上 下
14 / 21

第14話

しおりを挟む
家から追い出された私が向かったのはドーリッツ商会。
今までお世話になったけど、もう取引することもなくなるだろう。
何よりもドーリッツ会頭が力になってくれると言ってくれたから。

でも今の私はウェーバー夫人ではなく、何の後ろ盾も無い平民。
商会に利益をもたらせるような立場ではなくなってしまった。

もし…今の私を受け入れてくれるのであれば……。

都合良く利用しようとする私は悪い女だ。
他に頼れる人もいないし、領地から出て行くだけでも一苦労。
ドーリッツ会頭に助けてもらえるなら他のどんな選択よりも良いものになるはず。
利用することに心を痛めようとも、私は生きなくてはならない。

* * * * * * * * * *

「いらっしゃいませ。ギャレー様のことは存じています」
「そうでしたか…。私の立場も変わってしまいましたし、説明とこれからのことを相談したいのですがよろしいですか?」
「はい、承ります」

ギャレー様のことを知っているのに私への丁寧な接し方は変わらない。
でも私はもう身分を失ったのだから偉そうに振る舞ったりはしない。

「どこから話しましょうか…。まず、私はもうウェーバー夫人では無くなりました。家からも追い出されましたし、領主様の命令で領地から出て行かなくてはならなくなりました。期日は定められていませんが、ご領主様の気まぐれでどうなるかわからないので、早めに出て行ったほうがいいでしょう」
「そうだったのですね」
「もう取引することも無いでしょうし、今まで無理難題を押し付けてしまって申し訳ありませんでした。ドーリッツ商会への感謝は忘れません」
「改まらなくていいですよ。あくまでも商人として取引をしただけですから。当商会の利益だって十分ありました」
「それなら気持ちが楽になります」

商売のことには詳しくないけど、ドーリッツ会頭が利益が十分にあったと言うのだからそうなのだろう。
一方的に迷惑をかける関係でなくて本当に良かった。

でも問題はこれから。
私が無理難題を頼まなくてはならない。
ドーリッツ会頭の優しさに付け込まなくてはならない。

「それとご相談なのですが…領地から出なくてはならないので、お力を貸してはいただけませんでしょうか?払えるような対価はないのですが…。もしよろしければ雇っていただければ薄給で構いませんので働いて返します」
「…少々考えさせてください」
「はい」

ドーリッツ会頭は考え込む。
どのような答えが出てくるのか、私は不安になりながらも静かに待った。
この後に告げられる言葉で私の人生は大きく変わるだろう。

「わかりました、雇いましょう。ついでに他領に商会を移転させます。それと一つ…いえ、二つほど条件があるのですが…」
「何でしょう?」

体を差し出せと要求するなら受け入れる覚悟がある。
そんな要求をするような人ではないと信じているけど。
一度結婚している私にそこまで価値があるとも思えないし。

「マーティンと呼んでください。それと、もっと砕けた口調で話してください。あと、ミリエと呼ばせてください」

まさかの条件に思わず笑ってしまった。
商会の利益なんて全く関係ないし、私が失うものは何も無い。
むしろ私の利益になるような条件。

「わかったわ、マーティン。でも条件は二つだけじゃなかったの?」
「おっと、失礼。ではそのお詫びで良い待遇で雇うことにするよ」

わざと自分の落ち度を作って私に負担をかけないようにしてくれる気遣いが嬉しい。
やはり…マーティンはそういった人だった。

これで領地から出て行くこともできるだろう。
私の未来に希望が抱けるようになった。
これも全部マーティンのおかげ。

「でもいいの?商会の移転なんて大変でしょう?」
「もうウェーバー子爵領から出て行きたくなったんだ。ちょうどいいきっかけだったよ。前から考えてはいたんだ。ミリエのことも決断のきっかけにはなったけど、早いか遅いかの違いだから気にしなくていいよ」
「そう言ってもらえると助かるわ」
「さて、移転の準備をしないといけないな。ミリエは泊まるところはある?無いなら宿代を出すよ。何日かかかるかもしれないけど宿代は気にしないで」

…ここまで甘えておきながら、今になって遠慮するのもおかしいと思う。
マーティンなりに考えてのことだろうから、素直に従ったほうがいいに決まっている。

「わかったわ。マーティンには感謝しているわ」
「ははっ、ミリエの力になると誓ったからね。気にしてくれてもいいよ?」
「ふふっ、それなら気にするわ」

こんなやり取りが楽しい。
これが私の手にしたかった現実。
できればもっと……。

ギャレー様への未練なんて微塵も存在していなかった。
死を悲しむような関係ではなかったもの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛人宅に入り浸る夫が帰ってきたと思ったら、とんでもないこと始めたんだけど

リオール
恋愛
侯爵令息テリーと伯爵令嬢エリスは永遠の愛を誓い合った。その愛は永遠に続くと二人は信じて── けれど三年後、二人の愛は既に終わっていた。テリーの浮気癖が原因で。 愛人宅に居座って戻らないテリーに、エリスはすっかり気持ちが冷めていた。 そんなある日、久々に帰宅したテリーがとんでもない提案をするのだった。 === 勢いで書いたご都合主義なお話です。細かい事はあまり気にしないでください。 あと主人公はやさぐれて口が悪いです。 あまり盛り上がりもなく終わります… ※全8話

【完結】私は駄目な姉なので、可愛い妹に全てあげることにします

リオール
恋愛
私には妹が一人いる。 みんなに可愛いとチヤホヤされる妹が。 それに対して私は顔も性格も地味。暗いと陰で笑われている駄目な姉だ。 妹はそんな私の物を、あれもこれもと欲しがってくる。 いいよ、私の物でいいのならあげる、全部あげる。 ──ついでにアレもあげるわね。 ===== ※ギャグはありません ※全6話

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

虐げられてる私のざまあ記録、ご覧になりますか?

リオール
恋愛
両親に虐げられ 姉に虐げられ 妹に虐げられ そして婚約者にも虐げられ 公爵家が次女、ミレナは何をされてもいつも微笑んでいた。 虐げられてるのに、ひたすら耐えて笑みを絶やさない。 それをいいことに、彼女に近しい者は彼女を虐げ続けていた。 けれど彼らは知らない、誰も知らない。 彼女の笑顔の裏に隠された、彼女が抱える闇を── そして今日も、彼女はひっそりと。 ざまあするのです。 そんな彼女の虐げざまあ記録……お読みになりますか? ===== シリアスダークかと思わせて、そうではありません。虐げシーンはダークですが、ざまあシーンは……まあハチャメチャです。軽いのから重いのまで、スッキリ(?)ざまあ。 細かいことはあまり気にせずお読み下さい。 多分ハッピーエンド。 多分主人公だけはハッピーエンド。 あとは……

婚約破棄は別にいいですけど、優秀な姉と無能な妹なんて噂、本気で信じてるんですか?

リオール
恋愛
侯爵家の執務を汗水流してこなしていた私──バルバラ。 だがある日突然、婚約者に婚約破棄を告げられ、父に次期当主は姉だと宣言され。出て行けと言われるのだった。 世間では姉が優秀、妹は駄目だと思われてるようですが、だから何? せいぜい束の間の贅沢を楽しめばいいです。 貴方達が遊んでる間に、私は──侯爵家、乗っ取らせていただきます! ===== いつもの勢いで書いた小説です。 前作とは逆に妹が主人公。優秀では無いけど努力する人。 妹、頑張ります! ※全41話完結。短編としておきながら読みの甘さが露呈…

【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」

リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」 「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」 「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」  リリア  リリア  リリア  何度も名前を呼ばれた。  何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。  何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。  血の繋がらない、義理の妹ミリス。  父も母も兄も弟も。  誰も彼もが彼女を愛した。  実の娘である、妹である私ではなく。  真っ赤な他人のミリスを。  そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。  何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。  そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。  だけど、もういい、と思うの。  どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。  どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?  そんなこと、許さない。私が許さない。  もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。  最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。 「お父様、お母様、兄弟にミリス」  みんなみんな 「死んでください」  どうぞ受け取ってくださいませ。 ※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします ※他サイトにも掲載してます

(完結)「君を愛することはない」と言われました。夫に失恋した私は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は貧乏男爵家の四女アロイーズ。容姿にも自信がなかった私は、貴族令嬢として生きるよりは仕事を持って生きようとした。看護婦養成所に行き、看護婦となり介護の勉強もし、大きな病院に勤めたのだ。 「貴族のくせにそんな仕事に就いて・・・・・・嘆かわしい」 「看護師なんて貴族令嬢のやることじゃないわよね」  社交界ではそんな評価で、両親も私を冷めた目で見ていた。だから、私は舞踏会や夜会に出ることはなかった。その夜会に出る為に着るドレスだって高価すぎて、私には分不相応なものだったから。  それでも私はこの仕事にプライドを持って、それなりに充実した暮らしをしていた。けれどお父様はそんな私に最近、お見合い話をいくつも持ってくる。 「お前は見栄えは良くないが、取り柄ができて良かったなぁ。実はマロン公爵家から結婚の申し込みがきている」 「公爵家からですか? なにかのお間違いでしょう?」 「いいや。マロン公爵の父上で後妻を希望なのだ」 「その方のお歳はいくつですか?」 「えっと。まぁ年齢は70歳ぐらいだが、まだ若々しい方だし・・・・・・」  私にくる結婚の釣書は、息子に爵位を譲った老貴族ばかりになった。無償で介護をするための嫁が欲しいだけなのは想像できる。なので私は一生、独身でいいと思っていた。  ところが、ドビュッシー伯爵家の麗しい次男クレマンス様から結婚を申し込まれて・・・・・・  看護婦養成所や介護師養成所などあります。看護婦はこの異世界では貴族令嬢がする仕事ではないと思われています。医学的にはある程度発達した異世界ですが、魔女や聖獣も存在します。青空独自のゆるふわ設定異世界。

融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。

音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。 格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。 正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。 だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。 「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。

処理中です...