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魔法少女にはなれなかった

認識の齟齬

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 人に近い姿をしていたから期待していたというだけで、意思疎通のできない化け物なんて珍しくもなかったから。私の話に相槌が打てるだけまだ賢い方だと満足していたのに。

 まさか家に連れて帰るわけにもいかないクチナシといつも会っている場所。

 今にも崩れそうな廃屋の隅っこで、私がスマホをたぷたぷ触っていると。いつも大人しくしているクチナシが、「それ貸して」みたいな仕草をしてきたから。

「壊したら承知しないからね」
 そう釘を刺して、すっかり人間と見分けのつかなくなったクチナシの手に分割払いのまだ終わっていないスマホを乗せると。

 私が操作する様子をいつも横から覗き込んでいたクチナシは、ショートカットからメモアプリを立ち上げて、そこに[ひとがくるよ]と打って寄越した。

話せる・・・じゃない……!」
 びっくりした私が思わずあげた大声に、あわあわと慌てた様子で、クチナシがあらぬ方を振り返る。

 そこでようやく、私もクチナシが伝えてきた[ひとがくるよ]の意味に思い至った。

「えっ……〝人〟っ? ここに!?」
 なお、客観的に見て、今の私は〝他人の土地〟に無断で入り込んでいる立派な犯罪者である。

 ちなみに歳は十七。高校二年生。
 来年は受験生だ。

 ここにいるのが見つかるとどう足掻いてもまずい。



「私がいつも通ってるところから見つからないで出られそう?」
 私の質問に、ちょっと困ったような顔をしたクチナシは、いつも行かない方へと私の手を引いた。



 よく入り込んでいるとはいえ、私が小さい頃からずっと誰も住んでいないような廃屋はいつどこが崩れるかわかったものではないと、あまり奥の方まで入ってみたことはない。

 使われていないのが勿体無いほど広い敷地の中は草も生え放題で。人様の土地だからとか、朽ちかけた家が崩れそうで危ないからとか、そういう気持ちの面での抵抗感以前に、みっちりと生い茂る下草が人の侵入を物理的に阻んでいた。

 あそこに突っ込んでいくのかと、思わず足が止まりそうになった私のことを、クチナシはひょいっと抱き上げて。人一人分の重さなんてないかのように、荒れ放題の庭をとんっ、と軽い調子で飛び越えてしまう。

(うひゃぁー……)
 広い庭の中には沼のように濁った池もあった。

 重力を振り切るように飛び上がったクチナシの腕の中からそれが見えて。やっぱりすっごい豪邸だな……と、今更ながらに感心してしまう。

 あまりにも豪邸だから、相続税とか固定資産税とか、そういうのが払えなくなって放置されてしまった感じだろうか。



 完全なお荷物と化した私を抱えて庭を飛び越えたクチナシは、そこだけ石畳が敷かれているおかげで自然の侵食を免れていた、陸の孤島のような場所へ着地すると。私がいつも勝手に入り込んでいる廃屋と同じくらいボロくて崩れかけたおやしろに、どう考えても物理的に入るはずの私のことをぐいっ、と押し込めようとする。

 ビルの屋上にあるような、本当に小さなお社だ。
(神社にある小さいお社は末社で……家にあるのは屋敷神、だっけ)

 猫の子供もならまだしも、人間なんて入れるわけがないのに。
 小さな扉が片方外れて落ちてしまっているお社の入り口に体が近付くと。そのままずるんっ、と中へ吸い込まれて。

 びたんっ、と倒れ込んだ先には、板間で四畳半くらいのスペースが広がっていた。
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