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第1話

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「ねえ、ミレイ。ちょっといいかしら?言い難いことだけど……」

友人たちと談笑していると、あまり親しくない令嬢がやってきて声をかけられた。
言い難いというなら他の人の耳には入れないほうがいい。

「場所を変えましょう。みんな、少し失礼するわね」

断りを入れてから人の少ない場所まで移動する。

「わざわざ手間を取らせてしまってごめんなさい。でも、ミレイに確認したほうがいいかなと思って」
「そこまで言われたら気になるわ。それでどうしたの?」
「これは噂で聞いただけだから。ミレイが浮気してるって噂があると私の婚約者から聞いたの」
「そうだったの」

私にはデリック様という婚約者がいるし、間違っても私は浮気なんてしていないし、浮気を疑われるようなこともしていない。
とはいえ事実無根の噂であっても不愉快なものだった。

「もちろんそんなのは事実無根よ。そんな噂があるなんて知らなかったわ。教えてくれてありがとう」
「一応耳に入れておいたほうがいいかなと思って。婚約者がいない誰かの僻みなのかもね」
「そうね」

貴族学園に通う理由の一つに婚約者探しというものがある。
特に今は王子であるラセルベール殿下も通われているので殿下狙いの令嬢も多くいる。
ラセルベール殿下は当面の間婚約者を選ばないと明言しているので、しばらくは令嬢たちの水面下での争いが続くと思われる。

私は男爵家の令嬢だから万に一つもラセルベール殿下の婚約者に選ばれることはないだろう。
そういった理由からデリック・クレメンという子爵家の令息と婚約したのだ。
男爵家の令嬢の婚約者が子爵家の令息であれば十分すぎるほどの良い相手だ。
それにクレメン子爵家とは領地が近く、婚姻により縁を強めて損はない。
ただし当事者の気持ちをそれほど考慮したものではないけど。

「もしかしたら男性たちの間で広まっている噂なのかもしれないわね」
「そうね、そう考えたほうが良さそうね」

となるとデリック様も噂を知っているのかもしれない。
そんな噂を私に教えたところで私が不愉快になるだけだろうし、噂なんて新しい噂が広まれば古いものなんてすぐに忘れさられてしまうし、あえて何も言わなかったのかもしれない。
それがデリック様の優しさなのだと思う。

令嬢も詳しく知っている訳ではないので、それ以上特に有益と思える情報も得られず、感謝の意を伝え別れた。

* * * * * * * * * *

私がすべきことはデリック様に訊いてみること。
もしかしたら既に犯人捜しを始めているかもしれないし、私が勝手に動くと邪魔をしてしまうかもしれない。
デリック様が知らなければ犯人捜しをするかどうかも決めないといけない。
婚約者である私の不名誉な噂はデリック様の名誉を傷つけることにもなるのだから。

「嫉妬、ねぇ……」

私が言うのもどうかと思うけど、デリック様は悪くはないけど特に良いとも思えない人だ。
家柄もだけど、本人の能力だって平凡そのもの。
私だって誇れるようなものなんてないので、自分との釣り合いが取れている相手だと思う。
ちょっと悲しいけどね。
デリック様は私との婚約を破棄させてまで奪いたいと思うような人ではないし、そのように考える女性がいるとも思えない。

それなら、ただ単純に関係を壊そうとして浮気なんて噂を広めたのかもしれない。
そうだとすると悪意しか感じられないわね。
ただ、噂を広めた犯人が上位貴族だとすると泣き寝入りするしかないのは頭が痛いけど…。
だって私は男爵家の令嬢でしかないし、デリック様だって子爵家の令息でしかない。
貴族とはいえ弱い立場だもの。

いずれにせよ噂の出どころを調べたほうがいい。
そのためにもデリック様と足並みを揃えないと。
まずはデリック様に噂を知っているか訊いてみないと。
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