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第10話
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ギャレー様は以前にも増して酒に溺れるようになった。
領主様の命令もあり、私が率先してお酒を勧めるようにした結果。
安物のお酒を混ぜ合わせて新しい銘柄のお酒だと伝えたらギャレー様は喜んで飲んでくれた。
組み合わせで何通りも作れたのでギャレー様もたくさん飲んでくれた。
ますます体調が悪くなっていったように思えたけど、ギャレー様が望んだことだし、ウェーバー子爵様の望んだことでもある。
私は命令に従って最善を尽くしただけ。
そのようなごまかしの日々を過ごし、やっとギャレー様が待ち望まれた連絡がもたらされたのだ。
商品の仕入れができたとドーリッツ商会から連絡を受け、私はすぐにドーリッツ商会へ向かった。
「お久しぶりです。珍しい酒を仕入れてきました。かなりの量ですよ」
「ご苦労様」
再会、そして久々に見たドーリッツ会頭の笑顔。
無事に戻ってきてくれたことが嬉しかった。
ウェーバー子爵領は賊も出て商人や旅人を襲うことがあると耳にしたし、いくら安全に気を使っても絶対はないから。
もし気遣うような言葉をかけたら、偶然誰かの耳に入って変な噂が立ってしまうかもしれない。
私は代官夫人としての立場に相応しい、偉そうな立場からの素っ気ない言葉を選ぶほかなかった。
お酒を確認したところ、数も種類も相当なものだった。
ドーリッツ会頭はかなりがんばってくれたのだと思う。
いくらギャレー様が望んだこととはいえ、私の想像を上回る働きだった。
これだけあればギャレー様も満足するだろう。
死ぬほど喜んでくれるかもしれない。
問題は支払いのほう。
「さすがにこれだけあると手持ちでは支払いできないわ。困ったわね」
「それなら後払いでいいですよ。不用品の処分の話は耳にしましたけど、当商会用はまだ処分されていないのでしょう?」
「ええ。そこまで見抜いていたのね。他の商人たちは何か言っていた?」
「安く買い叩けてギャレー様を小馬鹿にするような話もありました。ここだけの話ですよ?」
「わかっているわよ」
ギャレー様が商人たちにも侮られるなら好都合。
しかも安く買い叩いた実績があれば不当に利益を得たと判断されてもおかしくはない。
もし問題視されればウェーバー子爵様によってどんな処罰が与えられるかわからないのに。
やはり目先の利益しか見えていない商人たちだった。
何かあったときに私以外にも怒りの矛先が向かうなら好都合。
それだって欲深い商人たちの自業自得。
それと…ドーリッツ会頭はギャレー様が小馬鹿にされているように言ったけど、あの場で取り仕切った私のことだって馬鹿にされていてもおかしくはない。
私の出自だって知っているだろうし、ギャレー様と同じように私だって見下されているはず。
ドーリッツ会頭は私にはそういったことを伝えなかった。
私を悲しませたくなかったからだろう。
正直に伝えてくれても良かったけど、気遣いが嬉しかった。
やはりドーリッツ会頭は信用できるし、ドーリッツ商会も信用できる。
他の商人のことを知れば知るほどドーリッツ商会が信用できるという理由が増えていく。
ドーリッツ会頭個人を信用できる実績が増えていく。
……信用だけなのだろうか。
変に期待してしまわないよう、私は自分の考えを振り払う。
振り払おうとしても無駄だと思うけど、今の私では自分の気持ちに素直になってはいけない。
認める訳にはいかない。
「いつも本当に助かっているわ。ありがとう」
「これもミリエ様のためです。そう言っていただけると苦労が報われます」
「まあ、お上手なのね」
お互いに笑い合う。
本当に冗談なのかもしれないし、冗談めかした本心なのかもしれない。
こんな些細なことで笑い合える関係が羨ましい。
これが日常になるなら……。
「それにしてもギャレー様は大丈夫なのでしょうか?金銭面でもそうですし、最近は体調も優れないとお聞きします」
「…どちらも駄目かもしれないわね。困ったわね、どうしましょう」
「もしもの時はお力になりますよ」
私を助けてくれるということ?
…ドーリッツ会頭の目は真剣だった。
……でもギャレー様のもしもの時に助けてくれるという意味にも解釈できるし、あえて曖昧にして誰かの耳に入っても問題にならないように気を遣ったのかもしれない。
………期待してしまう私がいる。
「本当に?信じていいの?」
「はい、信じてください。ミリエ様の力になると誓います」
私と明言してくれた。
誓ってもくれた。
不思議と、その言葉が胸に入ってきた。
信じたいのではなく、信じられる。
嘘なんかではなく、本当のこと。
本気で私のために力になるという誓い。
「嬉しいわ。ありがとう」
「ちなみに社交辞令ではありませんから。万が一に備えて準備もしていますので」
「さすがね」
念を押すように社交辞令ではないと言われたけど、私はもうドーリッツ会頭のことを信じると決めたから。
私が信じたように、ドーリッツ会頭ももっと私を信じてほしい。
それに…万が一というのはどういったことを想定しているのだろう?
ギャレー様の破産か、体調不良に関係する何かか……。
それとも、もっと先を見据えているのか………。
私が離婚された場合なのかもしれない。
無いとは思うけど、最悪はウェーバー子爵様から処刑にされること。
考えてもわからないし、訊かないほうがいいと思えた。
下手に知ってしまうことで私が不自然な行動を取ってしまうかもしれない。
どういった準備をしているのか知らなくても、ドーリッツ会頭のことだからきっと大丈夫。
ドーリッツ会頭なら私では予測できないような先のことまで考えているのかもしれない。
そのような人が力になってくれると誓ってくれた。
これほど頼もしい人はいないし、私を大切にしてくれることが嬉しかった。
…………私はズルい。
領主様の命令もあり、私が率先してお酒を勧めるようにした結果。
安物のお酒を混ぜ合わせて新しい銘柄のお酒だと伝えたらギャレー様は喜んで飲んでくれた。
組み合わせで何通りも作れたのでギャレー様もたくさん飲んでくれた。
ますます体調が悪くなっていったように思えたけど、ギャレー様が望んだことだし、ウェーバー子爵様の望んだことでもある。
私は命令に従って最善を尽くしただけ。
そのようなごまかしの日々を過ごし、やっとギャレー様が待ち望まれた連絡がもたらされたのだ。
商品の仕入れができたとドーリッツ商会から連絡を受け、私はすぐにドーリッツ商会へ向かった。
「お久しぶりです。珍しい酒を仕入れてきました。かなりの量ですよ」
「ご苦労様」
再会、そして久々に見たドーリッツ会頭の笑顔。
無事に戻ってきてくれたことが嬉しかった。
ウェーバー子爵領は賊も出て商人や旅人を襲うことがあると耳にしたし、いくら安全に気を使っても絶対はないから。
もし気遣うような言葉をかけたら、偶然誰かの耳に入って変な噂が立ってしまうかもしれない。
私は代官夫人としての立場に相応しい、偉そうな立場からの素っ気ない言葉を選ぶほかなかった。
お酒を確認したところ、数も種類も相当なものだった。
ドーリッツ会頭はかなりがんばってくれたのだと思う。
いくらギャレー様が望んだこととはいえ、私の想像を上回る働きだった。
これだけあればギャレー様も満足するだろう。
死ぬほど喜んでくれるかもしれない。
問題は支払いのほう。
「さすがにこれだけあると手持ちでは支払いできないわ。困ったわね」
「それなら後払いでいいですよ。不用品の処分の話は耳にしましたけど、当商会用はまだ処分されていないのでしょう?」
「ええ。そこまで見抜いていたのね。他の商人たちは何か言っていた?」
「安く買い叩けてギャレー様を小馬鹿にするような話もありました。ここだけの話ですよ?」
「わかっているわよ」
ギャレー様が商人たちにも侮られるなら好都合。
しかも安く買い叩いた実績があれば不当に利益を得たと判断されてもおかしくはない。
もし問題視されればウェーバー子爵様によってどんな処罰が与えられるかわからないのに。
やはり目先の利益しか見えていない商人たちだった。
何かあったときに私以外にも怒りの矛先が向かうなら好都合。
それだって欲深い商人たちの自業自得。
それと…ドーリッツ会頭はギャレー様が小馬鹿にされているように言ったけど、あの場で取り仕切った私のことだって馬鹿にされていてもおかしくはない。
私の出自だって知っているだろうし、ギャレー様と同じように私だって見下されているはず。
ドーリッツ会頭は私にはそういったことを伝えなかった。
私を悲しませたくなかったからだろう。
正直に伝えてくれても良かったけど、気遣いが嬉しかった。
やはりドーリッツ会頭は信用できるし、ドーリッツ商会も信用できる。
他の商人のことを知れば知るほどドーリッツ商会が信用できるという理由が増えていく。
ドーリッツ会頭個人を信用できる実績が増えていく。
……信用だけなのだろうか。
変に期待してしまわないよう、私は自分の考えを振り払う。
振り払おうとしても無駄だと思うけど、今の私では自分の気持ちに素直になってはいけない。
認める訳にはいかない。
「いつも本当に助かっているわ。ありがとう」
「これもミリエ様のためです。そう言っていただけると苦労が報われます」
「まあ、お上手なのね」
お互いに笑い合う。
本当に冗談なのかもしれないし、冗談めかした本心なのかもしれない。
こんな些細なことで笑い合える関係が羨ましい。
これが日常になるなら……。
「それにしてもギャレー様は大丈夫なのでしょうか?金銭面でもそうですし、最近は体調も優れないとお聞きします」
「…どちらも駄目かもしれないわね。困ったわね、どうしましょう」
「もしもの時はお力になりますよ」
私を助けてくれるということ?
…ドーリッツ会頭の目は真剣だった。
……でもギャレー様のもしもの時に助けてくれるという意味にも解釈できるし、あえて曖昧にして誰かの耳に入っても問題にならないように気を遣ったのかもしれない。
………期待してしまう私がいる。
「本当に?信じていいの?」
「はい、信じてください。ミリエ様の力になると誓います」
私と明言してくれた。
誓ってもくれた。
不思議と、その言葉が胸に入ってきた。
信じたいのではなく、信じられる。
嘘なんかではなく、本当のこと。
本気で私のために力になるという誓い。
「嬉しいわ。ありがとう」
「ちなみに社交辞令ではありませんから。万が一に備えて準備もしていますので」
「さすがね」
念を押すように社交辞令ではないと言われたけど、私はもうドーリッツ会頭のことを信じると決めたから。
私が信じたように、ドーリッツ会頭ももっと私を信じてほしい。
それに…万が一というのはどういったことを想定しているのだろう?
ギャレー様の破産か、体調不良に関係する何かか……。
それとも、もっと先を見据えているのか………。
私が離婚された場合なのかもしれない。
無いとは思うけど、最悪はウェーバー子爵様から処刑にされること。
考えてもわからないし、訊かないほうがいいと思えた。
下手に知ってしまうことで私が不自然な行動を取ってしまうかもしれない。
どういった準備をしているのか知らなくても、ドーリッツ会頭のことだからきっと大丈夫。
ドーリッツ会頭なら私では予測できないような先のことまで考えているのかもしれない。
そのような人が力になってくれると誓ってくれた。
これほど頼もしい人はいないし、私を大切にしてくれることが嬉しかった。
…………私はズルい。
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