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第4話

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翌日、私は孤児院に顔を出していた。
出迎えてくれたシスターに寄付したいという用件を伝えたところ、院長を呼ぶと言われ応接室へ通され待たされた。

やはり孤児院は厳しい財政事情なのだろう。
慈善事業にお金を出す人は少ないし、どうせお金を出すなら、もっと自分の利益になるようなところへお金を使うはず。
貴族にしても商人にしても、結局は自分の利益が一番大切なのだろう。

やがて老婆がやってきた。

「お待たせしました。この孤児院の院長です。この度はご寄付を頂けるとのことで、当院としても大変ありがたく思います」
「早とちりしないでください。私はウィンディ・アトラウド。ローアン・ラドニー様の婚約者です。今日は婚約者の代理として寄付について打ち合わせしに来ました」
「そうでしたか。立派な婚約者なのですね」
「ええ」

院長は一瞬寄付が無いと思ったようだったけど、希望が潰えていないことを知り笑顔になった。
ローアン様の実態を知らなければ孤児院に寄付するような立派な人だと勘違いするのも当然。
私は勘違いさせたままにすべく、立派な婚約者のことが誇らしいと思っているような笑顔を浮かべる。

「それで…具体的にどれくらい寄付していただけるのでしょうか?」
「それは婚約者のローアン様と直接話し合ってください。具体的な金額は私には聞かされていませんが、最初からローアン様は事情を鑑みて寄付金額を決めるよう考えていました」
「そうでしたか。ではローアン様とはいつ話し合えますでしょうか?」
「それも含めてラドニー男爵家と相談してください。ただ、ローアン様はしばらく多忙のようです。半月から一ヶ月ほどは多忙なので話し合うような余裕は無いと思います」
「わかりました。頃合いを見計らってラドニー男爵家のほうへ話をしてみます」

これで後は孤児院とラドニー男爵家との間の問題になった。
私はあくまでもローアン様の意向を孤児院に伝えただけ。
問題があるとすればローアン様が孤児院に寄付するなんて一言も言っていないことだけど、寄付しないとも言ってはいなかった。
もし私の行為に問題があったなら後で言ってほしい。

院長とラドニー男爵家が交渉する頃には私とローアン様の婚約は無事に破棄されているはず。
ラドニー男爵には慰謝料を請求しない代わりに今後何があろうと一切を不問とするよう条件を出す。
今はまだ私はローアン様の婚約者なので、婚約者に変わって寄付する旨を伝えることは問題ない。
その後のことは一切を不問とする条件を飲んでいれば私を責めることはできない。
それが私の計画だった。

どうせ慰謝料なんて支払われないだろうし、寄付するようなお金があるはずもない。
ラドニー男爵家は名誉を損なうことになる。
それが嫌なら寄付すればいいし、金額までは決めていなかったのだから無理のない範囲で寄付すればいい。
寄付するもしないも、金額の多少も、ラドニー男爵の判断で好きにすればいい。

「用件は以上です」
「ありがとうございます。ローアン様にもよろしくお伝えください」

頭を下げる院長を見ると悪いことをしているような気持ちになってしまう。
きっとラドニー男爵は寄付なんてしないだろう。
ローアン様も駆け落ちしているから寄付できるはずがない。
でもそこは私がいくらか寄付するつもりだから大丈夫。
院長に無駄足を踏ませてしまうかもしれないけど、私の寄付があれば全くの無駄ではないから許してほしい。

こうして私の計画の仕込みはできた。

帰り際、暮らしに困窮しているであろう孤児たちを見かけ、心が痛んだ。
私が寄付したところで高が知れている。
だからといって根本的な解決ができるほど資金に余裕がある訳でもないし、ただお金を出せばいいという問題でもない。
本当は為政者が対処すべき問題だけど…いつだって弱者は不利益を押し付けられる。

ローアン様は今頃駆け落ち相手と一緒に楽しく過ごしているだろうか。
全てを放り出して愛する女性と一緒なら幸せに決まっている。

これが現実。
やるせない思いが胸中に渦巻く。
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