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第3話

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ミリエ様が退店し、一人になった俺の胸中を様々な想いが渦巻く。
かつて抱いていた想いがまだ燻っていたのかもしれない。
手の届かないところに行ってしまったミリエ様が、商人としての立場とはいえ俺を頼るとは…。

「まさかミリエ様がやってくるとは…。しかも相当に訳ありだな」

ミリエ様のことは、まだウェーバー様に見染められる前から知ってはいた。
街の外からやってきたらしく、庶民向けの食堂なのに美人の給仕がいると噂になり興味本位で見に行ったことがあった。
ひたむきに働くミリエ様は噂通りの美人で、俺は心を奪われてしまったのだ。
店が大繁盛だったので、きっと同じような男たちは多かったのだろう。

だが俺は積極的になれなかった。
軽い性格でもないし、客という立場を利用して親しくなろうとする行為はミリエ様の迷惑になると考えたからだ。
だからといってどうやって親しくなればいいのかもわからず、縮まらない距離にモヤモヤとした気持ちになった。
何かきっかけがあれば…と思いつつ、時間ばかりが過ぎてしまった。
それが良くなかった。

美人の給仕がいるという噂が代官のウェーバー様の耳にも届いたらしく、ある日ウェーバー様が店に訪れ、ミリエ様を見るなり妻にすると宣言したのだ。
ウェーバー様はウェーバー子爵様のご令息であり、街を治める代官でもある。
誰も逆らえない相手なのだから俺も諦めるしかなかった。

…また俺から奪うのか。

俺がドーリッツ商会を継いだのは父親が賊に襲われ命を落としたからだ。
治安維持は領主の務めであり、領内であれば街の外だってそれは変わらない。
他領との交易はドーリッツ商会の強みであり、危険が伴おうとも交易しない訳にはいかなかった。
領主の怠慢で父親を奪われ、惚れた女性は領主の息子に奪われた。

せめてミリエ様が幸せになっていればまだ許せたかもしれない。
だが食器を売り払ってまで金を工面し、しかもその金で酒を買うなんて馬鹿げている。
ミリエ様への扱いも酷いものだと噂されているが、それは事実なのだろう。

ウェーバー様は代官として相応しくないし、ミリエ様を幸せにできないようでは一人の男としても軽蔑に値する。
それを防げなかった俺も俺だが……。

「そうだ、これはチャンスだ」

ウェーバー様が経済的に困窮しているからミリエ様がどうにか金を工面しているのだろう。
もっと追い込めばウェーバー様も破産するかもしれないし、無能さを証明してしまえば罰を受けないはずがない。

ミリエ様がどうなるかわからないが、少なくとも現状よりも良い未来につながるかもしれない。
最悪離婚を告げ他領へ逃げてしまえばいい。
……ウェーバー子爵領に未来はないだろうし、俺がミリエ様と一緒に逃げるのもいいかもしれない。
ミリエ様が俺を頼ってくれるのであれば。

………これは何も色恋のために判断を誤ろうとしている訳ではない。
このままこの地で店を続けたところで将来性はない。
それならどういった将来になるかわからないとはいえ、万が一の可能性に今から備えておくのも悪くない。

「やるしかないよな」

俺は決めた。
商人たちを利用してウェーバー様を破滅に追い込む。
領主様が出てこようが商人たちを敵にすればウェーバー子爵領全体の問題になるかもしれない。
領地を優先させればウェーバー様への擁護は最低限になるだろう。
上手くいけばウェーバー様を追放することになるかもしれない。
そうなればミリエ様だって離婚できるだろう。

もし俺の意図通りに事が運ばなくとも俺だけでもやってやる。

これは親を失ったことへの復讐であり、惚れた女性を奪われた恨みを晴らすためでもある。
個人的な理由で十分だ。

だが……もしもだ。
もしもミリエ様が俺の気持ちを受け入れてくれるのであれば………。

「焦りは禁物だ」

今の俺は商人としての立場でミリエ様に協力する。
その裏でもしもの時に備えればいい。
今、俺の気持ちを押し付けたって困らせるだけだ。
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