私は悪くありません。黙って従うように言われたのですから。

田太 優

文字の大きさ
上 下
2 / 21

第2話

しおりを挟む
「売れる物は売ってでもお金を用意しないとね」

ギャレー様の散財の結果、家には無駄な物が多く存在している。
価値がなさそうな絵画なんかは売れるとは思えないけど、余るほど存在している食器なんかは換金しやすそう。
もちろん意味不明な絵皿ではなく、ギャレー様の趣味とは全然違う上品な銀製の食器に限るけど。
ギャレー様がどうにかしろと言ったのだから許可を得たようなものだし、いくらになるかはわからないけど、とにかく売るしかない。

とはいえギャレー様に気付かれると文句を言われるに決まっている。
どうにかしろと言ったことだって覚えていないとか言い訳して私を責めるに決まっているもの。
だから気付かれないよう、私でも持ち出せるものにしないといけない。
一度に持ち出せる量なんて限られているし、何度も売りに行くことになりそう。
そうなると人目につくし、ギャレー様の悪評が一つ増えてしまうかも。
今になって悪評が増えたところで大きな違いは無いと思うけど。

「買ったのに使わないなんて、本当に無駄よね…」

目当ての銀製の食器は比較的簡単に見つけられた。
盛大にパーティーを開いても余るくらい大量に存在している。
しかも未使用の新品。
どうせ来客すらほとんどないのだから、最低限使うかもしれない分を残して処分しても問題ないはず。
これだけあれば当面は換金に困らないだろう。

「問題は売れなさそうなものよね……」

主張が強すぎて合わせられる料理なんてなさそうな絵皿。
買い取り拒否されるかもしれないけど、僅かでもいいからお金になればいい。
まさか絵画よりも利用価値はあるだろうし…。

方針は決まったので売れそうな食器をバッグに入れ、ギャレー様に見つからないよう、こっそりと家を出た。

* * * * * * * * * *

私が向かったのは街の中では高級品を扱う雑貨商のドーリッツ商会。
他領との交易も行っているから買い取ったものを売るルートがあるかもしれないし、珍しいお酒だって手に入れられるかもしれない。
庶民向けの店だと貴族向けの食器の買い取りをお願いしたところで困るかもしれないし。

それにドーリッツ会頭のことを全然知らない訳でもない。
かつて食堂で働いていた時に何度も店に通っていた人だ。
個人的な会話なんてしたことがなかったけど、私に好意を抱いていたはず。
良さそうな人だったし、悪い噂も聞いたことがない。
むしろ若くしてドーリッツ商会を継ぐことになった苦労人でもあるし、ドーリッツ商会が今も問題なく存続できているのだからドーリッツ会頭は能力もあるということ。
もしギャレー様に見染められていなければドーリッツ会頭と結婚していた可能性だってあったかもしれない。

私は代官様の夫人なんて立場は不釣り合い。
かといって貧しさに苦労する日々も嫌。
暮らしに苦労することがなく尊敬できる人と結婚できたなら、私も幸せに過ごせていたかもしれない。

そんなことを考えていたらドーリッツ商会に着いてしまった。

「いらっしゃ……、失礼しました。ようこそお出で下さいました、ウェーバー夫人」
「かしこまらなくていいわよ、立派なのは立場だけ。私はよそ者だし孤児だったのも知っているでしょう?」
「申し訳ありません、他の人の目がどこにあるかわかりませんし、万が一ウェーバー様の知るところになると当商会もどうなるかわかりませんので…。申し訳ありません」

実態はともかく、他人から見れば私はギャレー様の妻、ウェーバー夫人という立場。
私としてはもっと庶民的な対応をしてほしかったけど、間違っていたのは私のほうだった。
知らない間柄ではないけど、ドーリッツ会頭も商売なのだから他人行儀な態度も仕方ないと思う。

ギャレー様の妻という立場が邪魔になっている。
気楽だった昔が懐かしく思える。
それに…ドーリッツ会頭はかつて私に向けてくれた好意の眼差しを今はもう失っている。
……さすがに代官様の妻になってしまった私に好意の眼差しを向けるはずないわね。

「配慮が足りなかったのは私のほうだったわ。無理なことを言ってごめんなさい」
「恐縮です。ご挨拶が遅れました、会頭のマーティン・ドーリッツと申します。どのようなご用件でしょうか?」

そうだった。
正式に名乗られたことが無かったのでマーティンという名前を失念していた。
ドーリッツ会頭は自分の名を名乗るほど積極的ではなかったけど、もし積極的だったとしてもギャレー様によって私たちが結ばれることはなかっただろう。

そんなもしもの可能性を考えるのは後回しにして、今は用件を済ませないと。

「食器の買い取りをお願いしたいの。それと珍しいお酒が手に入るのか知りたいの」
「買い取りは物を確認してからになります。珍しいお酒は取り寄せないと難しいでしょう。ですが可能です」
「そうなの。では食器の買い取りからお願いするわ」

こうして皿は無事に買い取ってもらえた。
そのお金だってお酒の代金で消えてしまうけど…。

とりあえずドーリッツ商会にあったお酒を買い、また買い取ってもらうことを約束し、珍しいお酒の取り寄せもお願いした。
まだ売る物はあるけど、こんなことをしていても長続きするはずがない。

破産で終わるか、離婚で終わるか、それとも…。

私はギャレー様が望むよう、好きにお酒を飲ませてあげる。
それがギャレー様の望みであり、私の希望なのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私は駄目な姉なので、可愛い妹に全てあげることにします

リオール
恋愛
私には妹が一人いる。 みんなに可愛いとチヤホヤされる妹が。 それに対して私は顔も性格も地味。暗いと陰で笑われている駄目な姉だ。 妹はそんな私の物を、あれもこれもと欲しがってくる。 いいよ、私の物でいいのならあげる、全部あげる。 ──ついでにアレもあげるわね。 ===== ※ギャグはありません ※全6話

【全4話】私の婚約者を欲しいと妹が言ってきた。私は醜いから相応しくないんだそうです

リオール
恋愛
私の婚約者を欲しいと妹が言ってきた。 私は醜いから相応しくないんだそうです。 お姉様は醜いから全て私が貰うわね。 そう言って妹は── ※全4話 あっさりスッキリ短いです

【3話完結】新年だからなんだと興味なさげに言うあなたに、私はただ願うのです

リオール
恋愛
どうか、願いが叶いますように── ======= 謹賀新年 今年もどうぞ宜しくお願い致します

虐げられてる私のざまあ記録、ご覧になりますか?

リオール
恋愛
両親に虐げられ 姉に虐げられ 妹に虐げられ そして婚約者にも虐げられ 公爵家が次女、ミレナは何をされてもいつも微笑んでいた。 虐げられてるのに、ひたすら耐えて笑みを絶やさない。 それをいいことに、彼女に近しい者は彼女を虐げ続けていた。 けれど彼らは知らない、誰も知らない。 彼女の笑顔の裏に隠された、彼女が抱える闇を── そして今日も、彼女はひっそりと。 ざまあするのです。 そんな彼女の虐げざまあ記録……お読みになりますか? ===== シリアスダークかと思わせて、そうではありません。虐げシーンはダークですが、ざまあシーンは……まあハチャメチャです。軽いのから重いのまで、スッキリ(?)ざまあ。 細かいことはあまり気にせずお読み下さい。 多分ハッピーエンド。 多分主人公だけはハッピーエンド。 あとは……

婚約破棄は別にいいですけど、優秀な姉と無能な妹なんて噂、本気で信じてるんですか?

リオール
恋愛
侯爵家の執務を汗水流してこなしていた私──バルバラ。 だがある日突然、婚約者に婚約破棄を告げられ、父に次期当主は姉だと宣言され。出て行けと言われるのだった。 世間では姉が優秀、妹は駄目だと思われてるようですが、だから何? せいぜい束の間の贅沢を楽しめばいいです。 貴方達が遊んでる間に、私は──侯爵家、乗っ取らせていただきます! ===== いつもの勢いで書いた小説です。 前作とは逆に妹が主人公。優秀では無いけど努力する人。 妹、頑張ります! ※全41話完結。短編としておきながら読みの甘さが露呈…

【完結】こんな所で言う事!?まぁいいですけどね。私はあなたに気持ちはありませんもの。

まりぃべる
恋愛
私はアイリーン=トゥブァルクと申します。お父様は辺境伯爵を賜っておりますわ。 私には、14歳の時に決められた、婚約者がおりますの。 お相手は、ガブリエル=ドミニク伯爵令息。彼も同じ歳ですわ。 けれど、彼に言われましたの。 「泥臭いお前とはこれ以上一緒に居たくない。婚約破棄だ!俺は、伯爵令息だぞ!ソニア男爵令嬢と結婚する!」 そうですか。男に二言はありませんね? 読んでいただけたら嬉しいです。

【完結】私に可愛げが無くなったから、離縁して使用人として雇いたい? 王妃修行で自立した私は離縁だけさせてもらいます。

西東友一
恋愛
私も始めは世間知らずの無垢な少女でした。 それをレオナード王子は可愛いと言って大層可愛がってくださいました。 大した家柄でもない貴族の私を娶っていただいた時には天にも昇る想いでした。 だから、貴方様をお慕いしていた私は王妃としてこの国をよくしようと礼儀作法から始まり、国政に関わることまで勉強し、全てを把握するよう努めてまいりました。それも、貴方様と私の未来のため。 ・・・なのに。 貴方様は、愛人と床を一緒にするようになりました。 貴方様に理由を聞いたら、「可愛げが無くなったのが悪い」ですって? 愛がない結婚生活などいりませんので、離縁させていただきます。 そう、申し上げたら貴方様は―――

【完結】『お姉様に似合うから譲るわ。』そう言う妹は、私に婚約者まで譲ってくれました。

まりぃべる
恋愛
妹は、私にいつもいろいろな物を譲ってくれる。 私に絶対似合うから、と言って。 …て、え?婚約者まで!? いいのかしら。このままいくと私があの美丈夫と言われている方と結婚となってしまいますよ。 私がその方と結婚するとしたら、妹は無事に誰かと結婚出来るのかしら? ☆★ ごくごく普通の、お話です☆ まりぃべるの世界観ですので、理解して読んで頂けると幸いです。 ☆★☆★ 全21話です。 出来上がっておりますので、随時更新していきます。

処理中です...