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魔法少女にはなれなかった

サブカル、ちょっとわかる

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 金輪際、クチナシの前でいかがわしい漫画を読むのはやめた方がいいのかもしれない。

「えっちなやつじゃんこれぇ……」
 やたらと顔がよくて、私のことをいくらでも甘やかしてくれる化け物クチナシといかがわしいことになったあと。なるべくいつもどおりを心がけた私が家族と食卓を囲み、順番を待ってお風呂に入ると。

 鏡に映る裸の体には、おしゃれなタトゥーでも入れたような勾玉の模様が、ぽつんと一つ浮かび上がっていた。



 下腹部に浮かぶ模様・・・・・・・・・に問答無用でいかがわしさを感じてしまうのは、私くらいの歳なら健全なことだと信じたい。



「お嫁に行けない体にされてしまった……」
 オカルトタトゥーの知覚可能範囲によっては、温泉どころかオシャレな水着でプールも危うい。

 そもそもこれはなんなんだと、羞恥六割疑問四割の視線を私が脱衣所の方に向けると。曇りガラスの向こうに忽然と現れたクチナシが、小さく開けたドアの隙間からスマホを差し出してくる。

[えっちなやつではなくてごねんね]
「なんで謝った?」
[くちなしはひびきよりもよわいから、ひびきにそういうのはむずかしい]
「私が求めてるみたいに言わないでくれるっ? ほんとにいらないからね!?」

 私の気持ちがわかるようなことを言っていたクチナシからそんなふうに謝られると、まるで私がそれを求めていたみたいで、風評被害も甚だしい。

「そもそもこれって何? クチナシとしたから浮かんできたの?」
[くちなしはぜんぶひびきのものだけど、ひびきがくちなしをすきだから、ひびきもすこしだけくちなしのものになった。そのしるし]
「体に害は……ないのよね?」
 そんなことはあるわけがないとでも言うように、曇りガラスの向こうで、クチナシがばさばさと音がするほど頭を振って。扉一枚挟んだ距離がもどかしいとばかり、せっかく保たれていたディスタンスをゼロにしてくる。



 脱衣所から浴室の方へするりと入り込んできたクチナシに抱きしめられて、洗い場に突っ立っていた体がすっかり冷たくなっていることに気がついた。

 私がクチナシから熱いくらいの体温を感じたように、私の冷え切った体温を感じたクチナシははっと顔を上げて。まだかけ湯もしていない私のことを湯船に押し込もうとしてくる。



 公衆浴場ならマナー違反だろうけど、家のお風呂だし。入浴の順番も私が最後なので、私もそれほど気にしないで、そのまま大人しく湯船に浸かった。



 爪先がぴりぴりするほど熱く感じるお湯に、ほっと吐息がもれる。

 呼んでもいないのに出てきたクチナシはすっかり居座るつもりらしく、浴室の扉を閉めてしまうと、私のスマホを持ったまま浴槽の縁に腰かけた。

 打ち間違いなんてほとんどしない器用な指が、たたたたっとテンポ良くスマホのディスプレイを叩いて、クチナシの言葉・・を私に見せてくる。

[ひびきのほうがつよいから、すこしくらいくちなしのものになっても、ひびきはこまらない]
「クチナシが言うなら信じるけど……そのちょっとだけ自分のものにするってやつ、誰でもできるわけじゃないのよね? クチナシならいいけど、私は鏡で見るまで気付かなかったくらいだし。少しくらいなら困らないからって、知らないうちにちょっとだけ誰かのものにされてたりしたら、嫌なんだけど」
[ひびきはくちなしだけがすきだから、くちなしにしかできない。ひびきがいやならくちなしもやめる。もうすこしひびきをくれたらくちなしとはなせるようになるけど、くちなしはいまのままでもいいから、ひびきがきめていい]
「え……クチナシと話せるようになるの?」
[クチナシははなせないけど、くちなしのことばがひびきにつたわるようになる]
「テレパシー、みたいな?」
[そんなかんじ]
 私がスマホで電子書籍を読んでいるような時もずーっとくっついていただけあって、さすがに話がはやい。

「じゃあ……このままでいい」
 クチナシと話せるようになる、という誘惑にあっさり屈した私がそう決めると。クチナシはにっこり笑って、自分が濡れてしまうのも構わず私のことを抱きしめた。

 すりすりと頬を押し付けられる感触から、クチナシの「嬉しい」と「ありがとう」の気持ちが伝わってきて。それに感化されたよう、私もなんだか嬉しくなってくる。

 クチナシと話せるようになるのが今から楽しみだった。
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