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第21話
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「お待ちください」
「何だ?」
店の奥にいたはずのマーティンがやってきた。
マーティンのことだから、きっとこの窮地を上手く切り抜けてくれると信じている。
私たちのためにも、この横暴な貴族の思い通りにさせてはいけない。
「店主のマーティン・ドーリッツと申します。こちらの店員は妻のミリエです」
妻と紹介されてしまい、こんな場だけど胸が高鳴ってしまった。
今は恋人関係だけど、いつか結婚して妻として振る舞いたい。
店が落ち着くまでは正式に結婚しないことにしていたけど、妻と紹介され自分がマーティンの妻という立場を手にしたいと強く望んでいることを自覚した。
「ふむ、人妻であったか。それはそれで良いものである。それで愛人の件を認めるのかな?」
「申し訳ありません。それだけはご容赦ください」
「ふむ、ふむ。良い心掛けだ。貴族が命じれば進んで妻を差し出すような者もいる。この店の店主は夫として見上げたものだ」
「恐縮です」
マーティンは相手が貴族であろうとも私を守ろうとしてくれた。
不興を買えばどういった処分を受けてもおかしくはないのに。
きっと私のために我慢して穏便に済まそうとしたのだろう。
頭を下げようとも、それは私を守るため。
男としてのちっぽけなプライドを守るような人でなくて本当に良かった。
これもマーティンの魅力の一つ。
「ミリエよ、良い夫に巡り会えたものだな。羨ましいぞ」
「もったいないお言葉です」
「ふむ、芯の通った店主の店だ。今後贔屓にしてやろう。では帰るぞ」
どう言葉を返していいのかわからなかったし、きっとそれはマーティンも同じだったと思う。
私たちは二人で頭を下げた。
貴族の男性はお供を連れて出て行った。
緊張が解け、思わず深く息を吐いてしまった。
それはマーティンも同じで、お互い同じことをしていて、思わず笑い合ってしまった。
「いやー、どうなるかわからなかったけど、どうにかなって良かったよ」
「本当ね。ありがとう、マーティン。私だけだったら上手く対処できなかったかもしれなかったわ」
「ミリエのためさ。それに話の通じる相手で良かったよ。明言していなかったけど貴族で間違いないだろうし、不興を買わずに済んで本当に良かった」
「最後に贔屓にすると言ってくれたし、根は良い人なのかもしれないね。愛人だって無理矢理ではなかったし」
「まあ、ね」
それよりも私には気になることがあった。
それに解決すべき問題だってある。
「あの様子だとまた店に来るかもしれないわね」
「そうだな。それでなくとも贔屓にすると言ったからには付き合いは続いていくだろう」
「それで相談というか…お店のためでもあるし……私たちのためでもあるけど………」
いざ言葉にしようとすると自分の弱い部分が邪魔をする。
それにこういったことはマーティンから言ってほしいし。
「商人にとって大切なことは何かわかる?」
唐突に訊かれた。
私が他の商人ではなくマーティンを信用したのは信用できると思えるだけの積み重ねがあったから。
それはきっと他の商人に対しても通用するはず。
「信用を得ること?」
「そうだとも。だから俺は信用を失うのは避けたい。そもそもこうなってしまったのは俺がいつまでもミリエの気持ちに甘えていたからという理由だってある。だからここではっきり伝える」
私は期待してしまった。
これからマーティンが告げるであろう言葉を。
「結婚しよう。妻になってほしい。これからも二人で行きていこう」
「……もちろん受けるわ。もっと早く言ってくれれば良かったのに。私がどれだけ待ったかわかるでしょ?」
「待たせてごめん。俺だってずっと待っていたんだ。だからもう離さない」
恥ずかしいことを言われて嬉しいと思えた。
結婚とは良いものだとマーティンは私に証明してほしい。
ううん、それは違う。
幸せは二人で築き上げていくものだもの。
私も結婚が良いものだとマーティンに証明してあげないとね。
「何だ?」
店の奥にいたはずのマーティンがやってきた。
マーティンのことだから、きっとこの窮地を上手く切り抜けてくれると信じている。
私たちのためにも、この横暴な貴族の思い通りにさせてはいけない。
「店主のマーティン・ドーリッツと申します。こちらの店員は妻のミリエです」
妻と紹介されてしまい、こんな場だけど胸が高鳴ってしまった。
今は恋人関係だけど、いつか結婚して妻として振る舞いたい。
店が落ち着くまでは正式に結婚しないことにしていたけど、妻と紹介され自分がマーティンの妻という立場を手にしたいと強く望んでいることを自覚した。
「ふむ、人妻であったか。それはそれで良いものである。それで愛人の件を認めるのかな?」
「申し訳ありません。それだけはご容赦ください」
「ふむ、ふむ。良い心掛けだ。貴族が命じれば進んで妻を差し出すような者もいる。この店の店主は夫として見上げたものだ」
「恐縮です」
マーティンは相手が貴族であろうとも私を守ろうとしてくれた。
不興を買えばどういった処分を受けてもおかしくはないのに。
きっと私のために我慢して穏便に済まそうとしたのだろう。
頭を下げようとも、それは私を守るため。
男としてのちっぽけなプライドを守るような人でなくて本当に良かった。
これもマーティンの魅力の一つ。
「ミリエよ、良い夫に巡り会えたものだな。羨ましいぞ」
「もったいないお言葉です」
「ふむ、芯の通った店主の店だ。今後贔屓にしてやろう。では帰るぞ」
どう言葉を返していいのかわからなかったし、きっとそれはマーティンも同じだったと思う。
私たちは二人で頭を下げた。
貴族の男性はお供を連れて出て行った。
緊張が解け、思わず深く息を吐いてしまった。
それはマーティンも同じで、お互い同じことをしていて、思わず笑い合ってしまった。
「いやー、どうなるかわからなかったけど、どうにかなって良かったよ」
「本当ね。ありがとう、マーティン。私だけだったら上手く対処できなかったかもしれなかったわ」
「ミリエのためさ。それに話の通じる相手で良かったよ。明言していなかったけど貴族で間違いないだろうし、不興を買わずに済んで本当に良かった」
「最後に贔屓にすると言ってくれたし、根は良い人なのかもしれないね。愛人だって無理矢理ではなかったし」
「まあ、ね」
それよりも私には気になることがあった。
それに解決すべき問題だってある。
「あの様子だとまた店に来るかもしれないわね」
「そうだな。それでなくとも贔屓にすると言ったからには付き合いは続いていくだろう」
「それで相談というか…お店のためでもあるし……私たちのためでもあるけど………」
いざ言葉にしようとすると自分の弱い部分が邪魔をする。
それにこういったことはマーティンから言ってほしいし。
「商人にとって大切なことは何かわかる?」
唐突に訊かれた。
私が他の商人ではなくマーティンを信用したのは信用できると思えるだけの積み重ねがあったから。
それはきっと他の商人に対しても通用するはず。
「信用を得ること?」
「そうだとも。だから俺は信用を失うのは避けたい。そもそもこうなってしまったのは俺がいつまでもミリエの気持ちに甘えていたからという理由だってある。だからここではっきり伝える」
私は期待してしまった。
これからマーティンが告げるであろう言葉を。
「結婚しよう。妻になってほしい。これからも二人で行きていこう」
「……もちろん受けるわ。もっと早く言ってくれれば良かったのに。私がどれだけ待ったかわかるでしょ?」
「待たせてごめん。俺だってずっと待っていたんだ。だからもう離さない」
恥ずかしいことを言われて嬉しいと思えた。
結婚とは良いものだとマーティンは私に証明してほしい。
ううん、それは違う。
幸せは二人で築き上げていくものだもの。
私も結婚が良いものだとマーティンに証明してあげないとね。
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