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 第二節「血を吸う鬼の最愛」

SCENE-036 カラミティメイドの一点物

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 シャワーを浴びてさっぱりとした伊月が寝室へ戻る頃には、鏡夜も無事に目を覚ましていた。



「おはようお寝坊さん。いい夢は見られた?」

 ベッドの上で起き上がっていた鏡夜は少し前の伊月と同じ、見るからに寝足りなさそうな目つきで振り返ると、露骨に疲労感の滲んだ息を吐く。
「……たぶん、君とそんなに変わらないかな」
「それは御愁傷様」

 キリエなら口が裂けても言えないだろう、鏡夜の軽口にけらけらと笑いながら。バスローブ姿で寝室を素通りした伊月は、仕度部屋を兼ねた衣装部屋クローゼットへ。

 元は黒姫奈が使っていた衣装部屋に、今は双子のための服や小物が一通り揃えられていた。



 ティル・ナ・ノーグに限らず、人造王樹デミドラシルの管理が行き届いた王庭では〝エーテルプリンタ〟と呼ばれる立体造形装置が普及している。
 そのため、素材となる魔力と出力時間さえ捻出できればよほど特殊なものでない限り、日用品の類いは簡単に手に入れることができた。

 人造王樹デミドラシルのデータベースに登録された構造情報アセットを元に出力されたアイテムを廉価な模造品イミテーションと見なす風潮もあるにはあるが。少なくとも、伊月は使い勝手と品質重視。
 自然界に存在する素材を魔法に頼ることなく加工した、いわゆる天然モノ・・・・のアイテムと魔素造形装置エーテルプリンタ製のアイテムの存在強度が等しければ、自分が使うアイテムの真贋・・に興味はなかった。



 かといって、目利きができないわけではなく。

「……なんだか、明らかに雰囲気の違う服が混ざってない?」
 純粋なおしゃれとしては、身に着けるものにさほどこだわりのない伊月の性格と嗜好を考慮して。あらかじめトータルコーディネートされた状態でハンガーに吊されている服の一つを手に取り、伊月は目を眇めた。

「気にしないで、お前が好きな服を着ればいいと思うけど」
 ほんの僅かな時間とはいえ、珍しく伊月のそばを離れていたかと思えば。
 衣装部屋に遅れてやってきたキリエは一足先に、すっかり身仕度を終えている。

 家から出るつもりはありません、といった風情のラフなシャツとズボン姿でも、顔が良ければそれなりに様になるもので。
 部屋着のような服の上に、後衛魔術師然としたローブを羽織ったキリエを振り返って。伊月は手にしたハンガーごと、ドラクレアの魔力の匂い・・がこれでもかと染みついている服を自分の体に当てて見せた。

「本気で言ってる?」
「どうしても着てほしかったら、もっと違うやり方をするよ」
「この中から選べって言われたら、実質一択じゃない」
 腹の満たされた獣もかくやと、満足そうに目を細めたキリエの表情が全てを物語っている。

 ブラウスとセットでハンガーに吊るされていたワンピースには、むらなく染まった生地のアクセントに植物の蔓模様が描かれていて。
 それと瓜二つの魔力痕が、伊月の左足にはドラクレアによる吸血痕として残されている。

 棘はなく、花も咲いていない薔薇の蔓。
 それがドラクレアの血薔薇を模したものだと、伊月にわからないはずもなかった。

「お前の好みから外れすぎていたら、選ばれない可能性もあると思ったけど」
「私がおしゃれより実用性重視の残念な女・・・・でよかったわね」

 目で見て、手で触れて。
 その光沢や質感から、ハンドメイドの一点物と量産品を見分けられる自信はないが。エーテルプリンタから出力された、良くも悪くも品質の安定したアイテムの中に一つだけ紛れ込んだ、明らかに上質な一品に気付かないほど間が抜けてはいない。

 伊月は変に意地を張ることなく、本当の意味で自分のためだけに用意された服を着ることに決めて。それをひとまず、身仕度用に置かれたソファへばさりと投げやった。

「お前がそれを選んでくれて私は嬉しいから、残念なんかじゃないよ」
「はいはい」

 着るものの決まった伊月が本格的に身仕度をはじめると、衣装部屋クローゼットの入り口に留まっていたキリエも中に入ってきて、伊月の世話をなにくれ焼きはじめる。

 その甲斐甲斐しさときたら。
 ソファに腰掛けた伊月が足を差し出せば、手ずから靴を履かせることも厭わないキリエの尽くしっぷりに、後からやってきた鏡夜が身内から出た変質者でも見るような目を向けるほどだった。


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