって、まんまと両手両足を上下の柵へと繋がれてしまった。
使われた金属の手錠は、エスターが――なんとか動くようになってきた――腕を引くと――がしゃん――硬質な音を立てるばかりでびくともしない。
「あら」
エスターに背を向け――何故そんなことをする必要があるのか、エスターは知りたくもなかったが――身に付けていた衣類を次々床へ脱ぎ落としていたセラは、ようやくエスターが目覚めていることに気付くと――最後の下着を脱ぎ捨てながら――エスターの胸へ寝そべるよう乗り上がって体を跨いだ。
「もう目が覚めたの?」
当分目覚める予定のなかった男の隣で服を脱いでいたのか――などと、墓穴になりそうなことは口にしない。賢明なエスターは――体をまさぐってくるセラの手などまるでないかのよう――頭上でもう一度――がしゃん、と――手錠を鳴らした。
「なにこれ」
「だって、こうしないとみんな暴れるんだもの」
セラは悪怯れもせずに笑う。暗にこれが初めてのことではないのだと明かしてしまいながら――動けないエスターの胸へと、甘えるように擦り寄った。
エスターの内心はとても複雑で――なにせ、顔だけはよく知る同居人と瓜二つの女にあられもない格好で迫られているのだから――この状況をどう収拾したものかと、椅子から転げ落ちたせいでそれでもなく痛む頭を更に痛めていた。
「…あのさ、」
「なぁに?」
「欲求不満なわけ」
「うん」
「即答かよ…」
時間稼ぎの問いかけに臆面もなく頷いて見せたセラの手は、エスターの頭を通り越して更にその上へと伸ばされる。
視界を横切る腕さえ――よく目を凝らして見れば、古い傷痕がいくつも残っているようなところが――セラはルカと似ていた。一緒にいる時間が長くなればなるほど二人の似ているところを見つけてしまって、エスターは――なによりそんなものを見つけてしまう自分が――だんだん嫌になってくる。
「血に飢えてるの」
また一つ、エスターの中でセラはルカへと近付いた。抜き身の刃物を片手にこの上ない笑顔でぞっとするようなことを言うものだから――エスターにはもうどうしようもなく、セラのことがルカとダブって見えて仕方がない。
「本当は眠ってる間に済ませるつもりだったんだけど、せっかくだから教えてあげる」
そう前置いてセラがエスターに語ったのは、自分なりの殺しの「作法」だった。気に入った男を部屋へ誘って薬で眠らせ拘束し、一方的なセックスの最中に首を掻き切って殺す――それが、セラなりの「愛し方」なのだと。
自分がこれから何をされるのか――この上なくはっきりと言葉にして聞かされてしまったエスターは、さすがに――たとえ殺されたとしても死なない死神であろうと――首を掻き切られるのはごめんだと、顔を引き攣らせながらさっさと「奥の手」に縋った。
「冗談は顔だけにしろっての」
死神は等しく「鎌」を持つ。人上がりの死神であればそれは大抵、人であった頃に使い慣れた「道具」の形を模していた。エスターの「鎌」はセラが持つものとよく似たナイフ。そして死神にとって「鎌」とはおおよそ、己が意のままに操ることができる手足の延長だった。
エスターが「そうなる」と思いさえすれば、エスターの「鎌」は――仕舞い込まれていた影の中から現れ――いとも容易く手錠の鎖を断ち切って自由をもたらす。
「きゃっ」
拘束されたエスターが動けないものと、油断しきっていたセラとの位置関係を入れ替えるのに、エスターはなんら苦労することなく裸の女を組み敷いた。体重をかけて伸しかかるよう押さえ込みながらナイフを取り上げるまでが淀みない一連の動作で、そこにセラが抵抗を挟む余地はない。
たった一つの未来しか残されていなかったはずのエスターに前触れも無く下剋上され、気付けば身動き取れなくさせられている――セラは呆然と瞬いた。
「どうして…」
「相手が悪かったな」
力にしろ経験にしろ能力にしろ立場にしろ――あらゆる意味で、セラがエスターに敵う道理はない。なかったものを、見事昏倒させ拘束するに至ったことは単なる僥倖以上のものだった。
人殺しの猫被りにまんまと騙され、足元を掬われたことを素直に認めた上で、エスターはセラの脇腹へとナイフを突き立てる。
「なぁ」
試してみたいことがあった。
「ここで死ぬのと死神に魂売り渡すのと、どっちがいい?」
別に、どこかのサボりな死神のよう人を殺すことに飽きてしまったということはない。エスターは今も昔も――死神になる前も、なってしまった後も――いつだって自分の都合で人を殺してきたのだから。義務でも責任でもなく、ただ「殺したい」から殺すのであって――けれどそこに、最近は幾許かの惰性が含まれていることも本当だった。
そんな時に偶然出会った、「ルカ」によく似た女。姿形に限ったことではなく、纏う雰囲気や血を好む性質さえ似通ったセラならともすれば、とうに酔狂な死神たちも諦めてしまっている「第二のルカ」になれるのではないかと、エスターは考えた。ルカに言われるまでもなく、他の死神たちが選ぶ代行者の長続きしない理由くらいは、明白なくらいに分かりきっていたから。
代行者には、死後に死神とされてしまうような人でなしくらいが丁度いい。
「選ばせてやるよ」
「あっ…」
突き立てたナイフを抜き捨てられて――このまま放っておけばじきに出血多量で取り返しのつかないことになってしまうだろうということは――そう仕向けたエスターのみならず――人の死に慣れたセラにも分かった。けれど不思議と痛みは感じず、流れ出していく血の感覚だけが、とくとくと熱を奪っていく。
恐怖に追い立てられたうわ言ではなく、セラの心からの答えが知りたくてエスターがそうしているのだということは――死神のなんたるかを知る由もない――セラに分かるはずもなかった。
「選んで」
ただただそれは、セラにとって絶対の「運命」でしかない。
恋した男を殺すまで――どうしようもない人殺しが、差し出されたチャンスをみすみす逃してしまえるはずもなかった。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる