東京の空の下 ~猫と狐と天狗~

月夜野 すみれ

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猫の夢

中編

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 シロは天袋の箱と箱の隙間に入り込むと丸くなって目を閉じた。

 最近、おばあちゃんは寝ていることが多くなって、他の人間が良く来るようになった。
 おばあちゃんはやってきた人間にシロの餌やりなどを頼んでいたが、人間によってはくれないことがあった。
 お腹を空かせたシロがしつこく催促した時、他の人間がいないとおばあちゃんは布団から起き出して餌をくれたが、その後はすぐに横になってしまう。

 ある朝、シロはいつものように布団の横に行くとおばあちゃんに空腹を訴えた。

 しかしおばあちゃんはピクリとも動かない。
 目蓋まぶたも動かないし胸も上下していない。

 台所へ行ってシンクに飛び乗った。
 しかし何もない。

 仕方なく水だけ飲んでおばあちゃんの枕元に戻ると大声で鳴いた。
 それでもおばあちゃんは動かない。

 シロが大きな声で鳴き続けていると音が鳴った。

 この音は他の人間が訊ねてきた時に鳴るもので、これを聞くとおばあちゃんは出入り口を開けていた。
 しかし今日は音を聞いてもおばあちゃんは目を覚まさなかった。

 やがて誰かが窓の外から部屋の中を覗いた。
 シロの横で眠ったままのおばあちゃんを見ると人間は慌ててどこかにいった。

 少ししてから出入り口が開いたかと思うと人間達が出入りして慌ただしくなった。
 やってきた人間達がおばあちゃんを外に運び出す。

 開けっ放しになった戸から外に出てみたが、おばあちゃんはどこにいってしまったのか分からなかった。
 しばらく外を探し回ってから家に戻ると戸が閉まっている。

 家の外で鳴いてみたが戸は開かなかった。
 窓から中を覗いてもおばあちゃんの姿は見えなかった。
 まだ戻っていないらしい。

 閉め出されてしまって中へ入れないし腹も空いた。

 そのうち、どこからか良い匂いがしてきた。
 匂いを辿っていくと別の家だった。

 中へ入れないかと思ってしばらく前をうろうろしていたが扉も窓も開かなかった。

 道端に食べられそうなものが置いてあったが網が掛けてあって取り出せなかった。
 それでもなんとか網の隙間から取り出せないか試みているとやってきた人間に追い払われてしまった。

 喉が渇いたが水もない。
 探し回ってようやく見付けた水は変な臭いがして色々な物が浮いたいた。

 おばあちゃんのところではいつもきれいな水が飲めたのに。

 だが仕方ない。
 喉がカラカラだったからシロは我慢してそれを飲んだ。

 何度か家に戻ったがおばあちゃんはいなかった。
 中は暗いままだからずっと帰ってきていないのだろう。

 仕方なくシロはまた餌を探しに出掛けた。

 シロは、歩き食いをしている人間が落とした物や網が掛かっていないところに捨てられた物を食ってなんとか生きていた。

 家の近くを通り掛かった時、よその人間が話していた。

「この家に住んでいたおばあさん、亡くなったんですって」
「まだそんなにお歳じゃなかったのに」
「病気だったみたい」
 と言っていた。

『おばあさん』と言うのはおばあちゃんのことだろう。
『亡くなった』とはなんの事かよく分からなかった。

 鳥を捕まえるために飛び掛かろうとした時、動いた瞬間、鈴が鳴って逃げられてしまった。
 シロは鈴が付いている物を外して鳥を探しに向かった。

 餌を探して公園の前を通り掛かると声が聞こえてきた。
 人間が、おばあちゃんが良く見ていたものを見ながら話をしている。
 幼い人間達が人間の前に座ってそれを聞いていた。

「……『お話』を聞いてるんですって」
 そう話ながら二人連れの人間達が近くを通り過ぎていった。

 人間は何かに目を落としたまま声を出している。

「……乳母が満願を果たした日、娘は元気になりました」
 聞いていると、何かの話をしていた。
「豪華な衣裳に身を包んだ娘の姿を見届けた乳母は……」

 どうやらこれが『お話』というものらしい。
 話に区切りが付いたところで彼女は見ていた物を閉じるとそこから立ち去った。

 人間はよくそこで『お話』をしていた。
 シロは餌を探しに出ていない時は後ろの植え込みで丸くなって『お話』を聞いていた。

 ある日、空きっ腹を抱えて餌を探していると、人間の少女がやってきて缶を開けてくれた。
 シロが中身を平らげて缶を空にすると少女は缶を片付けて帰っていった。
 毎日ではないが少女は缶詰を持ってきてシロに餌をくれた。

 ある日、少女は、
「ごめんね、今日は家に忘れてきちゃったの」
 と言ってシロを撫でただけで行ってしまった。

 家……。

 家になら缶詰があるのだ。
 あの少女の家で暮らせないだろうか。

 そう思って後をいていった。

 出来るものならおばあちゃんのところに帰りたいのだが、おばあちゃんはいつまでっても戻ってこないし食べ物や水を探すのも大変だ。
 だからおばあちゃんが戻ってくるまで他の人間の家で暮らそうと思ったのだ。

 ホントはおばあちゃんが懐かしかった。

 匂いも、温もりも。
 またおばあちゃんの膝で丸くなって撫でてもらいたかった。
 またおばあちゃんの隣で眠りたい。

 シロがおばあちゃんのことを考えながら庭に回り込んで家の中を覗くと少女が家にいた子猫を抱き上げた。
 少女が猫に向ける表情を見てこの家は無理だと悟った。

 おばあちゃんがシロを可愛がってくれたように、少女にとっての一番はあの猫なのだ。

 仕方ない……。

 諦めてきびすを返し餌を探しに向かった。
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