愛することはないと言われて始まったのですから、どうか最後まで愛さないままでいてください。

田太 優

文字の大きさ
上 下
1 / 10

第1話

しおりを挟む
「セレステア、婚約が決まった。相手はバリート伯爵家の嫡男、ライール殿だ」

お父様が告げた相手の名を聞いて、悪くない相手だと思った。
スペクトラ子爵家としてはバリート伯爵家との婚姻で得られるメリットは多く、よくこのような相手との婚約を成立させたものだと関心してしまった。

「立派な相手ですね。私も気に入っていただけるよう、尽力します」
「うむ、頼んだぞ」

せっかくのチャンスをふいにすることは許されない。
ライール様がどのような人なのかはわからないけど、誠心誠意尽くせば私のことを気に入って愛してくれるはず。

「それにしても会わずに決めてしまってよろしかったのでしょうか?」
「それがだな、ライール殿のほうから婚約を受け入れると言われたのだ。もちろん一度会ってから決めても問題ないことは伝えた。それでも考えを変えることはなかったということだ。セレステアのことを知っていたのかもしれないな」
「私はライール様との面識はありませんけど…噂等で知っていた可能性はありますね」

とはいえ本人に会わずに決めてしまうのはリスクが高いと思う。
勝手に期待させて会ってみたら期待外れで幻滅されてしまったら悲劇でしかない。

先ほどまでは喜んでいたはずなのに、急に不安になってしまった。
今になって婚約をなかったことにはできないだろうし、杞憂に終わることを願うしかない。

「そのことも含めて本人に訊くしかないだろう。直接訊かずとも話をしてみれば納得できる理由を知ることができるかもしれない。まずは会ってみることだな」
「そうですね。気にしてもどうにもなりませんし。それで近々会うことはできるのでしょうか?」
「ああ、セレステアとライール殿だけで会う予定はある。それで都合だが――」

私の都合は問題なく、お父様からバリート伯爵家へと伝えることになった。
私は不安と期待が入り混じりつつ、ライール様と会う日を待った。

* * * * * * * * * *

そしてやってきたライール様と初めて会う日。
私は約束の場へと向かった。

約束の場では既にライール様が待っていた。
待たせてしまったのは私の失態。
こんなことで印象を悪くしてしまうのは良くないけど、謝罪で挽回するしかない。

「遅くなってしまい申し訳ありません。お初にお目にかかります。スペクトラ子爵家のセレステアと申します」
「遅刻は別に問題ではない。気にするな。バリート伯爵家のライールだ」

偉そうだし冷たい口ぶりだし、ライール様はきっと内心怒っているのだろう。
非は私にあるのだから受け入れるしかない。
せっかくの婚約を、こんなことで台無しにする訳にはいかないのだから。

「最初に言っておく。俺はお前を愛するつもりはない。だが婚約を解消する意思もない。せいぜい問題を起こすなよ」
「えっ……」

怒りだけでそのようなことを言うとは思えなかった。
ライール様の言葉が本心からなら、最初から私を愛するつもりはなく、何らかの理由があって婚約したことになる。
ここからどうやって信用を勝ち取り愛されるようにすればいいというの?

「理解できなかったか?ならばもう一度言ってやろう。お前を愛することはない。期待するな。余計なこともするな。わかったか?」
「……………はい」

ライール様の理由はわからないけど、きっと何かを訊いたところで不興を買うだけだろう。
この場で怒らせてしまえば婚約自体なかったことになってしまうかもしれない。
それはスペクトラ子爵家のためにはならず、むしろライール様の怒りを買った分だけスペクトラ子爵家にとって不利益な結果になってしまうかもしれない。

どうすればいいのか私にはわからなかった。
まるで自分ではない誰かが返事をしたかのようだった。

「以上だ。用は済んだから帰る」
「はい」

ライール様は踵を返し、私のことを気にする様子も無く去っていった。
私は呆然と見送った。

このような始まりの婚約が上手くいくとは思えなかった。
どうすればいいのかもわからず、私は立ち尽くしてしまった。

一つだけ理解したことは、ライール様は私を愛することはないということだけ。

私が努力しようと覆すことはできなさそう。

「お父様に相談しないと……」

もう私だけの問題ではない。
これはスペクトラ子爵家の未来にも関係してくる問題。
私は急いで帰宅した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。 レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。 アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。 ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。 そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。 上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。 「売女め、婚約は破棄させてもらう!」

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

【完結】初恋の人も婚約者も妹に奪われました

紫崎 藍華
恋愛
ジュリアナは婚約者のマーキースから妹のマリアンことが好きだと打ち明けられた。 幼い頃、初恋の相手を妹に奪われ、そして今、婚約者まで奪われたのだ。 ジュリアナはマーキースからの婚約破棄を受け入れた。 奪うほうも奪われるほうも幸せになれるはずがないと考えれば未練なんてあるはずもなかった。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

結婚なんてしなければよかった。

haruno
恋愛
夫が選んだのは私ではない女性。 蔑ろにされたことを抗議するも、夫から返ってきたのは冷たい言葉。 結婚なんてしなければよかった。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

処理中です...