愛は獣を駆り立てる(旧題:愛してもその悪を知り)

根古 円

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日常

初めてのお風呂

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 物事には始まりがある。

 経験したことの無いことにチャレンジする時、大なり小なり恐怖心が芽生えるもので……
 お風呂デビューを迎えるアルブスとノワールは、正に今、その恐怖と戦っていた。

 全身をブルブルと震わせ、小さな爪を俺の皮膚にくい込ませてくる。
 なんだか可哀想に思えるほどだ。

「ほら、大丈夫。俺がちゃんと抱いてるから。な?」
 しっかりと両腕で抱き込んで、声をかけると、「ホントに?」と言わんばかりにこちらを見つめてくる。

 ちなみに、子ども達の爪で俺の腕にかすり傷がついたのを見て、アーノルドとアイザックが子どもたちを受け取ろうと申し出てくれたのだが、子どもたちが断固拒否の姿勢を見せたため断念した。

 二人とも落ち込んでいたが、体を洗う時に手伝って欲しいとお願いすると、若干持ち直した。

「そろそろ入らないと体が冷えるぞ。」
 アイザックがガラリと浴場の扉を開ける。

 立ち上る湯気に興味が出たのか、アルブスが身を乗り出す。
 だが、ノワールは未だブルブルと震えたままだ。

「アルブス。お湯には体を洗ってから入るんだよ。」

 アーノルドの元にアルブスを連れていけば、子どもたちを洗うために用意された石鹸水をまんべんなく馴染ませ、手早く泡立てていく。
 アルブスは何が起こっているのかわからず、目を丸くしていた。

「ほら、ノワールもね。」
 ノワールはスマホのバイブ並みに震えたままだが、アイザックに渡すとすぐさま泡だらけにされていく。

 その隙に俺も体を洗って、先に湯船に浸かる。
 ちなみに、湯船に浸かる際は子どもたちの爪で怪我しないようにと支給された湯着を着用だ。

 服を着て風呂に入るなんて初めての経験だが、まあ、体を洗ったあとだから特に不快感はない。


 たっぷりの湯にひらひらと湯着が揺蕩うのを、大きく息を吐きながら眺める。

 子ども達を世話する上で、どうしても前傾姿勢になりがちだからだろうか…最近肩こりが酷いのだが、こうして湯に浸かると体がほぐれる気がする。

 極楽だ…。


「こらっ…!ノワール!」

 アイザックの声に振り返ると、ノワールが思いっきり走って来ていた。
 勢いをそのままに俺の顔にへばりつく。

 …水気を吸った毛が顔に…。

 両手でノワールを抱え、胸元で抱えてやると、キュンキュンと一生懸命鳴き、さも自分が何か酷い事をされたと言わんばかりだ。

「よしよし、ノワール。怖かったのか?でも…ほら、父さんが綺麗に洗ってくれたおかげで肉球も毛並みもピカピカだろう?カッコ良さが増したぞー。」
 言い聞かせるように話しかければ、そう?と首を傾げる姿が可愛い。

 そして油断している隙にそのまま湯船に浸ける。

 一瞬ぎゅっと手に力が入り、爪の痛さを感じたが、数秒で落ち着いた様子を見せた。
 意外とお風呂好きになるかもしれないな。


「すまない。大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとうね。」
 アイザックが浴槽に入ってきて、ノワールを子どもを乗せる用だという湯の入った木桶に入れる。
 プカプカと揺れる小舟のようなものだが、その揺れがいいのかノワールは直ぐに縁に顎を乗せてウトウトし始める。

 アルブスはどうしているのかと様子を伺えば、アーノルドのゴッドフィンガーで既に昇天していたようで、寝息を立てている状態で運ばれてきた。

「…とりあえずは水や湯を嫌がることはなかったな。」
「だね。ちょっと安心した。」

 ふっと一息つく王にお疲れ様と声を掛け、アルブスも桶に入れる。

「もう少し成長したら裏山の川に連れて行って泳ぎの訓練と外での水浴びに慣れさせなくてはな。」
「ここでも泳げそうだけどね。」
 わざわざ山に入らなくても…と言えば、ふたり揃って首を振った。

「子どもの時は湯だと体温調節がうまくいかなくて危険だ。それに流れている水の中で泳げないと意味がないからな。」
「体が流される感覚は覚えさせておかないと、いざという時に何処に向かって泳いでいいか分からず溺れ死ぬ危険が有る。」
「へぇ…そうなんだ…」

 ちなみに興味本位で訊ねたところ、泳ぐ時は獣体で犬かきらしい。

 水泳の授業や競技の話をすると興味を持ったようで、今度泳法を見せることになってしまったが、もしかして俺も川に連れて行かれるんだろうか。
 水着ないけど…着衣水泳?これで溺れでもしたら二度と泳がせてもらえなくなりそうだな…。

 そもそも、獣人の中では人型で泳ぐという発想自体がないらしく、獣人体でのトレーニングの幅が広がりそうだとアイザックが笑みを浮かべていた。
 これ、隊員さんたちに俺がクレームもらうことになるんじゃ…?


 30分程だろうか。ゆっくりと喋りながら湯を楽しみ終わり、子どもたちを起こしたあと、俺は先に脱衣所へ向かう。


 子どもたちには教わらなければならない事が残っているのだ。
 

 アーノルドとアイザックの影が獣体へ変化したのを見て浴室の扉を閉める。
 次の瞬間…大粒の雨が叩きつけられるかのような音が響いた。


 そして、浴室から出てきた子どもたちの毛がまだまだぺったりと水分を含んでいるのを見て、修行が必要だな…と笑いながらタオルで拭いてやる。

 当の本人たちは至極満足げだが。


 尚、この後子どもたちの中でブルブルブームが巻き起こり、至るところで水を飛ばすため掃除が大変になったのだが…ご愛嬌である。

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感想 41

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みんなの感想(41件)

太陽の微笑み

レンタル4周しました。
今回やはり、この作品好きだぁ、ってなったので、電子ですが購入しました。
面白い作品ありがとうございます。
もう執筆活動とかしてないのでしょうか?どこかにありますか?
他にもいろいろ読みたいです。

解除
ヴェノム
2020.03.03 ヴェノム

更新頑張ってください!

解除
ヤマちゃん
2019.04.23 ヤマちゃん

書籍化おめでとうございます。書店で見つけてさっそく購入しました。webの更新も楽しみにしています。

解除

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