上 下
1 / 11

第1話

しおりを挟む
「いつもありがとう。フロイデンが来てくれて嬉しいわ。こんな私でごめんね」
「ヴァローナは悪くないんだ。本当なら毎日でも見舞いに来たいが、そうもいかなくてな。謝りたいのは俺のほうだ」
「ふふふ…フロイデンは優しいのね」

儚げに微笑んだ幼馴染のヴァローナは病弱で、見舞いに来た今もベッドに横たわっている。
健康であれば自由に振る舞い、日々楽しく生きていられただろうし、何よりも俺と婚約できていたかもしれない。

俺にはルミーネ・フィルドという婚約者がいる。
だが間違っても俺が望んだ相手ではなく、ただ相手がフィルド伯爵家の令嬢という政略結婚の相手として悪くない条件だったから婚約することになっただけの相手だ。
当然愛しているはずもないし愛する必要もないのだが、俺はロスコーラー子爵家の嫡男であり、わがままが許される立場ではない。
ロスコーラー子爵家の将来は俺にかかっているのだから、望まない婚約であっても俺は我慢してきた。

「本当はヴァローナと婚約したかったんだがな…」
「あの女…ルミーネとは上手くいってないの?」
「上手く?ははは、そんなはずないだろう?ヴァローナは冗談が上手いな。あんな女とは仕方なく婚約したんだ」
「…愛していないの?」
「愛するはずがないさ。だって俺はヴァローナのことがずっと好きだったんだから。今だってその気持ちに偽りはないし、変わらない愛を誓うよ」
「そう……」

俺の気持ちを知ったはずなのに、ヴァローナの表情が暗くなった。
だがここで早とちりしてしまう訳にはいかず、俺はヴァローナからの反応を待つ。
愛しているから、信じているからヴァローナを待てる。

「こんなこと…できれば秘密にしておきたかったけど……」

ヴァローナはすごく言い辛そうだ。

「実はね、ルミーネに嫌がらせされているの」
「何だと!!」

聞いた瞬間、怒りが爆発しかけた。
ルミーネは嫉妬したに違いない。
俺がヴァローナのことを大切に想うことが気に入らず、よりにもよって病弱なヴァローナをターゲットにし嫌がらせするような卑劣な行為に及ぶなんて…。
いくら婚約者だからといって嫉妬で幼馴染に嫌がらせするなんて許されるはずがない。
相手がフィルド伯爵家だろうが俺は引く気はない。
非があるのは恥ずべきことをしたルミーネにあるのだから。

「落ち着いて、フロイデン。相手はあのフィルド伯爵家の令嬢なのよ?」
「それがどうした。俺はヴァローナのためなら全てを捨てる覚悟がある。ルミーネは許せない。婚約破棄してやる!」

望まない婚約だっただけではなくヴァローナに嫌がらせするような最悪な女だと知った今、婚約破棄するしかない。
最初から俺たちは婚約すべきではなかったんだ。
家のためと言われても他に手段はあったはずだし、親の意向に従ってしまった俺にも責任はある。
だがルミーネのしたことは許されるはずがない。

「言い辛いことを言わせてしまってすまない。これからは俺が守ってやる。だから安心してくれ」
「ありがとう、フロイデン…。私、そんなふうに言ってもらえて幸せだわ……」

ヴァローナは幸せなはずの笑みなのに、弱々しく儚い笑みだと思った。
俺を安心させるための精いっぱいの笑みなのだろう。
ヴァローナは無理してでも俺のために笑顔でいてくれる。
ルミーネにはこんな殊勝な心がけなんてないし、思い返せば気に入らないことばかりだった。

やはりもっと早く婚約破棄すべきだった。
そうすればヴァローナも被害に遭わなかっただろうし、俺と婚約していたはずだ。

もう決めた。
フィルド伯爵家を敵にしようがルミーネに婚約破棄する。
ヴァローナの笑顔を守るために。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。

水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。 兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。 しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。 それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。 だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。 そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。 自由になったミアは人生を謳歌し始める。 それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。

虐げられていた姉はひと月後には幸せになります~全てを奪ってきた妹やそんな妹を溺愛する両親や元婚約者には負けませんが何か?~

***あかしえ
恋愛
「どうしてお姉様はそんなひどいことを仰るの?!」 妹ベディは今日も、大きなまるい瞳に涙をためて私に喧嘩を売ってきます。 「そうだぞ、リュドミラ!君は、なぜそんな冷たいことをこんなかわいいベディに言えるんだ!」 元婚約者や家族がそうやって妹を甘やかしてきたからです。 両親は反省してくれたようですが、妹の更生には至っていません! あとひと月でこの地をはなれ結婚する私には時間がありません。 他人に迷惑をかける前に、この妹をなんとかしなくては! 「結婚!?どういうことだ!」って・・・元婚約者がうるさいのですがなにが「どういうこと」なのですか? あなたにはもう関係のない話ですが? 妹は公爵令嬢の婚約者にまで手を出している様子!ああもうっ本当に面倒ばかり!! ですが公爵令嬢様、あなたの所業もちょぉっと問題ありそうですね? 私、いろいろ調べさせていただいたんですよ? あと、人の婚約者に色目を使うのやめてもらっていいですか? ・・・××しますよ?

【完結】「妹が欲しがるのだから与えるべきだ」と貴方は言うけれど……

小笠原 ゆか
恋愛
私の婚約者、アシュフォード侯爵家のエヴァンジェリンは、後妻の産んだ義妹ダルシニアを虐げている――そんな噂があった。次期王子妃として、ひいては次期王妃となるに相応しい振る舞いをするよう毎日叱責するが、エヴァンジェリンは聞き入れない。最後の手段として『婚約解消』を仄めかしても動じることなく彼女は私の下を去っていった。 この作品は『小説家になろう』でも公開中です。

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」 婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。 ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。 その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。 「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」  ***** 全18話。 過剰なざまぁはありません。

本当に妹のことを愛しているなら、落ちぶれた彼女に寄り添うべきなのではありませんか?

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアレシアは、婿を迎える立場であった。 しかしある日突然、彼女は婚約者から婚約破棄を告げられる。彼はアレシアの妹と関係を持っており、そちらと婚約しようとしていたのだ。 そのことについて妹を問い詰めると、彼女は伝えてきた。アレシアのことをずっと疎んでおり、婚約者も伯爵家も手に入れようとしていることを。 このまま自分が伯爵家を手に入れる。彼女はそう言いながら、アレシアのことを嘲笑っていた。 しかしながら、彼女達の父親はそれを許さなかった。 妹には伯爵家を背負う資質がないとして、断固として認めなかったのである。 それに反発した妹は、伯爵家から追放されることにになった。 それから間もなくして、元婚約者がアレシアを訪ねてきた。 彼は追放されて落ちぶれた妹のことを心配しており、支援して欲しいと申し出てきたのだ。 だが、アレシアは知っていた。彼も家で立場がなくなり、追い詰められているということを。 そもそも彼は妹にコンタクトすら取っていない。そのことに呆れながら、アレシアは彼を追い返すのであった。

誤解なんですが。~とある婚約破棄の場で~

舘野寧依
恋愛
「王太子デニス・ハイランダーは、罪人メリッサ・モスカートとの婚約を破棄し、新たにキャロルと婚約する!」 わたくしはメリッサ、ここマーベリン王国の未来の王妃と目されている者です。 ところが、この国の貴族どころか、各国のお偉方が招待された立太式にて、馬鹿四人と見たこともない少女がとんでもないことをやらかしてくれました。 驚きすぎて声も出ないか? はい、本当にびっくりしました。あなた達が馬鹿すぎて。 ※話自体は三人称で進みます。

「最初から期待してないからいいんです」家族から見放された少女、後に家族から助けを求められるも戦勝国の王弟殿下へ嫁入りしているので拒否る。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に仕立て上げられた少女が幸せなるお話。 主人公は聖女に嵌められた。結果、家族からも見捨てられた。独りぼっちになった彼女は、敵国の王弟に拾われて妻となった。 小説家になろう様でも投稿しています。

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません

編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。 最後に取ったのは婚約者でした。 ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

処理中です...