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第15話
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いよいよこの時がやってきた。
以前から準備をしていたとはいえ、いざドーリッツ商会を終わらせるとなると感慨深いものがある。
移転だから厳密には終わりではない。
だが…長らく親しんできた店舗を手放すとなると何も思わない訳ではない。
だがこれは前に進むために必要なことだ。
嫌な思い出の多いウェーバー子爵領から離れ、俺たちは新たな人生を歩む。
そのために必要なことをしなければならない。
俺はまず、ルベントに店を譲るために話を持ち掛けた。
以前から少しずつ匂わせていたので俺の想い通りになるはずだ。
「以前から話していたが、ついにドーリッツ商会を終わらせるときがやってきた。そこでルベントさえ良ければ店を譲ろうと思う。他の従業員に在庫を分けたりする予定だから店以外については期待しないでくれ」
「へへっ、これで俺もやっと存分に力を振るえるってもんですね。いいでしょう、引き取りますよ」
ルベントは会頭である俺への敬意も無く、そのような性格だから能力も無い。
成長しなかったが父が健在だったころに雇ったから簡単に解雇できなかった。
ただ大きな問題を起こさなかったから温情で雇い続けただけの無能。
そのくせ自分は有能だと思っている節がある。
店をただで譲ると考えるのは、あまりにも自分に都合良く捉えている証左。
「それなら譲渡する旨、契約書にしよう。それに条件として商会の名前を変えることを加えたいと思う。いいか?」
「もちろんですよ。俺の商会になるから俺の名をつけるか、もっと凄そうな名をつけるのもいいかもしれないな」
「……繁盛することを祈っておくよ。それで契約書だが――」
終始ご満悦なルベントは何か勘違いしていそうだ。
だがもう契約書を交わしたからドーリッツ商会は終わったのだ。
後はルベントが好きにすればいい。
「へへへ、これで俺様の実力を見せつけられるってものですよ。会頭には世話になりました」
「ああ。ルベントの成功を祈っておく」
ウェーバー子爵領に将来性は無い。
この店を引き継いだところでルベントが切り盛りすればすぐに閑古鳥が鳴くことになるだろう。
きっとギャレー様の後払いの契約書に期待しているのだろうが、商会の名を変えても有効だと思うのか?
意地汚いウェーバー子爵のことだから商会の名前が違うことを理由に支払いを拒否するだろう。
店舗の維持費だってかかるし仕入れて売らなければ赤字ですぐに倒産することになるだろう。
ルベントのことだから倒産まで早いだろうな。
* * * * * * * * * *
問題のある従業員はルベントだけだ。
他のみんなは良く働いてくれた。
「以前から話していたが、ついにドーリッツ商会は役目を終えるときがやってきた。みんなには感謝している。せめてもの退職金として給金は割り増ししておく。他にも欲しい商品があれば持っていってくれても構わない。ただし馬車以外だ」
「よろしいですか?」
「何だ?」
「ドーリッツ商会の店はどうなるのですか?」
「店はルベントに譲ることにした。もう契約書も交わしたから決定事項だ。それに店の名前を変えることも条件に加えてある。…店が残っていてもドーリッツ商会は終わりだ」
「そうでしたか。長い間お世話になりました」
「こちらこそ世話になった。父から継いだ若造だった俺をよく引き立ててくれた。みんながあっての今がある。だから本当に感謝している」
みんなには本当に感謝している。
このような形で店を終わらせることになってしまったが、商売の世界は厳しいから何が起きるかわからない。
だからこんな俺を許してほしい。
「もしルベントに雇われることを望むなら遠慮しなくていい。これからはみんながそれぞれの判断で生きてほしい。どうか幸せになってほしい」
「ルベントになんて雇われたくないですよ。それに雇われたところですぐに職を失うでしょうし」
「ははっ、違いない」
「誰があんな奴に雇われるかっつーの。頭を下げられてもゴメンだぜ」
みんなの反応がルベントの評価。
まあ…予想できていたが。
俺は将来性の無いウェーバー子爵領を捨てることを選んだ。
みんなには家族もいるだろうし、まさか全員を引きつれ他領に行くことはできない。
それぞれの人生があるのだから、どうか悔いの無い選択をしてほしい。
俺は…ミリエと一緒に新たな人生を歩むことを選んだ。
後悔を繰り返したくないから。
以前から準備をしていたとはいえ、いざドーリッツ商会を終わらせるとなると感慨深いものがある。
移転だから厳密には終わりではない。
だが…長らく親しんできた店舗を手放すとなると何も思わない訳ではない。
だがこれは前に進むために必要なことだ。
嫌な思い出の多いウェーバー子爵領から離れ、俺たちは新たな人生を歩む。
そのために必要なことをしなければならない。
俺はまず、ルベントに店を譲るために話を持ち掛けた。
以前から少しずつ匂わせていたので俺の想い通りになるはずだ。
「以前から話していたが、ついにドーリッツ商会を終わらせるときがやってきた。そこでルベントさえ良ければ店を譲ろうと思う。他の従業員に在庫を分けたりする予定だから店以外については期待しないでくれ」
「へへっ、これで俺もやっと存分に力を振るえるってもんですね。いいでしょう、引き取りますよ」
ルベントは会頭である俺への敬意も無く、そのような性格だから能力も無い。
成長しなかったが父が健在だったころに雇ったから簡単に解雇できなかった。
ただ大きな問題を起こさなかったから温情で雇い続けただけの無能。
そのくせ自分は有能だと思っている節がある。
店をただで譲ると考えるのは、あまりにも自分に都合良く捉えている証左。
「それなら譲渡する旨、契約書にしよう。それに条件として商会の名前を変えることを加えたいと思う。いいか?」
「もちろんですよ。俺の商会になるから俺の名をつけるか、もっと凄そうな名をつけるのもいいかもしれないな」
「……繁盛することを祈っておくよ。それで契約書だが――」
終始ご満悦なルベントは何か勘違いしていそうだ。
だがもう契約書を交わしたからドーリッツ商会は終わったのだ。
後はルベントが好きにすればいい。
「へへへ、これで俺様の実力を見せつけられるってものですよ。会頭には世話になりました」
「ああ。ルベントの成功を祈っておく」
ウェーバー子爵領に将来性は無い。
この店を引き継いだところでルベントが切り盛りすればすぐに閑古鳥が鳴くことになるだろう。
きっとギャレー様の後払いの契約書に期待しているのだろうが、商会の名を変えても有効だと思うのか?
意地汚いウェーバー子爵のことだから商会の名前が違うことを理由に支払いを拒否するだろう。
店舗の維持費だってかかるし仕入れて売らなければ赤字ですぐに倒産することになるだろう。
ルベントのことだから倒産まで早いだろうな。
* * * * * * * * * *
問題のある従業員はルベントだけだ。
他のみんなは良く働いてくれた。
「以前から話していたが、ついにドーリッツ商会は役目を終えるときがやってきた。みんなには感謝している。せめてもの退職金として給金は割り増ししておく。他にも欲しい商品があれば持っていってくれても構わない。ただし馬車以外だ」
「よろしいですか?」
「何だ?」
「ドーリッツ商会の店はどうなるのですか?」
「店はルベントに譲ることにした。もう契約書も交わしたから決定事項だ。それに店の名前を変えることも条件に加えてある。…店が残っていてもドーリッツ商会は終わりだ」
「そうでしたか。長い間お世話になりました」
「こちらこそ世話になった。父から継いだ若造だった俺をよく引き立ててくれた。みんながあっての今がある。だから本当に感謝している」
みんなには本当に感謝している。
このような形で店を終わらせることになってしまったが、商売の世界は厳しいから何が起きるかわからない。
だからこんな俺を許してほしい。
「もしルベントに雇われることを望むなら遠慮しなくていい。これからはみんながそれぞれの判断で生きてほしい。どうか幸せになってほしい」
「ルベントになんて雇われたくないですよ。それに雇われたところですぐに職を失うでしょうし」
「ははっ、違いない」
「誰があんな奴に雇われるかっつーの。頭を下げられてもゴメンだぜ」
みんなの反応がルベントの評価。
まあ…予想できていたが。
俺は将来性の無いウェーバー子爵領を捨てることを選んだ。
みんなには家族もいるだろうし、まさか全員を引きつれ他領に行くことはできない。
それぞれの人生があるのだから、どうか悔いの無い選択をしてほしい。
俺は…ミリエと一緒に新たな人生を歩むことを選んだ。
後悔を繰り返したくないから。
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