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第十章 天泣
第十章 第一話
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第十章 天泣
「まぁ、政夫さん殺害を持ち掛けたのがあんたじゃないなら、その件では逮捕出来ないな」
「当然だ」
剛が虚勢を張る。
「と言う訳で……田中剛、田中尚子殺害の容疑で逮捕する」
紘彬の合図で如月が逮捕状を読み上げ始める。
「尚子の事件はもう時効……!」
「殺人事件の時効は無くなったんだよ。無くなってなかったとしても二十五年だから、どっちにしろまだ時効じゃない」
「二十五年? 十五年じゃ……」
「ホントに情報が古いな。それは二〇〇四年までだ」
二〇〇四年に法改正で時効が二十五年に延び、更にほんの数日前、時効廃止が成立して即日施行され殺人事件の時効は無くなった。
「もしかして、二〇一四年に時効になったお祝いでもしてたか? なら糠喜びだったな」
「ホントにお前が尚子や政夫を殺したのか? 由美さんや真美まで……」
陽平が信じられないと言う表情で訊ねた。
「政夫だけ殺しても真美が残ってたら、政夫が相続する遺産は真美に行くだろ!」
「代襲相続の事は知ってるんだな」
「桜井さん!」
意外そうに言った紘彬を如月が窘めた。
剛がむっとした表情を浮かべる。
遺産相続は配偶者が半分、残り半分が子供の分で兄弟がいればそれを分ける事になる。
陽平の場合なら昌子が半分受け取り、残り半分を剛、政夫、尚子が相続する事になっていた。
つまり二分の一を三人で分けるので六分の一だった。
尚子は子供がいなかったから、亡くなった時点で陽平の遺産を受け取れる子供は剛と政夫の二人(四分の一)になった。
政夫は尚子と違って子供(真美)がいる。
政夫が死んでも真美が生きていれば政夫の相続権は代襲相続として、そのまま子供(真美)が受け継ぐから剛の相続分は四分の一のままだ。
真美に子供がいる場合、真美を殺しても真美の子供が再代襲という形で陽平の遺産の相続権が移る。
相続権は胎児であっても発生するし真美は子供を産める歳だ。
いつ子供が出来てもおかしくない。
真美が子供を産んだとしたら政夫と真美を殺しても、真美の子供が陽平の遺産を再代襲する。
政夫だけ殺しても、政夫の下の世代がいる限り剛の相続分は四分の一のままである。
剛が子供の相続分を独り占めするには政夫だけではなく下の世代も殺す必要があったのだ。
「ま、遺産目当てで他の相続人を殺すと相続権は剥奪されるから政夫さんを殺す前にお前の相続権は無くなってたんだけどな」
尚子が殺された頃、既にシスABは発見されていた。
AB型の遺体がAB型とO型の夫婦の子供のはずがないなどとという先入観を持たずにDNAによる親子鑑定をしていれば、遺体が尚子だという事が分かったし、そうなれば滑車から遺体の血縁者の血痕が検出された時点で、二人の兄に疑いの目を向けていたはずだ。
事件直後ならもっと沢山の物的証拠を見付けることが出来ただろう。
尚子の事件で剛が逮捕されていれば政夫一家――真美が殺される事もなかったはずだ。
「尚子さんは遺産目当てじゃなかったって言っても無駄だぞ。今、自分で認めたからな。ここにいる全員が聞いてたから言い逃れは出来ない」
紘彬はそう言ってからテーブルの上に置いてある小さな箱を指した。
「あれはオンライン会議用のカメラとマイクだ。音声を拾うと自動的に撮影を始めるんだ」
だからわざわざ会議室に呼び出したのである。
「今のやりとりは全部隣の部屋で他の刑事達も見てたし記録もしてる。そうじゃなくても小林次郎のデータもあるしな。今頃、田中政夫一家の強盗殺人教唆で逮捕状取りに行ってるはずだぞ。てことで、まどかちゃん、上田、頼む」
紘彬がカメラに向かって声を掛けるとドアが開いて団藤と上田が入ってきて剛に手錠を掛けると部屋から連れ出した。
その様子を陽平と昌子が呆然と見送った。
「財産目当てに弟妹を殺すなんて……」
信じられないと言う表情で陽平が呟いた。
「以前、お宅に伺ったとき先代の社長から会社を陽平さんが引き継いだって仰ってましたよね」
「え、ええ」
紘彬の言葉に不意を突かれた表情で陽平が振り向き頷いた。
「峰ヶ崎株式会社は最初はお菓子の会社でしたよね」
「うちの会社まで調べたんですか?」
陽平が不愉快そうな表情を浮かべた。
「祖父が言ってたんです。曾祖母が峰ヶ崎のお菓子が好きで、祖父を上野動物園に連れていった帰りは必ず峰ヶ崎菓子店に立ち寄っていたと」
紘彬の言葉に陽平の表情が和らいだ。
「菓子が入っていた缶は小物入れとして未だ使ってますよ。祖父はその缶を見る度に曾祖母と一緒に食べたのを思い出すと言ってました」
「それは申し訳ない」
陽平が笑いながら謝った。
「会社の経営が厳しくなった時に金属加工を始めたんですよ。それがちょうど高度成長期の始め頃で運良く波に乗れたものでそのまま金属加工に変えたんですよ」
「高度成長期って終戦直後ですよね? 陽平さんはそんなお歳には見えませんが」
「いえ、高度成長の最初の神武景気でも終戦から十年近く経ってますよ」
陽平が苦笑いした。
「そうですか。祖父母が小さかった頃なので高度成長期の話はほとんど聞いた事なくて……」
「もう歴史の話になってしまってるんですね」
陽平が遠くを見るような表情を浮かべた。
「まぁ、政夫さん殺害を持ち掛けたのがあんたじゃないなら、その件では逮捕出来ないな」
「当然だ」
剛が虚勢を張る。
「と言う訳で……田中剛、田中尚子殺害の容疑で逮捕する」
紘彬の合図で如月が逮捕状を読み上げ始める。
「尚子の事件はもう時効……!」
「殺人事件の時効は無くなったんだよ。無くなってなかったとしても二十五年だから、どっちにしろまだ時効じゃない」
「二十五年? 十五年じゃ……」
「ホントに情報が古いな。それは二〇〇四年までだ」
二〇〇四年に法改正で時効が二十五年に延び、更にほんの数日前、時効廃止が成立して即日施行され殺人事件の時効は無くなった。
「もしかして、二〇一四年に時効になったお祝いでもしてたか? なら糠喜びだったな」
「ホントにお前が尚子や政夫を殺したのか? 由美さんや真美まで……」
陽平が信じられないと言う表情で訊ねた。
「政夫だけ殺しても真美が残ってたら、政夫が相続する遺産は真美に行くだろ!」
「代襲相続の事は知ってるんだな」
「桜井さん!」
意外そうに言った紘彬を如月が窘めた。
剛がむっとした表情を浮かべる。
遺産相続は配偶者が半分、残り半分が子供の分で兄弟がいればそれを分ける事になる。
陽平の場合なら昌子が半分受け取り、残り半分を剛、政夫、尚子が相続する事になっていた。
つまり二分の一を三人で分けるので六分の一だった。
尚子は子供がいなかったから、亡くなった時点で陽平の遺産を受け取れる子供は剛と政夫の二人(四分の一)になった。
政夫は尚子と違って子供(真美)がいる。
政夫が死んでも真美が生きていれば政夫の相続権は代襲相続として、そのまま子供(真美)が受け継ぐから剛の相続分は四分の一のままだ。
真美に子供がいる場合、真美を殺しても真美の子供が再代襲という形で陽平の遺産の相続権が移る。
相続権は胎児であっても発生するし真美は子供を産める歳だ。
いつ子供が出来てもおかしくない。
真美が子供を産んだとしたら政夫と真美を殺しても、真美の子供が陽平の遺産を再代襲する。
政夫だけ殺しても、政夫の下の世代がいる限り剛の相続分は四分の一のままである。
剛が子供の相続分を独り占めするには政夫だけではなく下の世代も殺す必要があったのだ。
「ま、遺産目当てで他の相続人を殺すと相続権は剥奪されるから政夫さんを殺す前にお前の相続権は無くなってたんだけどな」
尚子が殺された頃、既にシスABは発見されていた。
AB型の遺体がAB型とO型の夫婦の子供のはずがないなどとという先入観を持たずにDNAによる親子鑑定をしていれば、遺体が尚子だという事が分かったし、そうなれば滑車から遺体の血縁者の血痕が検出された時点で、二人の兄に疑いの目を向けていたはずだ。
事件直後ならもっと沢山の物的証拠を見付けることが出来ただろう。
尚子の事件で剛が逮捕されていれば政夫一家――真美が殺される事もなかったはずだ。
「尚子さんは遺産目当てじゃなかったって言っても無駄だぞ。今、自分で認めたからな。ここにいる全員が聞いてたから言い逃れは出来ない」
紘彬はそう言ってからテーブルの上に置いてある小さな箱を指した。
「あれはオンライン会議用のカメラとマイクだ。音声を拾うと自動的に撮影を始めるんだ」
だからわざわざ会議室に呼び出したのである。
「今のやりとりは全部隣の部屋で他の刑事達も見てたし記録もしてる。そうじゃなくても小林次郎のデータもあるしな。今頃、田中政夫一家の強盗殺人教唆で逮捕状取りに行ってるはずだぞ。てことで、まどかちゃん、上田、頼む」
紘彬がカメラに向かって声を掛けるとドアが開いて団藤と上田が入ってきて剛に手錠を掛けると部屋から連れ出した。
その様子を陽平と昌子が呆然と見送った。
「財産目当てに弟妹を殺すなんて……」
信じられないと言う表情で陽平が呟いた。
「以前、お宅に伺ったとき先代の社長から会社を陽平さんが引き継いだって仰ってましたよね」
「え、ええ」
紘彬の言葉に不意を突かれた表情で陽平が振り向き頷いた。
「峰ヶ崎株式会社は最初はお菓子の会社でしたよね」
「うちの会社まで調べたんですか?」
陽平が不愉快そうな表情を浮かべた。
「祖父が言ってたんです。曾祖母が峰ヶ崎のお菓子が好きで、祖父を上野動物園に連れていった帰りは必ず峰ヶ崎菓子店に立ち寄っていたと」
紘彬の言葉に陽平の表情が和らいだ。
「菓子が入っていた缶は小物入れとして未だ使ってますよ。祖父はその缶を見る度に曾祖母と一緒に食べたのを思い出すと言ってました」
「それは申し訳ない」
陽平が笑いながら謝った。
「会社の経営が厳しくなった時に金属加工を始めたんですよ。それがちょうど高度成長期の始め頃で運良く波に乗れたものでそのまま金属加工に変えたんですよ」
「高度成長期って終戦直後ですよね? 陽平さんはそんなお歳には見えませんが」
「いえ、高度成長の最初の神武景気でも終戦から十年近く経ってますよ」
陽平が苦笑いした。
「そうですか。祖父母が小さかった頃なので高度成長期の話はほとんど聞いた事なくて……」
「もう歴史の話になってしまってるんですね」
陽平が遠くを見るような表情を浮かべた。
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