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第1話
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私にとって楽しいひととき。
それはレイナード様との談笑をしている時間。
学園に通う貴族の子女たちは仲がいいけど、レイナード様とは長い付き合いなので特に仲がいい。
「さすがレイナード様です」
「ははは、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
レイナード様はロッドワード公爵家のご令息。
立派なのは家柄だけではなく、気さくでありながらも優れた知性を感じさせる会話ができる相手。
だから私も本心からの賞賛を送ってしまう。
掛け値なしの評価なのだから当然だと思うし、それで調子に乗るようなレイナード様でもない。
「アイラ嬢も褒め方が上手いよね。嬉しいからこれからも褒められるよう努力したくなってしまうよ」
「もったいないお言葉、ありがとうございます。でもそれが正直な私の気持ちですから」
このように気安い会話ができるのも、我がイクセル侯爵家がロッドワード公爵家と仲が良いからだろう。
そのこともありレイナード様のことは昔から知っている。
当時も憧れだったけど、今もまだ憧れる。
昔は年齢に似合わず理知的な少年だったけど、成長するにつれ男性らしさも増してきたし、大人の魅力も感じさせるようになってきた。
これからもますます魅力的になるであろうレイナード様が私の婚約者だったら、どれだけ嬉しいだろうか。
………私の婚約者のことを考えるだけで気が重くなる。
「どうかしたかい?悩み事?」
「…いえ、ちょっと別のことを考えていました。すみません」
「いや、いいよ。そういった時もあるからね」
小さなミスを責めるようなレイナード様ではない。
でも本当のことを言ってしまったら、この楽しいひとときすらも失ってしまうかもしれない。
望んでも手に入らないものだと理解しているから、今はこの楽しさを存分に味わいたい。
そうでないと悲しい現実に負けてしまいそうだから…。
「…僕はアイラ嬢に笑顔でいてほしいよ」
「努力します」
「無理に努力はしなくてもいいよ?」
「努力なんかしなくても笑顔になれますよ?」
「ははは」
「ふふっ」
まるで婚約者同士みたいな会話かもしれないけど、私たちには昔からの長い時間という積み重ねがある。
この学園に通う他の誰よりも私とレイナード様が共有した時間は長いのだから。
そこに割り込んでくる邪魔者。
「随分と楽しそうだな」
「パーシー様……」
楽しい時間を台無しにしてくれたのが私の婚約者であるパーシー様。
自分勝手だし私を見下すけど、どうしてか婚約者になってしまったのだ。
お父様は政治的な理由と言って申し訳ないとも言ってくれたから、お父様にとっても望んだ婚約ではなかったのだろう。
でも貴族の婚約なんてそういうものだと理解している。
パーシー様はピーケット伯爵家の嫡男なので、将来的に私が嫁げば私はピーケット伯爵夫人になってしまう。
伯爵夫人という立場は悪くないように思えるかもしれないけど、あのパーシー様だと悪いものにしか思えない。
望まない相手との婚約なのであれば、公爵家とはいわないけど、せめて侯爵家の相手と婚約したかった。
それが叶わなくても、もう少し人間として尊敬できる部分のある人と婚約したかった。
「俺という婚約者がいるのに堂々と浮気か?」
「そんなことはありません。私はただレイナード様と談笑していただけです。浮気なんてレイナード様にも失礼ですよ」
「誤解させてしまったなら謝罪する。だが僕はやましいことはない。アイラ嬢とはただ話をしていただけだ」
「浮気した人間はそういった言い訳をするんだよな」
「パーシー様…………」
レイナード様に喧嘩を売るようなことをするとピーケット伯爵家が危うくなってしまうかもしれないのに。
力の差を見極めることもできない後先考えない行動は不利益をもたらす。
その程度のことすら理解できない人が次期ピーケット伯爵なんて…。
だから私と婚約することになったのかもしれない。
パーシー様がもう少しまともだったら私はパーシー様の婚約者になるという罰のようなものを避けられただろう。
私はピーケット伯爵家のために力を貸したくはない。
こんな粗野な人間の婚約者であることが恥ずかしいし嫌。
「信じるも信じないもパーシー殿の自由さ」
「それがロッドワード公爵家の人間の言い分か。さすが公爵家の人間だな」
「パーシー様!」
このままでは本当にピーケット伯爵家がロッドワード公爵家に喧嘩を売ることになってしまう。
私は不本意であるとはいえピーケット伯爵家の嫡男であるパーシー様の婚約者。
このような場面で止めに入らずにはいられない。
でもそれはパーシー様を調子付かせるものでしかなかった。
「ほら、見ただろう?アイラは俺に惚れてるんだよ。奪おうとしても無駄だ。残念だったな」
「……アイラ嬢はそのように軽い女性ではない。パーシー殿もアイラ嬢をもっと大切にしたらどうなんだ?」
「ははっ、偉そうに。他人の婚約者との関係に口出しするのがロッドワード公爵家の考えなのか?」
「これは紳士として当然のことだ。女性であれ誰であれ敬意をもって接するべきだ」
「上品ぶるなよ。レイナード様だって男だろう?羨ましいなら素直に羨ましいと言え。アイラは渡さないけどな」
明らかな挑発行為。
これだからパーシー様は駄目なのだ。
私がフォローしようにもしきれないほどの失態を重ねてしまう。
私の善意すら悪意と曲解してしまうのだろう。
私はレイナード様に申し訳なかった。
私と談笑していたせいで、私がパーシー様の婚約者になってしまったために迷惑をかけてしまった。
パーシー様の婚約者になる前のような関係でいたかった…。
既に周囲の人たちは私たちのやり取りを見守っている。
もう当事者だけの問題では片付けられない。
手遅れだと思うけど、これ以上事態を悪化させないためにもパーシー様を止める。
「パーシー様。もう止めてください」
「俺に意見するのか?」
「意見します。やり過ぎですから。これ以上問題を大きくするとピーケット伯爵家の責任問題に発展してしまいますよ」
「……まあいい。これに懲りたら浮気するなよ」
勝手に浮気と決めつけているのはパーシー様のほうなのに。
私は浮気していないしレイナード様も浮気なんてしていない。
でもそうった事実を話したところでパーシー様は再び怒り出すだけだ。
レイナード様が反論しないのも私にこれ以上の迷惑をかけないためだと思う。
そのために自分の気持ちを抑え込んでいるのだろう。
私は私のせいでレイナード様に迷惑をかけていることが心苦しかった。
ここで私は我慢すべきなのだろうか?
我慢したところで一時凌ぎでしかないだろう。
このままパーシー様の横暴な振る舞いを許し続けることは得策ではない。
何よりもレイナード様の気持ちを考えれば黙ってはいられない。
「もういい加減にしてください、パーシー様」
怒気を込めて言ってしまった。
それはレイナード様との談笑をしている時間。
学園に通う貴族の子女たちは仲がいいけど、レイナード様とは長い付き合いなので特に仲がいい。
「さすがレイナード様です」
「ははは、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
レイナード様はロッドワード公爵家のご令息。
立派なのは家柄だけではなく、気さくでありながらも優れた知性を感じさせる会話ができる相手。
だから私も本心からの賞賛を送ってしまう。
掛け値なしの評価なのだから当然だと思うし、それで調子に乗るようなレイナード様でもない。
「アイラ嬢も褒め方が上手いよね。嬉しいからこれからも褒められるよう努力したくなってしまうよ」
「もったいないお言葉、ありがとうございます。でもそれが正直な私の気持ちですから」
このように気安い会話ができるのも、我がイクセル侯爵家がロッドワード公爵家と仲が良いからだろう。
そのこともありレイナード様のことは昔から知っている。
当時も憧れだったけど、今もまだ憧れる。
昔は年齢に似合わず理知的な少年だったけど、成長するにつれ男性らしさも増してきたし、大人の魅力も感じさせるようになってきた。
これからもますます魅力的になるであろうレイナード様が私の婚約者だったら、どれだけ嬉しいだろうか。
………私の婚約者のことを考えるだけで気が重くなる。
「どうかしたかい?悩み事?」
「…いえ、ちょっと別のことを考えていました。すみません」
「いや、いいよ。そういった時もあるからね」
小さなミスを責めるようなレイナード様ではない。
でも本当のことを言ってしまったら、この楽しいひとときすらも失ってしまうかもしれない。
望んでも手に入らないものだと理解しているから、今はこの楽しさを存分に味わいたい。
そうでないと悲しい現実に負けてしまいそうだから…。
「…僕はアイラ嬢に笑顔でいてほしいよ」
「努力します」
「無理に努力はしなくてもいいよ?」
「努力なんかしなくても笑顔になれますよ?」
「ははは」
「ふふっ」
まるで婚約者同士みたいな会話かもしれないけど、私たちには昔からの長い時間という積み重ねがある。
この学園に通う他の誰よりも私とレイナード様が共有した時間は長いのだから。
そこに割り込んでくる邪魔者。
「随分と楽しそうだな」
「パーシー様……」
楽しい時間を台無しにしてくれたのが私の婚約者であるパーシー様。
自分勝手だし私を見下すけど、どうしてか婚約者になってしまったのだ。
お父様は政治的な理由と言って申し訳ないとも言ってくれたから、お父様にとっても望んだ婚約ではなかったのだろう。
でも貴族の婚約なんてそういうものだと理解している。
パーシー様はピーケット伯爵家の嫡男なので、将来的に私が嫁げば私はピーケット伯爵夫人になってしまう。
伯爵夫人という立場は悪くないように思えるかもしれないけど、あのパーシー様だと悪いものにしか思えない。
望まない相手との婚約なのであれば、公爵家とはいわないけど、せめて侯爵家の相手と婚約したかった。
それが叶わなくても、もう少し人間として尊敬できる部分のある人と婚約したかった。
「俺という婚約者がいるのに堂々と浮気か?」
「そんなことはありません。私はただレイナード様と談笑していただけです。浮気なんてレイナード様にも失礼ですよ」
「誤解させてしまったなら謝罪する。だが僕はやましいことはない。アイラ嬢とはただ話をしていただけだ」
「浮気した人間はそういった言い訳をするんだよな」
「パーシー様…………」
レイナード様に喧嘩を売るようなことをするとピーケット伯爵家が危うくなってしまうかもしれないのに。
力の差を見極めることもできない後先考えない行動は不利益をもたらす。
その程度のことすら理解できない人が次期ピーケット伯爵なんて…。
だから私と婚約することになったのかもしれない。
パーシー様がもう少しまともだったら私はパーシー様の婚約者になるという罰のようなものを避けられただろう。
私はピーケット伯爵家のために力を貸したくはない。
こんな粗野な人間の婚約者であることが恥ずかしいし嫌。
「信じるも信じないもパーシー殿の自由さ」
「それがロッドワード公爵家の人間の言い分か。さすが公爵家の人間だな」
「パーシー様!」
このままでは本当にピーケット伯爵家がロッドワード公爵家に喧嘩を売ることになってしまう。
私は不本意であるとはいえピーケット伯爵家の嫡男であるパーシー様の婚約者。
このような場面で止めに入らずにはいられない。
でもそれはパーシー様を調子付かせるものでしかなかった。
「ほら、見ただろう?アイラは俺に惚れてるんだよ。奪おうとしても無駄だ。残念だったな」
「……アイラ嬢はそのように軽い女性ではない。パーシー殿もアイラ嬢をもっと大切にしたらどうなんだ?」
「ははっ、偉そうに。他人の婚約者との関係に口出しするのがロッドワード公爵家の考えなのか?」
「これは紳士として当然のことだ。女性であれ誰であれ敬意をもって接するべきだ」
「上品ぶるなよ。レイナード様だって男だろう?羨ましいなら素直に羨ましいと言え。アイラは渡さないけどな」
明らかな挑発行為。
これだからパーシー様は駄目なのだ。
私がフォローしようにもしきれないほどの失態を重ねてしまう。
私の善意すら悪意と曲解してしまうのだろう。
私はレイナード様に申し訳なかった。
私と談笑していたせいで、私がパーシー様の婚約者になってしまったために迷惑をかけてしまった。
パーシー様の婚約者になる前のような関係でいたかった…。
既に周囲の人たちは私たちのやり取りを見守っている。
もう当事者だけの問題では片付けられない。
手遅れだと思うけど、これ以上事態を悪化させないためにもパーシー様を止める。
「パーシー様。もう止めてください」
「俺に意見するのか?」
「意見します。やり過ぎですから。これ以上問題を大きくするとピーケット伯爵家の責任問題に発展してしまいますよ」
「……まあいい。これに懲りたら浮気するなよ」
勝手に浮気と決めつけているのはパーシー様のほうなのに。
私は浮気していないしレイナード様も浮気なんてしていない。
でもそうった事実を話したところでパーシー様は再び怒り出すだけだ。
レイナード様が反論しないのも私にこれ以上の迷惑をかけないためだと思う。
そのために自分の気持ちを抑え込んでいるのだろう。
私は私のせいでレイナード様に迷惑をかけていることが心苦しかった。
ここで私は我慢すべきなのだろうか?
我慢したところで一時凌ぎでしかないだろう。
このままパーシー様の横暴な振る舞いを許し続けることは得策ではない。
何よりもレイナード様の気持ちを考えれば黙ってはいられない。
「もういい加減にしてください、パーシー様」
怒気を込めて言ってしまった。
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