私は悪くありません。黙って従うように言われたのですから。

田太 優

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第19話

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荷物を降ろしては倉庫スペースに運び込むマーティン。
作業の邪魔をするのも気が引けるけど、私の様子に気付いたのか、マーティンのほうから声をかけてくれた。

「どうだった?」
「いい店だと思うわ。それで気になったけど……二階の居住スペースをどう使うの?」

一緒に住むとか暮らすという言葉にはできなかった。
私が期待しているように思われるのも恥ずかしかったし、嫌がっていると捉えられるのも避けたかった。
マーティンのことだから私の胸中を察すると思うけど。

相変わらず私は弱いしズルい。
こんな自分を変えなければならないと思うけど………。

「ミリエさえ良ければ一緒に住まないか?」

マーティンの言葉はストレートだった。
一緒に住もうと言ってくれたのは…私のことを嫌ではない証拠だと思う。
それは嬉しいことだけど、私が欲しいのは別の言葉。
二人の関係を一歩進めるための言葉がほしい。
その言葉を聞ければ私は自分に自信が持てるかもしれない。

……こうやってマーティンに期待してばかりの自分が嫌になる。

マーティンが今まで決定的な言葉を口にしてくれなかったのは私が悩んでいる態度を見せていたからかもしれない。
マーティンのことだから私が訊けば真摯に答えてくれるに違いない。
そこまで理解しているというのに、今まで訊かなかった私の責任もある。
これからの私たちのためにも、ここは私が勇気を出すべきところ。
いつまでも自分の不甲斐なさに言い訳するようではいけないと思った。

だから私は自分から言葉にする。
マーティンの答えも予想できるけど、こういったことはお互いに言葉として伝えあうべきだから。

「私たちは未婚の男女なのだから、外聞が悪くない?」
「知っている人なんていないだろうし、気にしなくていいよ。気になるならミリエのために別に家を借りてもいいけど…」
「私が気にしているのはそこではないの。………マーティンが私をどう想っているのかなの」

言えた。
言ってしまった。

マーティンは少しの沈黙の後、私に告げた。

「俺はミリエのことが好きだ。ずっと昔からだ。……ミリエが俺のことをどう考えているのか不安で今まで言い出せなくてごめん」

やはりマーティンはずっと昔から私のことを好きでいてくれた。
それは…私の過去も受け入れてくれるということなのだろう。
でもやはりそれも言葉にしてほしい。

「私もマーティンのことが好きよ。でも私は一度結婚に失敗しているの。そんな私でいいの?」
「そんなこと気にしたりしないよ。むしろ俺がミリエを幸せにする。約束するよ。だから俺はミリエがいいんだ」
「ありがとう、そんなに嬉しいことを言われたのは初めて……」

嬉しさから涙が溢れてしまう。
悲しくて泣いたことは何度もあったけど、嬉しくて泣いたのは初めてかもしれない。

そんな私をマーティンは優しく抱きしめてくれた。

「ここで幸せになろう。新しい店と新しい人生。俺たちは一緒に幸せになるんだ」
「ええ……」

マーティンが感じさせてくれた幸せな未来。
今度こそ幸せを手にするため、私たちは努力しなくてはならない。

こうして私たちは一緒に暮らし始め、店もオープンに向けて忙しく準備する日々が始まった。
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