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第13話
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炊き出し当日、私にできることは食材の下準備を手伝うことだった。
野菜の皮むきすら上手くできないことが悲しかった。
孤児たちのほうがまだ上手い。
「本来貴族の令嬢のすることではないからね。あまり気にしないほうがいいよ」
「はい」
様子を見に来たメイオール様の優しさが嬉しくもあり恥ずかしくもあった。
良い姿を見せたいけど、見栄を張らないほうがいいのかもしれない。
これがメイオール様が選んでくれた私の本当の姿。
どうか幻滅しないでほしい。
私にできることは、今はひたすら皮むき。
それに私は主役ではなくてお手伝い。
この程度の活躍でも問題ないのかもしれない。
野菜は適当な大きさに切られ、湯を沸かした大鍋に入れられていく。
最終的な味付けはマイザース伯爵家の料理人が手伝うことになっているけど、それまでは孤児たちでも十分だろう。
野菜スープは問題なさそう。
他にはパンも配られる。
さすがにパンを焼くところから始める訳にはいかないのでパン屋から仕入れてきたものを配ることになる。
炊き出しは告知されていたし、人も大勢集まってきた。
孤児たちが列を作って並ぶように言っているけど、集まってきた人たちは素直に従おうとはしない。
十分な量が用意されているのに、自分が先に貰わないと無くなるとでも考えているのだろうか。
「そろそろかな。あまり行儀のいい人たちではないし、最悪食べ物を巡って争いを始めるかもしれない。ウィンディは安全のために馬車に待機していてほしい」
「わかりました」
私もできる範囲で手伝ったし、私の安全を気にかけるメイオール様に素直に従った。
馬車に乗り窓から様子を見ている私。
メイオール様も必要な指示を出し終えたらしく、馬車に乗り込んできた。
「さて、やることはやった。あとは無事に終わってくれることを祈るばかりだ」
「そうですね。きっと無事に終わりますよ」
私とメイオール様は並んで窓から外の様子を眺めていた。
…私としてはメイオール様がすぐ隣にいることが落ち着かない。
メイオール様は私のことをどう思っているのだろうか。
婚約したくらいだから嫌いではない。
でも…もっと直接好意を伝えてくれてもいいのではないかとも思う。
私はもやもやとした気持ちのまま、炊き出しに並ぶ行列を眺めていた。
そして…見つけてしまった。
行列に並んだ人の中に、見知った顔があった。
髪はボサボサ、髭も伸び放題。
汚い服装だけど、あれは間違いなくローアン様。
……駆け落ちしたはずなのに一人で並んでいるようだし、結局駆け落ち相手とは上手くいかなかったのだろう。
それに身なりを見れば日々の生活すら上手くいっていないことは理解できるし、あの様子だとラドニー男爵家からも追い出されたのかもしれない。
でも、驚くほどどうでも良かった。
哀れに思うこともなく、悲しい気持ちになることもなく、幸せを願うこともなかった。
恨む気持ちもないし、惨状を見て喜ぶ気持ちも無い。
ローアン様はもうどうでもいい存在に成り果てていた。
同時にメイオール様が私の婚約者であることが嬉しく思えた。
何もかもがローアン様とは違うのだから。
「嬉しそうだね、どうしたの?」
「メイオール様が婚約者でいることが嬉しくなりました」
「今になって?」
「前からですよ」
「僕だってウィンディが婚約者で嬉しいよ。この炊き出しも上手くいくだろう。そうすれば親だってウィンディとのことに反対はしづらいだろうね。もし今回だけで上手くいかなくても次がある。絶対に親の気持ちを変えてウィンディと婚約して良かったと思わせてやる」
メイオール様の気持ちが嬉しかった。
「だから…親が祝福するようになるまで、ある言葉は言わないでおく」
これはメイオール様なりの決意の現れなのだと思う。
はっきりと言葉にしてくれてもいいのに。
でもメイオール様がそうしたいのだろうから私は受け入れる。
気持ちはわかったのだ。
もう不安はない。
だから私はメイオール様の手に私の手をそっと沿えた。
「わかりました。お待ちしています」
隣にいるメイオール様の存在が、より一層身近に感じられるようになった。
* * * * * * * * * *
炊き出しの結果、マイザース伯爵家の評判も高まり、私の評判も高まった。
このような結果になれば私たちの結婚に反対し辛いのも当然であり、メイオール様のご両親は態度を少しだけ軟化させた。
面白いと言っては失礼かもしれないけど、評判を良くしたい貴族家が真似をして炊き出しを始め、ちょっとした流行になってしまった。
流行には当然始まりがあり、それがマイザース伯爵家であり私であるため、勝手に評判が高まってしまった。
想定外だったけど勝手に外堀が埋まったようなもの。
こうなってしまえば結婚に反対できるはずがない。
運に恵まれたのかもしれないけど、そうでなくとも私たちはメイオール様のご両親に結婚を認めてもらうまで諦めるつもりはなかった。
私たちが本気だということが伝わったのか、吉報がもたらされた。
「ウィンディ!両親が結婚を認めてくれたよ!」
「やったわね!」
私たちは手を取り合い喜び合った。
「あの日、伝えられなかった言葉を伝えるよ。ウィンディ、愛している。僕と結婚してほしい」
「はい、喜んで」
あの日、メイオール様が伝えたかった言葉。
私が待ち望んでいた言葉。
私たちが望んだ関係。
これからの幸せを誓い合うよう、どちらからともなく口づけを交わした。
野菜の皮むきすら上手くできないことが悲しかった。
孤児たちのほうがまだ上手い。
「本来貴族の令嬢のすることではないからね。あまり気にしないほうがいいよ」
「はい」
様子を見に来たメイオール様の優しさが嬉しくもあり恥ずかしくもあった。
良い姿を見せたいけど、見栄を張らないほうがいいのかもしれない。
これがメイオール様が選んでくれた私の本当の姿。
どうか幻滅しないでほしい。
私にできることは、今はひたすら皮むき。
それに私は主役ではなくてお手伝い。
この程度の活躍でも問題ないのかもしれない。
野菜は適当な大きさに切られ、湯を沸かした大鍋に入れられていく。
最終的な味付けはマイザース伯爵家の料理人が手伝うことになっているけど、それまでは孤児たちでも十分だろう。
野菜スープは問題なさそう。
他にはパンも配られる。
さすがにパンを焼くところから始める訳にはいかないのでパン屋から仕入れてきたものを配ることになる。
炊き出しは告知されていたし、人も大勢集まってきた。
孤児たちが列を作って並ぶように言っているけど、集まってきた人たちは素直に従おうとはしない。
十分な量が用意されているのに、自分が先に貰わないと無くなるとでも考えているのだろうか。
「そろそろかな。あまり行儀のいい人たちではないし、最悪食べ物を巡って争いを始めるかもしれない。ウィンディは安全のために馬車に待機していてほしい」
「わかりました」
私もできる範囲で手伝ったし、私の安全を気にかけるメイオール様に素直に従った。
馬車に乗り窓から様子を見ている私。
メイオール様も必要な指示を出し終えたらしく、馬車に乗り込んできた。
「さて、やることはやった。あとは無事に終わってくれることを祈るばかりだ」
「そうですね。きっと無事に終わりますよ」
私とメイオール様は並んで窓から外の様子を眺めていた。
…私としてはメイオール様がすぐ隣にいることが落ち着かない。
メイオール様は私のことをどう思っているのだろうか。
婚約したくらいだから嫌いではない。
でも…もっと直接好意を伝えてくれてもいいのではないかとも思う。
私はもやもやとした気持ちのまま、炊き出しに並ぶ行列を眺めていた。
そして…見つけてしまった。
行列に並んだ人の中に、見知った顔があった。
髪はボサボサ、髭も伸び放題。
汚い服装だけど、あれは間違いなくローアン様。
……駆け落ちしたはずなのに一人で並んでいるようだし、結局駆け落ち相手とは上手くいかなかったのだろう。
それに身なりを見れば日々の生活すら上手くいっていないことは理解できるし、あの様子だとラドニー男爵家からも追い出されたのかもしれない。
でも、驚くほどどうでも良かった。
哀れに思うこともなく、悲しい気持ちになることもなく、幸せを願うこともなかった。
恨む気持ちもないし、惨状を見て喜ぶ気持ちも無い。
ローアン様はもうどうでもいい存在に成り果てていた。
同時にメイオール様が私の婚約者であることが嬉しく思えた。
何もかもがローアン様とは違うのだから。
「嬉しそうだね、どうしたの?」
「メイオール様が婚約者でいることが嬉しくなりました」
「今になって?」
「前からですよ」
「僕だってウィンディが婚約者で嬉しいよ。この炊き出しも上手くいくだろう。そうすれば親だってウィンディとのことに反対はしづらいだろうね。もし今回だけで上手くいかなくても次がある。絶対に親の気持ちを変えてウィンディと婚約して良かったと思わせてやる」
メイオール様の気持ちが嬉しかった。
「だから…親が祝福するようになるまで、ある言葉は言わないでおく」
これはメイオール様なりの決意の現れなのだと思う。
はっきりと言葉にしてくれてもいいのに。
でもメイオール様がそうしたいのだろうから私は受け入れる。
気持ちはわかったのだ。
もう不安はない。
だから私はメイオール様の手に私の手をそっと沿えた。
「わかりました。お待ちしています」
隣にいるメイオール様の存在が、より一層身近に感じられるようになった。
* * * * * * * * * *
炊き出しの結果、マイザース伯爵家の評判も高まり、私の評判も高まった。
このような結果になれば私たちの結婚に反対し辛いのも当然であり、メイオール様のご両親は態度を少しだけ軟化させた。
面白いと言っては失礼かもしれないけど、評判を良くしたい貴族家が真似をして炊き出しを始め、ちょっとした流行になってしまった。
流行には当然始まりがあり、それがマイザース伯爵家であり私であるため、勝手に評判が高まってしまった。
想定外だったけど勝手に外堀が埋まったようなもの。
こうなってしまえば結婚に反対できるはずがない。
運に恵まれたのかもしれないけど、そうでなくとも私たちはメイオール様のご両親に結婚を認めてもらうまで諦めるつもりはなかった。
私たちが本気だということが伝わったのか、吉報がもたらされた。
「ウィンディ!両親が結婚を認めてくれたよ!」
「やったわね!」
私たちは手を取り合い喜び合った。
「あの日、伝えられなかった言葉を伝えるよ。ウィンディ、愛している。僕と結婚してほしい」
「はい、喜んで」
あの日、メイオール様が伝えたかった言葉。
私が待ち望んでいた言葉。
私たちが望んだ関係。
これからの幸せを誓い合うよう、どちらからともなく口づけを交わした。
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