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 第一節「レナトゥスの目覚め」

SCENE-012 再会

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「勘弁してよ……」
 頭を抱えて呻いた伊月に、鏡夜が弟としてはらしくもなく、まるで恋人に甘えるかのよう頬をすり寄せてくる。
「大丈夫。君が哀しむようなことにはならないよ」

「一度狂乱した竜が正気に戻ったなんて話、聞いたことないんだけど」
「今日までは、一度狂乱した竜が死んだパートナーのレナトゥスと再会を果たしたこともなかったからね」
 後ろから取られた手を、瓦礫の上に首を伸ばした竜の鼻筋に乗せられて。
 鏡夜に促された伊月は内心、あまり気乗りしないまま紡ぐ言葉に魔力を乗せた。

「キリエ・ヘルシング。――{起きなさい}」
 伊月の言霊ことだま――魔力を帯びた言葉――に覿面、それまでぴくりとも動かないでいた竜が目を覚ます。



 伊月の声に弾かれたよう目を見開いた竜は、黄金を溶かし込んだような金色の竜眼に〝黒姫奈の生まれ変わり〟の姿を映すと、みるみるうちに、その双眸を涙で潤ませた。

「(マキナ――)」
 煮詰めた蜜のように甘い男の――鼻筋に触れた手の平から直接、流し込まれた竜の魔力――が、伊月の頭をくらりとさせる。
感情圧・・・が……)
 咄嗟に体ごと手を引いた伊月のことを、すぐ後ろに立っていた鏡夜が抱き留めた。

 その途端、露骨に剣呑な魔力を垂れ流しはじめた竜が、全身にくまなく絡みついた薔薇蔓をみしみしと軋ませる。

 薔薇蔓の縛めによって口を開くことさえできない竜は喉の奥で低く獰猛な唸り声を上げ、今にも噛みつかんばかりの険しい形相で、伊月を腕の中に抱き込み我が物顔をしている鏡夜に向かって鋭い牙を剥き出しにした。



 そうなると。竜の鼻先に立っていて、鏡夜との間に挟まれる形になった伊月は必然的に、鏡夜のことを威嚇する竜の荒い鼻息を、思わずひやりとするほどの至近距離から浴びるはめになるわけで。

(こっわ……)
 ドラクレアの分霊に害されることはないと頭でわかっていても、本能的な恐怖を感じた伊月が後ろへ下がろうとすると。その動きを体で阻んだ鏡夜がこれ見よがし、甘えつくよう伊月の肩へと頭を乗せてくる。

「やっぱり、君に心配をかけるような分霊は一旦本霊に取り込んで作り直した方がいいんじゃない? 君さえよければ、僕が代わりになってもいいし」
 物理的に手も足も出ない竜のことを小馬鹿にしたような鏡夜の口振り――キリエを呼び起こす直前のものと矛盾する発言――に、伊月は目を瞬かせた。
(煽ってどうするのよ……同じ分霊同士のくせに)

 伊月の理解によれば、分霊は本霊との間に共通の意識領域を持ちながらも、本霊から分かたれた霊魂に本霊とは異なる自意識を持つ存在なので。黒姫奈に最も近しい存在として作られた〝キリエ〟という分霊が、自分と全く同じ存在というわけではない〝鏡夜〟に嫉妬するのはまだわかる。
 けれどキリエと同じ〝ドラクレアの分霊〟として、自らのアイデンティティを伊月の〝弟〟であることとした鏡夜の方に、キリエを煽る理由はないはずで。



 全身を本霊ドラクレアの薔薇蔓で雁字搦めにされている竜は、力ずくで拘束から逃れられないことを悟るなり、伊月を見つめて「グゥッ……」と哀れがましく喉を慣らした。

 もう少し図体が小さければキューン……とでも鳴いていそうな風情。

(あ。なるほど、そういうことか)
 プライドをかなぐり捨てた、そのあざとく媚びた振る舞いに、鏡夜の意図を悟った伊月はなんともいえない息を吐く。
「確かに正気っぽくはあるわね……狂乱してこれ・・ならたいしたものだわ」

 災厄級カラミティ・クラスと名高いドラクレアの分霊――ドラクレアの〝一側面〟と言い換えても間違いではない存在――のものとして考えると情けないにもほどがあるキリエの振る舞いが、伊月の警戒心を和らげるのに一役買っているのは間違いのない事実だった。



「ほらね。何も心配することなんてなかっただろ」
 見せつけるよう抱いていた腰からあっさり手を引いた鏡夜に背中を押され、もう一度、伊月は薔薇蔓に絡まれた竜の鼻筋に手を乗せる。

ドラクレア・・・・・、放してあげて」
 伊月の言葉を受けて、ドラクレア本霊が竜の全身に絡みつかせた薔薇蔓による縛めを緩めると。瓦礫の上に伸びていた竜は、すかさず伊月の手の下から鼻筋を引き抜いた。

 二枚ある翼をバタつかせながら身を起こした竜の、二階建ての建物ほどはあろうかという巨大な体躯がみるみるうちに縮んでいく。

「――マキナ!」
 至極色の鱗に覆われた竜体から、完璧に徒人のそれを模した――中途半端に化け損ねた場所など、どこにもない――銀髪白皮の青年姿に化けたキリエは喜色満面、徒人の脆い肉体を傷つける心配のない二本の腕で伊月のことを抱きしめた。


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