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第5話
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帰宅するなり、仕入れたばかりのお酒をギャレー様に提供した。
「ふむ、この酒はいいな。初めて飲んだが実に美味い」
「お気に召されたようで何よりです」
ドーリッツ商会が仕入れてくれたお酒はギャレー様も気に入った様子。
これで機嫌を取れたし、理不尽に責められたりはしないと思う。
上機嫌で飲み過ぎてくれればいい。
不摂生な生活で早く死んでくれればいい。
「最近はミリエも少しは妻としての自覚が出てきたようだな」
「恐縮です」
「やはり俺の優しさが甘やかすことになってしまっていたのか。優しさだけでは上手くいかないものだな」
「……そうですね」
何を寝ぼけたことを言っているのだろう。
優しくされたことなんてないし、甘やかされたこともない。
殴られないだけまだ優しいということなの?
上機嫌になったらなったで不愉快なことを言い出すし、ギャレー様には本当に幻滅している。
「それにしてもこれは良い酒だ。よく手に入れてくれた」
「ギャレー様に喜んでいただければ幸いです」
「この調子で他の酒も頼むぞ」
「はい」
ギャレー様に言われたし、より一層がんばって高いお酒を調達しなくてはならない。
そのためのお金は不要な財産を売り払えばいい。
でも持ち出せないような不用品は商人を呼んで査定してもらって運び出さなくてはならない。
ギャレー様がそんなことを許してくれるかわからないけど、上機嫌な今なら許されるかもしれない。
ドーリッツ商会以外の商人たちにも声をかけなくてはドーリッツ会頭が同業者から恨まれてしまうだろう。
それは避けたいし、やはりこのチャンスは逃せない。
「それで珍しいお酒は高価ですので…その……お金の工面が問題になります。ギャレー様の許可をいただければ商人を呼んで不要なものを処分して酒代を工面したいのですが…」
「いいぞ。好きにしろ」
「かしこまりました。ではさっそく手配します」
勇気を出して良かった。
ギャレー様はお酒のためなら判断を誤ってくれる。
でもギャレー様が認めたのだから私は悪くない。
ギャレー様の前から去ると一息つける。
やはりギャレー様は私にとって存在自体が悪だ。
こんな私を救い出してくれそうな人がいるとすれば……。
ドーリッツ会頭のことが思い浮かんだけど、今もかつてと同じような気持ちを抱いているのか自信が無い。
今だって忘れない、ドーリッツ会頭が私へ向けた情熱的な視線。
もしかしたら今の苦境が想い出を美化しているのかもしれないけど、たぶん情熱的な視線で間違いなかった。
まだギャレー様に見染められる前、店に通うようになったドーリッツ会頭が私目当てなのはわかっていた。
噂で知ったけど、ドーリッツ会頭は幼い頃に母親を亡くし、父親すらも数年前に亡くし、若くして商会を継いだという。
両親を亡くした境遇に同情した訳ではないけど、苦境でも諦めずに努力する姿を好ましく思ったのは事実。
商会を継いだのなら他の平民よりも経済力はあるだろうし、もし私が結婚するにしても好条件の相手だと思った。
ドーリッツ会頭だって私に気があるような眼差しを向けてきたのだから私との結婚を望んでいたのかもしれない。
それなのに行動を起こさなかったし、真面目なのも困ったものだと思っていた。
時間がかかるのかもしれないとも思ったし、そもそも私の思い込みの可能性もあり、私から積極的になることもなかった。
今になってドーリッツ会頭と会って言葉を交わすようになったけど、当時の気持ちが私の想像通りだったのか自信が持てない。
でもそうであってほしいと望んでしまう。
だって…もしドーリッツ会頭と結婚していたら違った今があったはずだから。
ギャレー様に見染められるなんて予想外もいいところだった。
私の立場では断ることなんてできるはずもなく、不本意ながら私はギャレー様の妻となったのだ。
ただ美人だと評判だから妻にされたようなもの。
愛があって結婚したのではなく、大切に扱われず、結婚して良かったと思えたことは一度も無かった。
後悔だけなら数えきれないほどしたけど。
ギャレー様の散財と酒癖の悪さから使用人たちは去り、新たに使用人を雇えるようなお金もない。
ギャレー様の性格は死んでも治らないと思う。
むしろ大好きなお酒のせいで死ぬことになるなら本望なのかもしれない。
だから私はギャレー様の幸せのために全力を尽くす。
お金がないなら借りてでもどうにかしてあげる。
どうせギャレー様の親はウェーバー子爵領の最高権力者なのだからギャレー様が返せなくてもどうにかなると思う。
返さなければウェーバー子爵様が信用を失い商人から相手にされなくなるだけだし。
私はウェーバー子爵様からギャレー様に黙って従うように言われたのだから、私に責任はない。
ギャレー様も親のウェーバー子爵様も同類。
仲良く破滅してくれればいいと思う。
「ふむ、この酒はいいな。初めて飲んだが実に美味い」
「お気に召されたようで何よりです」
ドーリッツ商会が仕入れてくれたお酒はギャレー様も気に入った様子。
これで機嫌を取れたし、理不尽に責められたりはしないと思う。
上機嫌で飲み過ぎてくれればいい。
不摂生な生活で早く死んでくれればいい。
「最近はミリエも少しは妻としての自覚が出てきたようだな」
「恐縮です」
「やはり俺の優しさが甘やかすことになってしまっていたのか。優しさだけでは上手くいかないものだな」
「……そうですね」
何を寝ぼけたことを言っているのだろう。
優しくされたことなんてないし、甘やかされたこともない。
殴られないだけまだ優しいということなの?
上機嫌になったらなったで不愉快なことを言い出すし、ギャレー様には本当に幻滅している。
「それにしてもこれは良い酒だ。よく手に入れてくれた」
「ギャレー様に喜んでいただければ幸いです」
「この調子で他の酒も頼むぞ」
「はい」
ギャレー様に言われたし、より一層がんばって高いお酒を調達しなくてはならない。
そのためのお金は不要な財産を売り払えばいい。
でも持ち出せないような不用品は商人を呼んで査定してもらって運び出さなくてはならない。
ギャレー様がそんなことを許してくれるかわからないけど、上機嫌な今なら許されるかもしれない。
ドーリッツ商会以外の商人たちにも声をかけなくてはドーリッツ会頭が同業者から恨まれてしまうだろう。
それは避けたいし、やはりこのチャンスは逃せない。
「それで珍しいお酒は高価ですので…その……お金の工面が問題になります。ギャレー様の許可をいただければ商人を呼んで不要なものを処分して酒代を工面したいのですが…」
「いいぞ。好きにしろ」
「かしこまりました。ではさっそく手配します」
勇気を出して良かった。
ギャレー様はお酒のためなら判断を誤ってくれる。
でもギャレー様が認めたのだから私は悪くない。
ギャレー様の前から去ると一息つける。
やはりギャレー様は私にとって存在自体が悪だ。
こんな私を救い出してくれそうな人がいるとすれば……。
ドーリッツ会頭のことが思い浮かんだけど、今もかつてと同じような気持ちを抱いているのか自信が無い。
今だって忘れない、ドーリッツ会頭が私へ向けた情熱的な視線。
もしかしたら今の苦境が想い出を美化しているのかもしれないけど、たぶん情熱的な視線で間違いなかった。
まだギャレー様に見染められる前、店に通うようになったドーリッツ会頭が私目当てなのはわかっていた。
噂で知ったけど、ドーリッツ会頭は幼い頃に母親を亡くし、父親すらも数年前に亡くし、若くして商会を継いだという。
両親を亡くした境遇に同情した訳ではないけど、苦境でも諦めずに努力する姿を好ましく思ったのは事実。
商会を継いだのなら他の平民よりも経済力はあるだろうし、もし私が結婚するにしても好条件の相手だと思った。
ドーリッツ会頭だって私に気があるような眼差しを向けてきたのだから私との結婚を望んでいたのかもしれない。
それなのに行動を起こさなかったし、真面目なのも困ったものだと思っていた。
時間がかかるのかもしれないとも思ったし、そもそも私の思い込みの可能性もあり、私から積極的になることもなかった。
今になってドーリッツ会頭と会って言葉を交わすようになったけど、当時の気持ちが私の想像通りだったのか自信が持てない。
でもそうであってほしいと望んでしまう。
だって…もしドーリッツ会頭と結婚していたら違った今があったはずだから。
ギャレー様に見染められるなんて予想外もいいところだった。
私の立場では断ることなんてできるはずもなく、不本意ながら私はギャレー様の妻となったのだ。
ただ美人だと評判だから妻にされたようなもの。
愛があって結婚したのではなく、大切に扱われず、結婚して良かったと思えたことは一度も無かった。
後悔だけなら数えきれないほどしたけど。
ギャレー様の散財と酒癖の悪さから使用人たちは去り、新たに使用人を雇えるようなお金もない。
ギャレー様の性格は死んでも治らないと思う。
むしろ大好きなお酒のせいで死ぬことになるなら本望なのかもしれない。
だから私はギャレー様の幸せのために全力を尽くす。
お金がないなら借りてでもどうにかしてあげる。
どうせギャレー様の親はウェーバー子爵領の最高権力者なのだからギャレー様が返せなくてもどうにかなると思う。
返さなければウェーバー子爵様が信用を失い商人から相手にされなくなるだけだし。
私はウェーバー子爵様からギャレー様に黙って従うように言われたのだから、私に責任はない。
ギャレー様も親のウェーバー子爵様も同類。
仲良く破滅してくれればいいと思う。
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