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序章

国滅びて

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 私は二度目の人生を楽しんでいた。
 そう、二度目だ。

 王族に生まれ、前世での記憶があるおかげで聡い子だと言われて育ち、第四姫として国民からも可愛がられる日々は幸せだったと言う他ない。

 特に私を可愛がってくれた騎士がいたのだが、私より八つ年上の彼の人は僅か十六で騎士団長補佐にまで上り詰めた実力者で、物語の王子様のような金の髪に整った顔立ち、戦に出れば鬼神の如き働きという国中の少女の憧れだった。
 かくいう私の姉もその一人だったのだが…。

 子ども好きだったのだろう、事ある毎に馬に乗せてくれたり、遠征先から花を贈ってくれたり…街に手を繋いで一緒に行ってくれた事もあった。
 
 そんな彼に恩返しをするべく、前世の知識を活かして疲労回復効果のある食事を作ってみたり、マッサージもどきをしてみたりと中々良好な関係だったと思う。

 まぁ、それは私の思い込みだったんだろう。


 今日。私の17歳の誕生日。
 一年前に突然姿を消したその騎士は長らく敵対してきた隣国の鎧に身を包み私の前に現れた。

 その大剣は血を纏い、私の誕生日のために張り替えられた絨毯に点々とシミを作っていく。

 そのシミの元が何なのかはすぐに分かった。

 何故かって?父様が大切に…大切にしてきた催事用の王冠が地面に転がっているのよ?

 きっと視界の端にあるテーブルクロスに隠された塊が父様と母様なのだろう。

 王子が居らず、次の王たる第一姫の婚約者は未だ選定されていない状況で、一番早い国の乗っ取り方は自国の人間を第一姫の夫に据えてしまうことだ。
 第二姫と第三姫は既に他国へ嫁入りしているし、私も来月には他国へ嫁ぐ事になっている。

 まぁ…私をエスコートしていた婚約者は私を置いて逃げたんだけどね。
 父様亡き今、破談かもしれないが即逃げるとは…弱っち過ぎないか?
 婚約した時に将来は騎士団の総指揮をとるのだと自慢気だったが、彼が指揮を執ったら戦場からも逃げ出して悲惨な事になりそうだ。

「…一層に美しくなられましたね、姫様。」
「嫌味ですか?喧嘩なら買いますよ。」
 姉妹の中で最も凡庸な容姿と言われる私にこんな事言ってくるのは昔からこの男だけ。
 それこそ幼い頃は単純に喜んでいたが、今では嫌味にしか聞こえない。

 キッと睨みつければ、私のわがままに付き合っていた頃によく見た困った様な笑顔を向けられ、その真意が図れない。

「姫様。以前私が姫様に剣を捧げたいと申出た事、覚えていますか?」

 記憶を辿れば、5年ほど前にそんな話をした気がする。
 確か、姫様姉さんに剣を捧げたいという内容では無かっただろうか。
 基本的にこの国の姫様と呼ばれるのは第一姫だけだし。

 だがこの男、確か第一姫との婚約話が出た直後に国を出たのではなかっただろうか。

 時期王の地位を蹴って国を出るなど誰も思っていなかった上、第一姫はこの男に懸想していたため、それはそれは荒れた。
 ついでに、この男と仲が良かった私が姉の怒りの捌け口になってしまったのだから、私にとってもいい迷惑だった。
 恐らく、姉妹の嫁ぎ先の中で一番パッとしない所を宛てがわれたのもそのせいだと思う。

「…それなら何故、国を裏切るような真似をしたのですか。姉様は貴方を受け入れていた筈です。」
「ああ、貴女も勘違いしていたのですか。」
 心底嫌そうに眉を顰める姿に脳裏に疑問符がいくつも浮かぶ。

「王も同じく勘違いをしていらした。あの日、まさか第一姫との婚約の話をされるとは思ってもいませんでしたよ。まぁ、そこでこの国に居たら欲しいものが手に入らないと確信出来たので良かったんですが。」

 つまり、欲しいものを手に入れるために国を出て反旗を翻したということらしい。

「大丈夫ですよ、姫様。1度形式的に捕虜として我が国にお連れする必要がありますが、姫様には決して辛い思いはさせません。」

 ニコリと綺麗に笑う男に背中を汗が伝った。
「ですが、私は間も無く嫁ぐ身です。いっそ、このまま国外追放していただいた方が楽なのでは?」
 それとも、嫁ぎ先あんな小国との交渉の材料にでもするつもりなのか。

 そう不信の目を向ければ、男は後ろに控えていた部下らしき騎士に目配せする。
 何事かと思えば、婚約者が両腕を騎士に押さえられた状態で連れられて来るのが見えた。

「この方が婚約者殿でしたね。さて、姫様の国は事実上無くなったわけですが…」

 男は私に背を向け、婚約者と正面から向き合った。
 婚約者の表情から、背を向けている男が先程までのような柔らかな表情ではない事が伺える。

「貴方は姫様との婚約続行を望みますか。それとも、提示される条件が同じであれば姫様以外でも?」

 完全に顔色を無くし、髪を乱した婚約者は私を見ようともしない。
「わ…私は…その女じゃなくていい!そもそもこんな年下の子ども、初めから興味などなかったんだ…!」
おいテメェ…そんな事思ってたのか。
今まで「若くて博識な姫で嬉しい」などと言っていたのは嘘か。
 怒りによる興奮とコルセットの締め付けで軽く酸欠になり、膝をついてしまった。

「姫様っ!」

 ドレスが床に擦れて音を立てた瞬間、男が驚くべき反応速度で振り返り、私の上半身を支える。
「お可哀想に…。大丈夫ですよ、姫様。こんな男のところに貴女を渡したりしません。」

 あ、別にショック受けてるとかじゃないんだけど。

 私はそのまま横抱きにされてその場を離れさせられた。

 向かった先には敵国の馬車。

 2台用意された内の1台には既に顔を青くした第一姫が乗っている。他の姉達はそれぞれの夫が国に連れ帰ったらしく、嫁ぎ先の国の馬車は既に無かった。
 私は空いている馬車に乗せられ、しかもこの男が同乗するらしい。

 これは絶対に逃げられない。


 とりあえず、なるようにしかならないだろう。
 敗けた側とはそういうものだ。

 私は一切の抵抗をやめた。
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