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第一節「レナトゥスの目覚め」
SCENE-019 分霊で〝弟〟で〝片割れ〟で
しおりを挟む護家の護人見習いとして研鑽を積んでいる双子が、徒人だてらに地面まで数メートルの高さを危なげなく飛び降りて、ようやく。身震いするよう体を揺らした竜の体躯がみるみる縮み、銀髪痩躯の青年姿へと変わる。
「マキナ――」
今となっては、キリエにそう呼ばれていた時間よりも、鏡夜に伊月と呼ばれた時間の方が、伊月の中に残された〝思い出〟に占める割合は大きくなっているにもかかわらず。
黒姫奈と呼ばれることに違和感があるかといえば、まったくもって、そんなことはなく。
キリエが呼ぶ声に振り返った伊月は、ほんの少しの間も離れているのは堪え難いと、臆面もなく伸ばされた男の腕に何食わぬ顔で抱き上げられた。
「下層の魔素には触れていないはずだけど、気分が悪くなったりしてない?」
「少し空気が薄く感じるくらいよ。飛んでる間はキリエの魔力を空気の代わりに吸ってたわけだから、そのせいだと思う」
「そうだね。この辺りの魔素濃度は外と変わらないから」
念話を使った鏡夜とのやり取りなどなかったかのよう取り澄ました女の顔に、キリエが笑み崩れた頬をすり寄せる。
その、見るからに幸せそうな風情ときたら。
「(…………)」
キュートアグレッションの一言で片付けてしまうには性質の悪い衝動が伊月の中で膨れ上がるのを感じた鏡夜はそっと、念話のために感度を上げていた伊月とのパスを切れない程度に絞り上げた。
普段はどちらかというと、伊月のちょっとした変化も見逃さないよう、伊月から鬱陶しがられない程度に高感度な――意識して語りかけるまでもなく、表面的な感情が伝わってくる程度の――状態を保っているのだが。
たとえ伊月に感化される形だろうと、自分と同じ分霊に〝思わずいじめたくなるくらいの愛おしさ〟なんて感じることのないように。
もっとも――
「(この流れで昔みたいに素っ気なくしたら、どうなると思う?)」
鏡夜のそんな努力も、伊月の方からパスをこじ開けられてしまえばそれまでの話。
所詮は、キリエと同じ穴の狢。
同じドラクレアの分霊である鏡夜には、自分の都合を優先して伊月を邪険にすることなどできはしなかった。
「(加虐趣味のある誰かさんを喜ばせるために泣いて見せるくらいのことはするかもね)」
溜息混じりの思念へ鏡夜が込めた感情に、付き合いの長い伊月が気付かないはずもないのだが。
それに構うかどうかは、また別の話。
「(それはそれで私に『このクラスのメトセラがそこまでする?』って思わせられるんだから、災厄級は得よね」
嘘泣きでも見てみたい。
どうしよう。
うずうずとしている伊月から、今度こそ、鏡夜はそっと顔を背けた。
〝ドラクレアの分霊〟としての意識はまだしも、〝伊月の弟〟としての意識がこれ以上は耐えられそうになかったので。
顔を背けたついでに、鏡夜が中庭の奥へと向かって歩き出すと。今日のところは自制心が勝ったらしい伊月からしょうがないわね、と甘い溜息混じりに抱き返されたキリエも後をついてきた。
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