3 / 21
第3話
しおりを挟む
ミリエ様が退店し、一人になった俺の胸中を様々な想いが渦巻く。
かつて抱いていた想いがまだ燻っていたのかもしれない。
手の届かないところに行ってしまったミリエ様が、商人としての立場とはいえ俺を頼るとは…。
「まさかミリエ様がやってくるとは…。しかも相当に訳ありだな」
ミリエ様のことは、まだウェーバー様に見染められる前から知ってはいた。
街の外からやってきたらしく、庶民向けの食堂なのに美人の給仕がいると噂になり興味本位で見に行ったことがあった。
ひたむきに働くミリエ様は噂通りの美人で、俺は心を奪われてしまったのだ。
店が大繁盛だったので、きっと同じような男たちは多かったのだろう。
だが俺は積極的になれなかった。
軽い性格でもないし、客という立場を利用して親しくなろうとする行為はミリエ様の迷惑になると考えたからだ。
だからといってどうやって親しくなればいいのかもわからず、縮まらない距離にモヤモヤとした気持ちになった。
何かきっかけがあれば…と思いつつ、時間ばかりが過ぎてしまった。
それが良くなかった。
美人の給仕がいるという噂が代官のウェーバー様の耳にも届いたらしく、ある日ウェーバー様が店に訪れ、ミリエ様を見るなり妻にすると宣言したのだ。
ウェーバー様はウェーバー子爵様のご令息であり、街を治める代官でもある。
誰も逆らえない相手なのだから俺も諦めるしかなかった。
…また俺から奪うのか。
俺がドーリッツ商会を継いだのは父親が賊に襲われ命を落としたからだ。
治安維持は領主の務めであり、領内であれば街の外だってそれは変わらない。
他領との交易はドーリッツ商会の強みであり、危険が伴おうとも交易しない訳にはいかなかった。
領主の怠慢で父親を奪われ、惚れた女性は領主の息子に奪われた。
せめてミリエ様が幸せになっていればまだ許せたかもしれない。
だが食器を売り払ってまで金を工面し、しかもその金で酒を買うなんて馬鹿げている。
ミリエ様への扱いも酷いものだと噂されているが、それは事実なのだろう。
ウェーバー様は代官として相応しくないし、ミリエ様を幸せにできないようでは一人の男としても軽蔑に値する。
それを防げなかった俺も俺だが……。
「そうだ、これはチャンスだ」
ウェーバー様が経済的に困窮しているからミリエ様がどうにか金を工面しているのだろう。
もっと追い込めばウェーバー様も破産するかもしれないし、無能さを証明してしまえば罰を受けないはずがない。
ミリエ様がどうなるかわからないが、少なくとも現状よりも良い未来につながるかもしれない。
最悪離婚を告げ他領へ逃げてしまえばいい。
……ウェーバー子爵領に未来はないだろうし、俺がミリエ様と一緒に逃げるのもいいかもしれない。
ミリエ様が俺を頼ってくれるのであれば。
………これは何も色恋のために判断を誤ろうとしている訳ではない。
このままこの地で店を続けたところで将来性はない。
それならどういった将来になるかわからないとはいえ、万が一の可能性に今から備えておくのも悪くない。
「やるしかないよな」
俺は決めた。
商人たちを利用してウェーバー様を破滅に追い込む。
領主様が出てこようが商人たちを敵にすればウェーバー子爵領全体の問題になるかもしれない。
領地を優先させればウェーバー様への擁護は最低限になるだろう。
上手くいけばウェーバー様を追放することになるかもしれない。
そうなればミリエ様だって離婚できるだろう。
もし俺の意図通りに事が運ばなくとも俺だけでもやってやる。
これは親を失ったことへの復讐であり、惚れた女性を奪われた恨みを晴らすためでもある。
個人的な理由で十分だ。
だが……もしもだ。
もしもミリエ様が俺の気持ちを受け入れてくれるのであれば………。
「焦りは禁物だ」
今の俺は商人としての立場でミリエ様に協力する。
その裏でもしもの時に備えればいい。
今、俺の気持ちを押し付けたって困らせるだけだ。
かつて抱いていた想いがまだ燻っていたのかもしれない。
手の届かないところに行ってしまったミリエ様が、商人としての立場とはいえ俺を頼るとは…。
「まさかミリエ様がやってくるとは…。しかも相当に訳ありだな」
ミリエ様のことは、まだウェーバー様に見染められる前から知ってはいた。
街の外からやってきたらしく、庶民向けの食堂なのに美人の給仕がいると噂になり興味本位で見に行ったことがあった。
ひたむきに働くミリエ様は噂通りの美人で、俺は心を奪われてしまったのだ。
店が大繁盛だったので、きっと同じような男たちは多かったのだろう。
だが俺は積極的になれなかった。
軽い性格でもないし、客という立場を利用して親しくなろうとする行為はミリエ様の迷惑になると考えたからだ。
だからといってどうやって親しくなればいいのかもわからず、縮まらない距離にモヤモヤとした気持ちになった。
何かきっかけがあれば…と思いつつ、時間ばかりが過ぎてしまった。
それが良くなかった。
美人の給仕がいるという噂が代官のウェーバー様の耳にも届いたらしく、ある日ウェーバー様が店に訪れ、ミリエ様を見るなり妻にすると宣言したのだ。
ウェーバー様はウェーバー子爵様のご令息であり、街を治める代官でもある。
誰も逆らえない相手なのだから俺も諦めるしかなかった。
…また俺から奪うのか。
俺がドーリッツ商会を継いだのは父親が賊に襲われ命を落としたからだ。
治安維持は領主の務めであり、領内であれば街の外だってそれは変わらない。
他領との交易はドーリッツ商会の強みであり、危険が伴おうとも交易しない訳にはいかなかった。
領主の怠慢で父親を奪われ、惚れた女性は領主の息子に奪われた。
せめてミリエ様が幸せになっていればまだ許せたかもしれない。
だが食器を売り払ってまで金を工面し、しかもその金で酒を買うなんて馬鹿げている。
ミリエ様への扱いも酷いものだと噂されているが、それは事実なのだろう。
ウェーバー様は代官として相応しくないし、ミリエ様を幸せにできないようでは一人の男としても軽蔑に値する。
それを防げなかった俺も俺だが……。
「そうだ、これはチャンスだ」
ウェーバー様が経済的に困窮しているからミリエ様がどうにか金を工面しているのだろう。
もっと追い込めばウェーバー様も破産するかもしれないし、無能さを証明してしまえば罰を受けないはずがない。
ミリエ様がどうなるかわからないが、少なくとも現状よりも良い未来につながるかもしれない。
最悪離婚を告げ他領へ逃げてしまえばいい。
……ウェーバー子爵領に未来はないだろうし、俺がミリエ様と一緒に逃げるのもいいかもしれない。
ミリエ様が俺を頼ってくれるのであれば。
………これは何も色恋のために判断を誤ろうとしている訳ではない。
このままこの地で店を続けたところで将来性はない。
それならどういった将来になるかわからないとはいえ、万が一の可能性に今から備えておくのも悪くない。
「やるしかないよな」
俺は決めた。
商人たちを利用してウェーバー様を破滅に追い込む。
領主様が出てこようが商人たちを敵にすればウェーバー子爵領全体の問題になるかもしれない。
領地を優先させればウェーバー様への擁護は最低限になるだろう。
上手くいけばウェーバー様を追放することになるかもしれない。
そうなればミリエ様だって離婚できるだろう。
もし俺の意図通りに事が運ばなくとも俺だけでもやってやる。
これは親を失ったことへの復讐であり、惚れた女性を奪われた恨みを晴らすためでもある。
個人的な理由で十分だ。
だが……もしもだ。
もしもミリエ様が俺の気持ちを受け入れてくれるのであれば………。
「焦りは禁物だ」
今の俺は商人としての立場でミリエ様に協力する。
その裏でもしもの時に備えればいい。
今、俺の気持ちを押し付けたって困らせるだけだ。
38
お気に入りに追加
216
あなたにおすすめの小説
妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします
リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。
違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。
真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。
──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。
大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。
いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ!
淑女の時間は終わりました。
これからは──ブチギレタイムと致します!!
======
筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
何でもオッケーな心の広い方向けです。
虐げられてる私のざまあ記録、ご覧になりますか?
リオール
恋愛
両親に虐げられ
姉に虐げられ
妹に虐げられ
そして婚約者にも虐げられ
公爵家が次女、ミレナは何をされてもいつも微笑んでいた。
虐げられてるのに、ひたすら耐えて笑みを絶やさない。
それをいいことに、彼女に近しい者は彼女を虐げ続けていた。
けれど彼らは知らない、誰も知らない。
彼女の笑顔の裏に隠された、彼女が抱える闇を──
そして今日も、彼女はひっそりと。
ざまあするのです。
そんな彼女の虐げざまあ記録……お読みになりますか?
=====
シリアスダークかと思わせて、そうではありません。虐げシーンはダークですが、ざまあシーンは……まあハチャメチャです。軽いのから重いのまで、スッキリ(?)ざまあ。
細かいことはあまり気にせずお読み下さい。
多分ハッピーエンド。
多分主人公だけはハッピーエンド。
あとは……
婚約破棄は別にいいですけど、優秀な姉と無能な妹なんて噂、本気で信じてるんですか?
リオール
恋愛
侯爵家の執務を汗水流してこなしていた私──バルバラ。
だがある日突然、婚約者に婚約破棄を告げられ、父に次期当主は姉だと宣言され。出て行けと言われるのだった。
世間では姉が優秀、妹は駄目だと思われてるようですが、だから何?
せいぜい束の間の贅沢を楽しめばいいです。
貴方達が遊んでる間に、私は──侯爵家、乗っ取らせていただきます!
=====
いつもの勢いで書いた小説です。
前作とは逆に妹が主人公。優秀では無いけど努力する人。
妹、頑張ります!
※全41話完結。短編としておきながら読みの甘さが露呈…
【完結】私は駄目な姉なので、可愛い妹に全てあげることにします
リオール
恋愛
私には妹が一人いる。
みんなに可愛いとチヤホヤされる妹が。
それに対して私は顔も性格も地味。暗いと陰で笑われている駄目な姉だ。
妹はそんな私の物を、あれもこれもと欲しがってくる。
いいよ、私の物でいいのならあげる、全部あげる。
──ついでにアレもあげるわね。
=====
※ギャグはありません
※全6話
婚約者とその浮気相手の令嬢がウザイのでキレることにしました
リオール
恋愛
婚約者が浮気相手と共謀して、私を悪者にして婚約破棄を宣言してきました。
そうですか!いいですよ!
婚約破棄、お受けします。
別に悲しくないですって!
だから!婚約破棄でいいってば!
せっかくの申し出を喜んで受けたというのに何だか納得しない二人。
え、残念がらなくちゃいけないの?嫌だと駄々こねなくちゃスッキリしない?
そんなの知るか!
二人とも
いい加減にしないと
「キレますよ?」
※あまり深く考えないでお読み下さい。「ここおかしいよ?」なんてツッコミ入れたら負けです(何に)
※上品な令嬢をお求めの方は回れ右でお願いします。何でも受け入れられる心の広い方向けのお話です
【完結】愛人宅に入り浸る夫が帰ってきたと思ったら、とんでもないこと始めたんだけど
リオール
恋愛
侯爵令息テリーと伯爵令嬢エリスは永遠の愛を誓い合った。その愛は永遠に続くと二人は信じて──
けれど三年後、二人の愛は既に終わっていた。テリーの浮気癖が原因で。
愛人宅に居座って戻らないテリーに、エリスはすっかり気持ちが冷めていた。
そんなある日、久々に帰宅したテリーがとんでもない提案をするのだった。
===
勢いで書いたご都合主義なお話です。細かい事はあまり気にしないでください。
あと主人公はやさぐれて口が悪いです。
あまり盛り上がりもなく終わります…
※全8話
【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」
リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」
「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」
「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」
リリア
リリア
リリア
何度も名前を呼ばれた。
何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。
何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。
血の繋がらない、義理の妹ミリス。
父も母も兄も弟も。
誰も彼もが彼女を愛した。
実の娘である、妹である私ではなく。
真っ赤な他人のミリスを。
そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。
何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。
そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。
だけど、もういい、と思うの。
どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。
どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?
そんなこと、許さない。私が許さない。
もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。
最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。
「お父様、お母様、兄弟にミリス」
みんなみんな
「死んでください」
どうぞ受け取ってくださいませ。
※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします
※他サイトにも掲載してます
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる