愛は獣を駆り立てる(旧題:愛してもその悪を知り)

根古 円

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日常

トオルの料理

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「料理がしたい…ですか?」

 ルードが驚きを隠そうともせず俺の言葉を繰り返す。
 それに頷きを返し、俺ももう一度告げた。

「そう。子どもたちも付きっ切りじゃなくなったし…今は式典の準備で王様もアイザックも忙しいし…差し入れが出来たらなって思うんだ。」
 イメージとしては弁当のような形で差し入れたいところだ。

「ちなみに、何を作る予定ですか。」
「鳥の唐揚げかな。俺も揚げ物食べたいし、男の弁当って言ったら定番の料理なんだ。」
「トールの故郷の料理ですか。」
 ジューシーな唐揚げ…こちらに来て以来食べていないため、食べたいという欲がすごい。
 残念ながら醤油のようなものは存在していないため塩から揚げになるが、とにかく揚げ物が食べたいし、食べさせてあげたい。こちらの料理も美味しいのだが、肉は基本的に生か焼くかスープの具として煮るかといったところだ。

「王についてはお一人分を執務室にお持ちしても良いですが、隊長に差し入れとなると隊全体に持っていく形になりますよ。大丈夫ですか?」
「みんなにもお世話になってるし、ルードやターナーは俺の付き添いもしてくれてて迷惑かけてるだろ。日頃の感謝ってことで…迷惑じゃなかったらだけど。」
「…ありがとうございます。では私も手伝いましょう。買い出しを頼んできますので、材料を教えてください。」

 ルードに材料を伝えると、どうやら城内で調達できるようで厨房に話しを付けに行ってくれた。
 所謂おやつの時間には厨房は使用しないとのことで、厨房の皆さんも下拵えを手伝ってくれることになり、こちらとしてはありがたいばかりだ。
 なにせ、この世界では鶏肉は丸々1羽の状態から捌かなければならない。
 市場ではそもそも生きている状態で売られているし、日本のスーパーとの違いに愕然とした記憶は新しい。

 一人暮らしでそこそこ自炊していたといっても、鶏を捌く技術はない。というか必要なかった。
 …時間短縮のためにからあげ用にカットされた肉を買っていたくらいだし。
 
 手伝ってもらえるなら楽に終わりそう。


 なんて、考えていた俺が馬鹿でした。




 厨房に入って見たのは鶏肉の山。
 本当に山。

 丸鶏が数十羽積まれていた。

「え。何この量…?」
「補助食とはいえ、一人1羽は軽く食べますよ。なのでこの量に。」
 おやつに…一人1羽…胃袋の基準が違う。

 とてつもない重労働になりそうな予感しかしないが、やるといったからにはやる。
 とりあえず、正直調理場を見渡しても何が調理器具で何がそうでないのかの判断も難しいため、調理の手順を厨房の人に伝えて道具の準備をお願いした。
 素人が下手にプロの現場を触っていいことはないからね。お願いするに限る。

 そして目の前に置かれたプール。いや、本当にプール。
 子供用のビニールプールサイズの金盥が厨房の端に出現した。

 どうやら常日頃から調味料の合わせや肉の下処理などに使うのはこのプールらしい。
 
 つまり、俺はこのビニールプールに塩から揚げの調味液を作らなければならない。

 日本酒に似た米の酒、砂糖、塩、生姜のすりおろし…にんにくは匂いが気になるからやめておくか…今までは大さじ数杯レベルでしか合わせたことのない調味料を大量にプールに入れ、適宜混ぜ合わせて味を見る。

 その間にルードたちは肉を捌き、一口大にカットしていく。
 ちなみに一口の基準は狼獣人基準なので人間で言うと3口くらいだ、

 部位はもう気にしない。
 モモだろうがムネだろうがササミだろうが関係ないMIXだ。

 とりあえず調味液は日本で作っていたときの味に近い出来になった。
 カットされた鶏肉を一気に投入し、混ぜる。…重っ。

 かき混ぜる為の道具を借りてもなお重い。

 四苦八苦していると見かねた周囲の面々が変わってくれた。

 ある程度全体に調味液がなじんだら手を止め、揚げ油の準備だ。
 大きな中華なべのような形の鍋にたっぷりと油を入れ、火にかける。

 後は片栗粉をまぶしてカラッと揚げるだけ。

 数人掛りでどんどん揚げながら山積みになっていくからあげ…
 正直、作っているだけで満腹になりそうだ。

「そうだ、ルード。一応味見お願いできる?」
「無理です。王の番が作った料理を王より先に口に入れるなど…首が飛びます。」
 真剣な顔で断固拒否の姿勢だ。
 おそらく首が飛ぶっていうのは物理的な意味でだろう。

 なんか…ごめん…。

「じゃあ、とりあえず…いい感じに冷めたのを王様のところに届けてくる。」
 1羽分のからあげを皿に盛り、王の執務室に向かう。

 嗅ぎなれない匂いに反応してか、多くの獣人がこちらに注目してくる。
 たまに腹を鳴らしている若い獣人もいて、気分的には腹を空かせた男子高校生がたくさん乗っているバスに揚げたての香り高いからあげを持って乗ってしまったような感じだ。

 分けてあげたいが、今分けてあげると物理的に首が飛ぶ可能性があるので出来ない。
 ごめんよ。

 執務室に着くと偶然か意図的にか不明だが、ちょうど皆が休憩に入ったようで王だけが残り、お茶を飲んでいた。

「王様、差し入れです。」
 唐揚げの皿を王に差し出すと、王は何かを考える仕草を見せ、口を開いた。

「トオル…これは俺たちが用意する食事では不十分だということだろうか。すまなかった。今から少し狩りに行って…」
「違いますから。」

 どうしてそういう考えに至ったのか…即否定である。
 感謝の気持ちと愛情表現だと説明し、ようやく納得してくれた。

「この鶏は随分と表面が硬いな…ふむ。今までに見たことがない。」
 しばらくからあげを眺めたあと、王は指先でそれをつまみ、口に入れた。

「っ!うまい。鶏の肉汁の旨みがしっかり味わえるな。」
「よかった…」
 ちなみに、ひと皿平らげるのは一瞬でした。

 唐揚げは飲み物…。


 空になった皿を持って厨房に戻れば、厨房の皆さんがアイザックたち用の差し入れをカートに乗せて準備してくれていた。

 アイザックの分はカゴに入れられているが、他の隊員用のものはトレイにそのまま積まれている。
 まぁ、そのほうが食べやすいよね。

 ルードがそのカートを引き、なんとか隊の休憩所に運び込めた。
 ありがとう、ルード。この重量を軽々運ぶなんて…さすがエリート隊員だ。

「トオル?!」
 俺の匂いに気づいて訓練を中断してきたらしいアイザックが顔をのぞかせた。
「お疲れ様。みんなに差し入れだよ。あ、アイザックはこっち。」
 アイザックに専用のカゴを手渡す。

「トオル…まさか俺たちが用意する食事に…」
「違うから。」
 王と同じ事を言おうとしている気配を察知したので食い気味に否定しておいた。

 むしろ日頃の食事にこれ以上気合を入れられたら困る。主に量的な意味で。

 一口、アイザックがからあげを頬張る。

「…嬉しいものだな。番が自分のために手料理を持ってきてくれる…いや、雄としては恥ずべきなのかも知れないが…。」

 目尻を下げて食べる表情で、喜んでくれているのがよくわかる。
しっぽも落ち着きなく揺れているから尚更だ。

「俺が好きでやってることだし、日頃の感謝なんだから恥だと思う必要はないよ。逆に、普段の自分が感謝されてるんだって思ってもらったほうがいい。」
 そう告げれば、大きな手で頭を撫でられた。

「あ、こっちのは隊のみんなに。休憩の時に食べてもらって。」
「わかった。ありがとう。」

 みんなの分を預け、今日の差し入れ任務完了。

 俺とルードは今から厨房に戻り、厨房のみんなと一緒にからあげ試食会とメニュー考案会だ。


 

 とりあえず、しばらく料理は作らなくていいかな…。
 大量の食事を作るのって大変だ…。


 

 ――――余談だが、その後既婚者の間で番の料理をオヤツに持ってくるのが流行ったという。
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