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第5話
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酒場は平民にとって癒しの場でもある。
労働の後の一杯は堪らないものだろうし、もしかしたら家に居場所のない男の逃げ場なのかもしれない。
客層はほとんどが男性で、店内でひときわ輝く存在が看板娘でもあるエナだ。
「来たよ、エナ」
「あら、いらっしゃい。とりあえずエール?」
「ああ」
「食事は?」
「適当なものを頼む」
忙しそうに働くエナの邪魔はできないため、俺はあくまでも一人の客として振る舞う。
恋人同士で振る舞うのは他人に邪魔されないところでいい。
いくら俺を愛しているからといって他の客をぞんざいに扱うようでは営業妨害になってしまう。
インガーロ男爵領は小さいし、民は俺の顔を知らないはずがない。
だが気を使って俺には話しかけてこないのだろう。
それに俺とエナの関係も公然の秘密だ。
それももうすぐ秘密ですらなくなるけどな。
「今日もかわいいね、エナ」
「ありがとう、で、注文は?」
他の客の様子を窺うとエナをいやらしい目で見ているのがわかるし、親しくなろうと必死になっている男もいる。
不愉快だがモテない男は哀れなのだから、せめて見て妄想するくらいは許してやらないと。
口説こうとしても無駄だ。
エナを抱けるのは俺だけなのだから。
「エナ、今度暇なときに遊びに行こうぜ」
「食べ終わったらさっさと帰るか追加注文してよ」
「ははっ、手厳しいな」
エナから客として扱われる男たちが哀れだ。
客ですらなければ相手にもされない男たちだ。
当然客以外として付き合うつもりはないというエナの意思表示。
エナは俺のものだからな。
やがて酒と食事が運ばれ、考え事をしながらエナの仕事が終わるのを待った。
* * * * * * * * * *
エナは住み込みで働いているため、俺はエナの部屋へと向かった。
エナに迎え入れられた俺は、さっそく伝えるべきことを切り出した。
「大切な知らせがある」
「大切って、まさか私と婚約してくれるの?」
「そうだとも」
「ホントなの?冗談だったら許さないからね?」
「本当だ。婚約者とは別れたから、これでエナと婚約できるようになった」
「やった!嬉しい!」
エナが抱きついて喜ぶので俺も嬉しくなった。
エナは抱きついたまま、見上げるようにし目を輝かせる。
「アシュー様と婚約したら、私が領主夫人になれるのよね?」
「ああ。俺がインガーロ男爵位を継げたそうなるな」
「ねえ、いつ継ぐの?」
「父上はまだまだ家督を譲る気はなさそうだな。10年くらいは難しいかもな」
「そうだったの……」
残念そうな顔にさせてしまった。
俺だってエナには領主夫人の肩書を与えたい。
だが真実の愛があれば肩書なんて関係ない。
「そんなに領主夫人が魅力的か?」
「当然じゃない。領内の女性で一番偉いのよ?その辺の女たちとは違うのよ。アシュー様だって私が一番なんでしょ?それなら身分も見合ったものにしないと恥ずかしいじゃない」
「そうか、そうだよな」
肩書が関係ないからといって蔑ろにする気はないが、確かに明確な身分として愛を証明することもできる。
俺に相応しいのはエナ。
領主になる俺に相応しいのは領主夫人としてのエナ。
納得だ。
「それよりもさ、エナ。いいだろう?」
「もう、アシューったら変わらないのね」
「エナが可愛いからだよ」
エナは察してくれたようだ。
エナは喜んでくれたし、今度は俺を悦ばせてもらおう。
労働の後の一杯は堪らないものだろうし、もしかしたら家に居場所のない男の逃げ場なのかもしれない。
客層はほとんどが男性で、店内でひときわ輝く存在が看板娘でもあるエナだ。
「来たよ、エナ」
「あら、いらっしゃい。とりあえずエール?」
「ああ」
「食事は?」
「適当なものを頼む」
忙しそうに働くエナの邪魔はできないため、俺はあくまでも一人の客として振る舞う。
恋人同士で振る舞うのは他人に邪魔されないところでいい。
いくら俺を愛しているからといって他の客をぞんざいに扱うようでは営業妨害になってしまう。
インガーロ男爵領は小さいし、民は俺の顔を知らないはずがない。
だが気を使って俺には話しかけてこないのだろう。
それに俺とエナの関係も公然の秘密だ。
それももうすぐ秘密ですらなくなるけどな。
「今日もかわいいね、エナ」
「ありがとう、で、注文は?」
他の客の様子を窺うとエナをいやらしい目で見ているのがわかるし、親しくなろうと必死になっている男もいる。
不愉快だがモテない男は哀れなのだから、せめて見て妄想するくらいは許してやらないと。
口説こうとしても無駄だ。
エナを抱けるのは俺だけなのだから。
「エナ、今度暇なときに遊びに行こうぜ」
「食べ終わったらさっさと帰るか追加注文してよ」
「ははっ、手厳しいな」
エナから客として扱われる男たちが哀れだ。
客ですらなければ相手にもされない男たちだ。
当然客以外として付き合うつもりはないというエナの意思表示。
エナは俺のものだからな。
やがて酒と食事が運ばれ、考え事をしながらエナの仕事が終わるのを待った。
* * * * * * * * * *
エナは住み込みで働いているため、俺はエナの部屋へと向かった。
エナに迎え入れられた俺は、さっそく伝えるべきことを切り出した。
「大切な知らせがある」
「大切って、まさか私と婚約してくれるの?」
「そうだとも」
「ホントなの?冗談だったら許さないからね?」
「本当だ。婚約者とは別れたから、これでエナと婚約できるようになった」
「やった!嬉しい!」
エナが抱きついて喜ぶので俺も嬉しくなった。
エナは抱きついたまま、見上げるようにし目を輝かせる。
「アシュー様と婚約したら、私が領主夫人になれるのよね?」
「ああ。俺がインガーロ男爵位を継げたそうなるな」
「ねえ、いつ継ぐの?」
「父上はまだまだ家督を譲る気はなさそうだな。10年くらいは難しいかもな」
「そうだったの……」
残念そうな顔にさせてしまった。
俺だってエナには領主夫人の肩書を与えたい。
だが真実の愛があれば肩書なんて関係ない。
「そんなに領主夫人が魅力的か?」
「当然じゃない。領内の女性で一番偉いのよ?その辺の女たちとは違うのよ。アシュー様だって私が一番なんでしょ?それなら身分も見合ったものにしないと恥ずかしいじゃない」
「そうか、そうだよな」
肩書が関係ないからといって蔑ろにする気はないが、確かに明確な身分として愛を証明することもできる。
俺に相応しいのはエナ。
領主になる俺に相応しいのは領主夫人としてのエナ。
納得だ。
「それよりもさ、エナ。いいだろう?」
「もう、アシューったら変わらないのね」
「エナが可愛いからだよ」
エナは察してくれたようだ。
エナは喜んでくれたし、今度は俺を悦ばせてもらおう。
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