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第二節「血を吸う鬼の最愛」
SCENE-031 丁寧な条件付けと、その成果
しおりを挟む夜の風呂上がりに身に着けて、朝起きれば着替えてしまうような服の防御力など、たかがしれている。
(きもちよ……)
伊月が着ていた丈の長い寝間着は、いつの間にかベッドの上に投げ出されていた。
徒人であれば、誰もが当たり前に持っている物質的な身体。
霊魂が生み出す魔力をある程度は留めておくことができる、天然の器。
体に満ちた魔力が伊月自身のものからすっかり入れ替わってしまうほど、キリエの本霊の魔力をたらふく飲まされて。酒に酔ったようふわふわと幸せな心地でいた伊月の片足に、昏く落ちた影から這い出した薔薇蔓が絡みつく。
「んっ……なに……?」
左足の爪先から膝上にかけて、するすると。手の平や指先で撫で回されるのとも、舌や唇で触れられるのとも違う感覚に、陶然と四肢を投げ出していた伊月が反応すると。未成熟な子供の薄い腹へ熱心にくちづけていたキリエが戻ってきて、伊月にまたのし掛かりながらその首元へと顔を埋めた。
「食事だよ。お前の体に負担はかけないようにするし、直接咬んだりもしないから。……いいよね?」
「しょくじ……キリエ、の? でも、キリエはもう……」
「今の私は竜種だから、お前の血に飢えたりはしないけど……ドラクレアだけじゃなく、私にも分けてくれる?」
「なにいってるの……?」
吸血鬼でもないのに徒人の生き血を啜る気か、と。
せっかく気持ちよく酔っていたのに、はたと我に返ってしまった伊月が目を眇める。
その胡乱げな眼差しにも臆することなく、伊月をたらし込むことにかけては極めて優れた美貌へ、キリエは伊月が言うところの、到底災厄級のメトセラらしくもない表情を浮かべて見せた。
「だめ?」
止めの媚びた声に、キリエを見つめる伊月の瞳がじわりと濃さを増す。
ドラクレアが黒姫奈のために丹精込めて作り込んだ〝キリエ〟の容姿を好んでいるのは、黒姫奈の生まれ変わりである伊月も変わらなかった。
露骨な手練手管でも、キリエがすることであれば渋々という体で許されてしまうのも。
「咬まないなら、いいけど……」
伊月の足に蛇のよう絡みつく吸血鬼の血薔薇。
ドラクレアの魔力が吸血鬼という種の特性によって形を得た薔薇蔓から伸び出した棘が、身を守るための魔力さえろくに練られていない伊月の皮膚を食い破り、血を流させる。
「んっ……」
どこもかしこも敏感になっている体をぴくんっと震わせた伊月の首元に、キリエはそっと歯を立てた。
「あっ……それだめっ」
吸血鬼にとっての第二の牙。
ドラクレアが影伝いに伸ばした血薔薇の蔓に巻きつかれ、突き立てられた棘から血を啜り上げられながら。吸血鬼の食事を思わせる強い刺激を与えられて。キリエに供血中毒一歩手前のところまで堕とされていた黒姫奈のレナトゥス――キリエのやり口を嫌というほど覚え込まされた黒姫奈の記憶と霊魂を宿している、伊月の体――は、その記憶の中にしか存在しない、まっさらな肉体が覚えているはずのない、慣れ親しんだ快楽にびくりと震える。
「気持ちがいいね?」
その耳元へ、キリエは追い打ちをかけるように甘く囁いた。
これが気持ちのいいことなのだと教え込むよう吹き込まれる男の声に、伊月の体は何度でも、大げさなほど震えてしまう。
「吸血鬼から竜種じゃなくて、淫魔にでもなったんじゃないの……っ」
「そんなに良かった?」
ままならない体への苛立ちと羞恥のあまり口をついて出た憎まれ口に、これでもかと嬉しそうに返されて。
いよいよ、伊月の顔に朱が滲む。
「っ~~~~!」
涙に潤んだ両目で睨みつけてくる伊月へ、キリエは機嫌の良さを隠そうともせず、喜色満面にくちづけた。
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