幸福の定義

葉月+(まいかぜ)

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白昼夢の最中

死神王子の愛し方

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 街でかっこいい男の人を見かけたの。

 金髪で、
 青い目で、
 まるで物語に出てくる王子様みたいな人。

 かっこいいなぁ、って思いながらすれ違った。
 そうしたら後ろから声が聞こえて、
 振り向いたらその人だったの。
 すごいでしょ?

 だから私は、それが運命だと思ったのよ。





 ずるずると体を引きずられる痛みに、エスターは目を覚ました。けれど飲まされた薬の影響がまだ抜け切らないのか――いくら死神とはいえ、そう何でもかんでも都合良くはいかない――頭は酷くぼんやりとして、体も自由にならない。どうすることもできずされるがままになっているうち、体格で勝る男の体を苦労しながらベッドの上まで運んだセラの手によって、まんまと両手両足を上下の柵へと繋がれてしまった。
 使われた金属の手錠は、エスターが――なんとか動くようになってきた――腕を引くと――がしゃん――硬質な音を立てるばかりでびくともしない。

「あら」

 エスターに背を向け――何故そんなことをする必要があるのか、エスターは知りたくもなかったが――身に付けていた衣類を次々床へ脱ぎ落としていたセラは、ようやくエスターが目覚めていることに気付くと――最後の下着を脱ぎ捨てながら――エスターの胸へ寝そべるよう乗り上がって体を跨いだ。

「もう目が覚めたの?」

 当分目覚める予定のなかった男の隣で服を脱いでいたのか――などと、墓穴になりそうなことは口にしない。賢明なエスターは――体をまさぐってくるセラの手などまるでないかのよう――頭上でもう一度――がしゃん、と――手錠を鳴らした。

「なにこれ」
「だって、こうしないとみんな暴れるんだもの」

 セラは悪怯れもせずに笑う。暗にこれが初めてのことではないのだと明かしてしまいながら――動けないエスターの胸へと、甘えるように擦り寄った。
 エスターの内心はとても複雑で――なにせ、顔だけはよく知る同居人と瓜二つの女にあられもない格好で迫られているのだから――この状況をどう収拾したものかと、椅子から転げ落ちたせいでそれでもなく痛む頭を更に痛めていた。

「…あのさ、」
「なぁに?」
「欲求不満なわけ」
「うん」
「即答かよ…」

 時間稼ぎの問いかけに臆面もなく頷いて見せたセラの手は、エスターの頭を通り越して更にその上へと伸ばされる。
 視界を横切る腕さえ――よく目を凝らして見れば、古い傷痕がいくつも残っているようなところが――セラはルカと似ていた。一緒にいる時間が長くなればなるほど二人の似ているところを見つけてしまって、エスターは――なによりそんなものを見つけてしまう自分が――だんだん嫌になってくる。

「血に飢えてるの」

 また一つ、エスターの中でセラはルカへと近付いた。抜き身の刃物を片手にこの上ない笑顔でぞっとするようなことを言うものだから――エスターにはもうどうしようもなく、セラのことがルカとダブって見えて仕方がない。

「本当は眠ってる間に済ませるつもりだったんだけど、せっかくだから教えてあげる」

 そう前置いてセラがエスターに語ったのは、自分なりの殺しの「作法」だった。気に入った男を部屋へ誘って薬で眠らせ拘束し、一方的なセックスの最中に首を掻き切って殺す――それが、セラなりの「愛し方」なのだと。
 自分がこれから何をされるのか――この上なくはっきりと言葉にして聞かされてしまったエスターは、さすがに――たとえ殺されたとしても死なない死神であろうと――首を掻き切られるのはごめんだと、顔を引き攣らせながらさっさと「奥の手」に縋った。

「冗談は顔だけにしろっての」

 死神は等しく「鎌」を持つ。人上がりの死神であればそれは大抵、人であった頃に使い慣れた「道具」の形を模していた。エスターの「鎌」はセラが持つものとよく似たナイフ。そして死神にとって「鎌」とはおおよそ、己が意のままに操ることができる手足の延長だった。
 エスターが「そうなる」と思いさえすれば、エスターの「鎌」は――仕舞い込まれていた影の中から現れ――いとも容易く手錠の鎖を断ち切って自由をもたらす。

「きゃっ」

 拘束されたエスターが動けないものと、油断しきっていたセラとの位置関係を入れ替えるのに、エスターはなんら苦労することなく裸の女を組み敷いた。体重をかけて伸しかかるよう押さえ込みながらナイフを取り上げるまでが淀みない一連の動作で、そこにセラが抵抗を挟む余地はない。
 たった一つの未来しか残されていなかったはずのエスターに前触れも無く下剋上され、気付けば身動き取れなくさせられている――セラは呆然と瞬いた。

「どうして…」
「相手が悪かったな」

 力にしろ経験にしろ能力にしろ立場にしろ――あらゆる意味で、セラがエスターに敵う道理はない。なかったものを、見事昏倒させ拘束するに至ったことは単なる僥倖以上のものだった。
 人殺しの猫被りにまんまと騙され、足元を掬われたことを素直に認めた上で、エスターはセラの脇腹へとナイフを突き立てる。

「なぁ」

 試してみたいことがあった。

「ここで死ぬのと死神に魂売り渡すのと、どっちがいい?」

 別に、どこかのサボりな死神のよう人を殺すことに飽きてしまったということはない。エスターは今も昔も――死神になる前も、なってしまった後も――いつだって自分の都合で人を殺してきたのだから。義務でも責任でもなく、ただ「殺したい」から殺すのであって――けれどそこに、最近は幾許かの惰性が含まれていることも本当だった。
 そんな時に偶然出会った、「ルカ」によく似た女。姿形に限ったことではなく、纏う雰囲気や血を好む性質さえ似通ったセラならともすれば、とうに酔狂な死神たちも諦めてしまっている「第二のルカ」になれるのではないかと、エスターは考えた。ルカに言われるまでもなく、他の死神たちが選ぶ代行者の長続きしない理由くらいは、明白なくらいに分かりきっていたから。
 代行者には、死後に死神とされてしまうような人でなしくらいが丁度いい。

「選ばせてやるよ」
「あっ…」

 突き立てたナイフを抜き捨てられて――このまま放っておけばじきに出血多量で取り返しのつかないことになってしまうだろうということは――そう仕向けたエスターのみならず――人の死に慣れたセラにも分かった。けれど不思議と痛みは感じず、流れ出していく血の感覚だけが、とくとくと熱を奪っていく。
 恐怖に追い立てられたうわ言ではなく、セラの心からの答えが知りたくてエスターがそうしているのだということは――死神のなんたるかを知る由もない――セラに分かるはずもなかった。

「選んで」

 ただただそれは、セラにとって絶対の「運命」でしかない。
 恋した男を殺すまで――どうしようもない人殺しが、差し出されたチャンスをみすみす逃してしまえるはずもなかった。




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