私は悪くありません。黙って従うように言われたのですから。

田太 優

文字の大きさ
上 下
15 / 21

第15話

しおりを挟む
いよいよこの時がやってきた。
以前から準備をしていたとはいえ、いざドーリッツ商会を終わらせるとなると感慨深いものがある。
移転だから厳密には終わりではない。
だが…長らく親しんできた店舗を手放すとなると何も思わない訳ではない。

だがこれは前に進むために必要なことだ。
嫌な思い出の多いウェーバー子爵領から離れ、俺たちは新たな人生を歩む。
そのために必要なことをしなければならない。

俺はまず、ルベントに店を譲るために話を持ち掛けた。
以前から少しずつ匂わせていたので俺の想い通りになるはずだ。

「以前から話していたが、ついにドーリッツ商会を終わらせるときがやってきた。そこでルベントさえ良ければ店を譲ろうと思う。他の従業員に在庫を分けたりする予定だから店以外については期待しないでくれ」
「へへっ、これで俺もやっと存分に力を振るえるってもんですね。いいでしょう、引き取りますよ」

ルベントは会頭である俺への敬意も無く、そのような性格だから能力も無い。
成長しなかったが父が健在だったころに雇ったから簡単に解雇できなかった。
ただ大きな問題を起こさなかったから温情で雇い続けただけの無能。
そのくせ自分は有能だと思っている節がある。
店をただで譲ると考えるのは、あまりにも自分に都合良く捉えている証左。

「それなら譲渡する旨、契約書にしよう。それに条件として商会の名前を変えることを加えたいと思う。いいか?」
「もちろんですよ。俺の商会になるから俺の名をつけるか、もっと凄そうな名をつけるのもいいかもしれないな」
「……繁盛することを祈っておくよ。それで契約書だが――」

終始ご満悦なルベントは何か勘違いしていそうだ。
だがもう契約書を交わしたからドーリッツ商会は終わったのだ。
後はルベントが好きにすればいい。

「へへへ、これで俺様の実力を見せつけられるってものですよ。会頭には世話になりました」
「ああ。ルベントの成功を祈っておく」

ウェーバー子爵領に将来性は無い。
この店を引き継いだところでルベントが切り盛りすればすぐに閑古鳥が鳴くことになるだろう。
きっとギャレー様の後払いの契約書に期待しているのだろうが、商会の名を変えても有効だと思うのか?
意地汚いウェーバー子爵のことだから商会の名前が違うことを理由に支払いを拒否するだろう。
店舗の維持費だってかかるし仕入れて売らなければ赤字ですぐに倒産することになるだろう。
ルベントのことだから倒産まで早いだろうな。

* * * * * * * * * *

問題のある従業員はルベントだけだ。
他のみんなは良く働いてくれた。

「以前から話していたが、ついにドーリッツ商会は役目を終えるときがやってきた。みんなには感謝している。せめてもの退職金として給金は割り増ししておく。他にも欲しい商品があれば持っていってくれても構わない。ただし馬車以外だ」
「よろしいですか?」
「何だ?」
「ドーリッツ商会の店はどうなるのですか?」
「店はルベントに譲ることにした。もう契約書も交わしたから決定事項だ。それに店の名前を変えることも条件に加えてある。…店が残っていてもドーリッツ商会は終わりだ」
「そうでしたか。長い間お世話になりました」
「こちらこそ世話になった。父から継いだ若造だった俺をよく引き立ててくれた。みんながあっての今がある。だから本当に感謝している」

みんなには本当に感謝している。
このような形で店を終わらせることになってしまったが、商売の世界は厳しいから何が起きるかわからない。
だからこんな俺を許してほしい。

「もしルベントに雇われることを望むなら遠慮しなくていい。これからはみんながそれぞれの判断で生きてほしい。どうか幸せになってほしい」
「ルベントになんて雇われたくないですよ。それに雇われたところですぐに職を失うでしょうし」
「ははっ、違いない」
「誰があんな奴に雇われるかっつーの。頭を下げられてもゴメンだぜ」

みんなの反応がルベントの評価。
まあ…予想できていたが。

俺は将来性の無いウェーバー子爵領を捨てることを選んだ。
みんなには家族もいるだろうし、まさか全員を引きつれ他領に行くことはできない。
それぞれの人生があるのだから、どうか悔いの無い選択をしてほしい。

俺は…ミリエと一緒に新たな人生を歩むことを選んだ。
後悔を繰り返したくないから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私は駄目な姉なので、可愛い妹に全てあげることにします

リオール
恋愛
私には妹が一人いる。 みんなに可愛いとチヤホヤされる妹が。 それに対して私は顔も性格も地味。暗いと陰で笑われている駄目な姉だ。 妹はそんな私の物を、あれもこれもと欲しがってくる。 いいよ、私の物でいいのならあげる、全部あげる。 ──ついでにアレもあげるわね。 ===== ※ギャグはありません ※全6話

【全4話】私の婚約者を欲しいと妹が言ってきた。私は醜いから相応しくないんだそうです

リオール
恋愛
私の婚約者を欲しいと妹が言ってきた。 私は醜いから相応しくないんだそうです。 お姉様は醜いから全て私が貰うわね。 そう言って妹は── ※全4話 あっさりスッキリ短いです

虐げられてる私のざまあ記録、ご覧になりますか?

リオール
恋愛
両親に虐げられ 姉に虐げられ 妹に虐げられ そして婚約者にも虐げられ 公爵家が次女、ミレナは何をされてもいつも微笑んでいた。 虐げられてるのに、ひたすら耐えて笑みを絶やさない。 それをいいことに、彼女に近しい者は彼女を虐げ続けていた。 けれど彼らは知らない、誰も知らない。 彼女の笑顔の裏に隠された、彼女が抱える闇を── そして今日も、彼女はひっそりと。 ざまあするのです。 そんな彼女の虐げざまあ記録……お読みになりますか? ===== シリアスダークかと思わせて、そうではありません。虐げシーンはダークですが、ざまあシーンは……まあハチャメチャです。軽いのから重いのまで、スッキリ(?)ざまあ。 細かいことはあまり気にせずお読み下さい。 多分ハッピーエンド。 多分主人公だけはハッピーエンド。 あとは……

姉にざまぁされた愚妹ですが何か?

リオール
恋愛
公爵令嬢エルシーには姉のイリアが居る。 地味な姉に対して美しい美貌をもつエルシーは考えた。 (お姉様は王太子と婚約してるけど……王太子に相応しいのは私じゃないかしら?) そう考えたエルシーは、自らの勝利を確信しながら動き出す。それが破滅への道とも知らずに…… ===== 性懲りもなくありがちな話。だって好きだから(•‿•) 10話完結。※書き終わってます 最初の方は結構ギャグテイストですがラストはシリアスに終わってます。 設定は緩いので何でも許せる方向けです。

婚約破棄は別にいいですけど、優秀な姉と無能な妹なんて噂、本気で信じてるんですか?

リオール
恋愛
侯爵家の執務を汗水流してこなしていた私──バルバラ。 だがある日突然、婚約者に婚約破棄を告げられ、父に次期当主は姉だと宣言され。出て行けと言われるのだった。 世間では姉が優秀、妹は駄目だと思われてるようですが、だから何? せいぜい束の間の贅沢を楽しめばいいです。 貴方達が遊んでる間に、私は──侯爵家、乗っ取らせていただきます! ===== いつもの勢いで書いた小説です。 前作とは逆に妹が主人公。優秀では無いけど努力する人。 妹、頑張ります! ※全41話完結。短編としておきながら読みの甘さが露呈…

くれくれ幼馴染に苦手な婚約者を宛がったら人生終わった

毒島醜女
恋愛
人のものを奪うのが大好きな幼馴染と同じクラスになったセーラ。 そんな幼馴染が自分の婚約者であるジェレミーに目をつけたのは、不幸中の幸いであった。 苦手な婚約者であるジェレミーと彼女をくっ付けてやろうと、セーラは計画する…

妹から私の旦那様と結ばれたと手紙が来ましたが、人違いだったようです

今川幸乃
恋愛
ハワード公爵家の長女クララは半年ほど前にガイラー公爵家の長男アドルフと結婚した。 が、優しく穏やかな性格で領主としての才能もあるアドルフは女性から大人気でクララの妹レイチェルも彼と結ばれたクララをしきりにうらやんでいた。 アドルフが領地に次期当主としての勉強をしに帰ったとき、突然クララにレイチェルから「アドルフと結ばれた」と手紙が来る。 だが、レイチェルは知らなかった。 ガイラー公爵家には冷酷非道で女癖が悪く勘当された、アドルフと瓜二つの長男がいたことを。 ※短め。

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

処理中です...