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鯉の恋

第四話

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「で、用って?」
 祖母ちゃんが二人に質問した。
「娘を探してるの」
 主の女性が答えた。
 化生の娘なら普通の人間ではないだろう。
 最低でも半分は化生のはずだ。
「半分じゃなくて完全な化生よ。この二人の子供だから」
 祖母ちゃんが俺の心を読んだように言った。

 俺はそんなに表情に出るのか……?

 それはともかく――。

「俺達に探せるのか?」
「あんた達に頼みに来たんじゃないわよ」
 祖母ちゃんが言った。
 そりゃそうか。
 俺達のことは知らなかったのだから。

雨月うげつの耳に入ってないか聞きに来ただけなの」
 女性が答えた。
「じゃあ、祖母ちゃん抜きで行くか」
 俺は秀達に声を掛けると祖母ちゃんに顔を向けた。

「祖母ちゃん、俺達、あのマンションのお化けに話を聞きに行くから」
 俺がそう言うと祖母ちゃんは「分かった」というように頷いた。
「取りかれないように気を付けて」
「え!? やっぱり取り憑くのか!?」
「冗談よ」
「心臓に悪いからやめろ!」
 そんなやりとりをした後、俺達は祖母ちゃんをその場に残してマンションに向かった。
 雪桜が俺達にいてきたが祖母ちゃんが何も言わなかったということはおそらく大丈夫なのだろう。

 俺達が廊下を歩いて行くとこの前と同じところで白いものが現れた。

 俺は視線をらしながら立ち止まった。

「幽霊さんが出たの?」
 雪桜が俺に訊ねてきた。
「ああ」
「こーちゃん、怖いなら私の後ろに隠れててもいいよ」
 雪桜が無邪気な笑顔で言った。
「いや、大丈夫だ」
 俺は顔を引きらせながら答えた。
 女の子の後ろに隠れるのはさすがに羞恥しゅうちが優る。
 祖母ちゃんの後ろには隠れたが祖母ちゃんは見た目が女の子なだけで人間ではない。

「聞きたいことがあるんだがいいか?」
 高樹が俺達のやりとりを無視してお化けに声を掛けた。
 お化けがうなずく。
「あ、姿を現せるんなら現してくれ」
 俺が付け加えた。
「出てるでしょ」
 お化けが怪訝けげんそうな表情で答える。
「いや、彼女はお化けとか見えないから」
 俺はそう言ったがお化けは首をかしげている。

「まぁいい。ちょっと聞きたいんだが昨日ここに不動産業者が内見に来ただろ」
 高樹がそう言うと再度お化けが頷いた。
「その部屋で誰か消えたことはないか?」
「引越や夜逃げで出て行ったんじゃなくて何かに襲われて死んだりとか」
 高樹と秀が言った。

「悪い人に殺されたとかじゃなく?」
「人間以外の何かだ」
「待て! 殺人事件があったのか!?」
 俺が突っ込んだ。
 高樹はスルーしたが、化生やお化けではなくても凶悪な人間が出入りしているなら危険なことに代わりはない。
 むしろ退治すれば出てこなくなる化生の方がマシまである。
 例えばこのお化けがどこかで殺されて死体がここに運ばれてきて部屋の壁に埋まっていたりするなら危険な人間が出入りしているという事だ。
 それはそれで問題である。

「ここでは見たことない」
「ならどこで見たんだ?」
「テレビ」
「……お化けがテレビ持ってるのか?」
「このうちの人が良くてる」
 お化けがドアを指す。

 なんでお化けがテレビ観るんだよ……。

「ホントに人が襲われてるのは見たことない」
「今日不動産会社の人が女性を連れて内見に来たんだよね?」
 秀の問いにお化けが頷く。
「その家で人が失踪したことは?」
「空き家になった理由は?」
 秀と高樹が訊ねた。

「失踪はないと思うよ。その部屋の人は死んだの」
「なんで死んだんだ?」
「病気だと思う」
「分からないのか?」
 俺が訊ねた。

 お化けの話によると孤独死らしい。
 死因は知らないそうだ。
 病院で検死があって判明したとしても隣の家の幽霊に報告はしない。
 だからたまたま誰かが近くで話をしない限りお化けには分からないのだ。
 お化けが知っているのは異臭に気付いた管理人が通報して警察などが来たことと、その後、誰かが来て家具などを運び出していったことだけだった。

「病死で家賃が安くなるものなのかな? その亡くなった人も出るの?」
「ガス中毒で亡くなったとかじゃないか? 欠陥住宅でしょっちゅうガス漏れするとか」
 秀と俺がそう言うと高樹が露骨に嫌そうな表情になった。
 お化けが何人もいるリアルお化け屋敷も、いつ事故が起きるか分からない欠陥ロシアンルーレット部屋も、どちらも願い下げだからだろう。

「違うよ。新聞に出たからだよ」
 お化けが言った。
「何が?」
「発見された時の様子が」
 お化けの言葉の意味が分からなくて首をかしげる。
「遺体にハエが沢山いて網戸にびっしり付いててまるで黒い布が動い……」
「よせ!」
 高樹がお化けの言葉を遮った。
 お化けや化生は平気でも大量のハエは嫌なのだろう。

 沢山のハエとか別の意味でホラーだもんな……。
 ハエを見る度に網戸をおおくすハエの大群を想像するだろうし……。

「……えっと、その前の人は?」
 雪桜がお化けがいるであろう方向を見ながら言った。
 お化けが見えないし声も聞こえないから俺や秀が雪桜にお化けの言葉を伝えていたのである。
「前の人?」
 お化けが怪訝そうな表情を浮かべる。
「そっか、不動産会社の人が怖がってたのは失踪が二度目だったからだよね」
 秀が言った。

 そういえばそうだった……。

 頼母がわざわざ俺達に教えに来たのも失踪が初めてではないと聞いたからだ。
 俺達はお化けに色々聞いてみたが、思い当たる節がなくて何を知りたいのか分からないのか要領を得なかった。

 お化けは隣の部屋で自殺したらしい。
 遺体は発見されて葬式も済んだとのことだったので壁に死体が埋まっているわけではないそうだ。

 死体を見付けて供養してやれば出てこなくなるかもしれないと思ったのに……。

「おい、お前達!」
 不意に男の声がした。
 振り返ると警備員が歩いてくるところだった。
「ヤバい……!」
 俺は焦ったが警備員は俺達の横を素通りして行ってしまった。
 そのまま突き当たりの階段から下に降りていく。

「まだ話は終わらないの?」
 いつの間にか来ていた祖母ちゃんが言った。
「祖母ちゃん……助かった」
 また警備員を化かしてくれたのだ。
「とりあえず出直そう」
 高樹の言葉に俺達はマンションを後にして近くのファーストフード店に入った。
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