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第九章 卯の花腐し
第九章 第四話
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「火事は想定外だったんだろ。倉庫の隣にあった店の火の不始末だからな。顔が分かる状態の遺体と鞄の中の遺書が発見されて自殺と断定されるはずだったんだろ」
だが火事が起きて遺体が焼けてしまった。
しかも何故か歯科のカルテは別人のものだった。
「なぜだ! どうして尚子を……!」
「あの時、私の会社は倒産しかけていた! なのに親父は金を貸してくれなかった!」
「儂の会社も危なかったんだ! お前が大学に入った年に取引先が不渡り出したのを知ってるだろ! あれ以来、うち会社はずっと危ない状態だったんだ!」
「尚子に金が掛かるから出せないって言ってただろ! それなら尚子がいなくなれば金を出さずに済むじゃないか! 尚子の生命保険は自殺でも支払われるから……!」
「だから遺体が早く発見されて欲しかったのか。身元が分かる状態で。保険金が下りればその金が借りられると思ったんだな」
「尚子には遺産の相続権もあったんだ! 養女の尚子に遺産まで……」
「尚子は養女じゃないって何度言えば分かるの!」
昌子が叫んだ。
どうやら今までに何回も同じやりとりをしてきたらしい。
「嘘だ! 尚子は……!」
「あんた、ホントに若い頃から家族を蔑ろにしてたんだな」
「何を……」
「大学在学中、帰省しなかったんだろ。でなきゃ、お腹の大きい昌子さんを見てるはずだからな。妊娠を知らなかったってことは連絡すら碌に取ってなかったんだろ」
「連絡は取ってた。子供が出来たって話は聞いてたが予定の一ヶ月前に具合が悪くなって救急搬送されたんだ」
剛が言った。
「だから帰った時に子供がいるのを見て、生まれなかった子供の代わりに養子を……」
「親が救急搬送されたのにどうなったのか聞かなかったのかよ。子供が一人もいなかったならまだしも、大きい息子が二人もいたんだ。昌子さんの年を考えれば予定外の子だろ。作る気がなかった子が生まれなかったからって養子なんか取るかよ」
剛が言葉に詰まる。
「尚子さんは実の子だよ。間違いなく血が繋がってる」
紘彬が言った。
「バカも休み休み言え。尚子は……」
「なら、なんであんたを疑ってDNAを調べたと思ってるんだ」
「それは……」
「滑車の血痕と遺体はDNA鑑定で血縁関係があるって判明してたからだよ。兄弟の血痕だって事が分かっていれば遺体の身元が判明したら後は兄弟を調べればいいだけだ」
「兄弟なら政夫も……」
「当然、政夫氏も調べた。殺害されて司法解剖に回されたからDNAサンプルがあったんでな」
鑑定の結果、血痕は政夫のものではなかった。
となると残る兄弟は剛しかいない。
それでDNAを採取するためにエアコンを止めて部屋の中を暑くした上で冷たいお茶を出したのだ。
「AB型とO型からはAB型は生まれない。尚子はAB型じゃなかったって事か?」
「高校の生物だな」
「そうだ! こんなの常識……」
「高校ではそこまでしか習わないって意味だ」
「どういう事だ」
紘彬は手帳に二本の線を引いて片方の真ん中にA、もう一方にBと書いて血液型の説明をした。
「その通りだ。だから……」
「これはあくまでメンデルの遺伝の法則。基礎の基礎。血液学だとランドシュタイナーの法則って言うけどな。自分や政夫氏も実の子じゃないって思ってたのか?」
「どういうことだ」
「自分や政夫氏の血液型知ってたら妹と血が繋がってないなんて思わないだろ」
「俺も政夫もB型だ」
「昌子さんは昔、手術してるな。輸血に備えて血液検査を受けなかったのか?」
紘彬の指摘に気不味そうに口を噤む。
どうやら血液を提供すると申し出なかったらしい。
「政夫氏は輸血を申し出たのに出来なかっただろ。その感じだと、未だにAB型は何型からも輸血を受けられるって思ってるんじゃないか? だったらB型の弟が血液提供出来なかったことに疑問を持たなかったのか?」
剛の視線が泳いだ。
おそらく弟も輸血のための検査を受けなかったと思っていたのだろう。
だから血液を提供出来ないと言われたと聞いて提供しないための嘘だと考えたようだ。
「政夫さんとあんたはO型だが間違いなく陽平さんと昌子さんと血が繋がってるし、陽平さんがO型、昌子さんがAB型なのも事実だ」
紘彬はそう言ってシスAB型の説明をした。
「じゃあ、俺達がB型って言うのは……」
「新生児の時の検査ミスは珍しくなかったからな」
血液型というのは何型に反応するかで判断しているが、この反応というのは実は免疫反応なのだ。
A型はA抗原、B型はB抗原を持っている。O型は抗原が無い=数字の〇と言う意味である。
自分が持っている抗原に対する抗体は出来ないが、持っていない抗原に対する抗体は出来る。
このA抗原やB抗原は細菌も持っている。
A型の人間の場合、A抗原に対する抗A抗原は出来ないがB抗原に対する抗B抗原は出来る。
O型はどちらの抗原も持たないので両方に対する抗体が出来る。
腸内細菌が持っている抗原に対する抗体が出来ることにより血液型の反応が出るのだが出生直後はまだ抗体が少ないから反応が弱い。
そのため検査で間違えることがあるのだ。
輸血が必要なわけでもないなら出生時の検査は簡単にするだけなので後で再検査をしたら間違っていたというケースは意外とあった。
「政夫氏みたいにきちんと検査を受けてれば説明されたんだろうがな」
「…………」
「それより、ずっと疑問だったんだが……政夫氏を殺させたのも遺産が理由か?」
「言い掛かりだ! 政夫の事件まで私のせいにされてたまるか!」
「本当に関係ないか?」
「当たり前だ!」
「そうか、なら心配ないな」
「ああ、そうだ。逮捕なん……」
「闇サイトの仕返しの方だ」
紘彬の言葉に剛が、ぎょっとした表情を浮かべる。
「政夫氏一家殺害事件の実行犯の一人は河野満夫。河野に政夫氏の家を襲うように指示したのが遠藤勇二。その二人を逮捕した」
「知らん」
「ネットでは匿名だったからな」
「私じゃないって言ってるだろ!」
「じゃあ、〝あんたじゃない誰か〟でいいよ。〝あんたじゃない誰か〟が闇サイトの指示役に政夫氏は会社の社長で大金持ちだと吹き込んだ」
だが火事が起きて遺体が焼けてしまった。
しかも何故か歯科のカルテは別人のものだった。
「なぜだ! どうして尚子を……!」
「あの時、私の会社は倒産しかけていた! なのに親父は金を貸してくれなかった!」
「儂の会社も危なかったんだ! お前が大学に入った年に取引先が不渡り出したのを知ってるだろ! あれ以来、うち会社はずっと危ない状態だったんだ!」
「尚子に金が掛かるから出せないって言ってただろ! それなら尚子がいなくなれば金を出さずに済むじゃないか! 尚子の生命保険は自殺でも支払われるから……!」
「だから遺体が早く発見されて欲しかったのか。身元が分かる状態で。保険金が下りればその金が借りられると思ったんだな」
「尚子には遺産の相続権もあったんだ! 養女の尚子に遺産まで……」
「尚子は養女じゃないって何度言えば分かるの!」
昌子が叫んだ。
どうやら今までに何回も同じやりとりをしてきたらしい。
「嘘だ! 尚子は……!」
「あんた、ホントに若い頃から家族を蔑ろにしてたんだな」
「何を……」
「大学在学中、帰省しなかったんだろ。でなきゃ、お腹の大きい昌子さんを見てるはずだからな。妊娠を知らなかったってことは連絡すら碌に取ってなかったんだろ」
「連絡は取ってた。子供が出来たって話は聞いてたが予定の一ヶ月前に具合が悪くなって救急搬送されたんだ」
剛が言った。
「だから帰った時に子供がいるのを見て、生まれなかった子供の代わりに養子を……」
「親が救急搬送されたのにどうなったのか聞かなかったのかよ。子供が一人もいなかったならまだしも、大きい息子が二人もいたんだ。昌子さんの年を考えれば予定外の子だろ。作る気がなかった子が生まれなかったからって養子なんか取るかよ」
剛が言葉に詰まる。
「尚子さんは実の子だよ。間違いなく血が繋がってる」
紘彬が言った。
「バカも休み休み言え。尚子は……」
「なら、なんであんたを疑ってDNAを調べたと思ってるんだ」
「それは……」
「滑車の血痕と遺体はDNA鑑定で血縁関係があるって判明してたからだよ。兄弟の血痕だって事が分かっていれば遺体の身元が判明したら後は兄弟を調べればいいだけだ」
「兄弟なら政夫も……」
「当然、政夫氏も調べた。殺害されて司法解剖に回されたからDNAサンプルがあったんでな」
鑑定の結果、血痕は政夫のものではなかった。
となると残る兄弟は剛しかいない。
それでDNAを採取するためにエアコンを止めて部屋の中を暑くした上で冷たいお茶を出したのだ。
「AB型とO型からはAB型は生まれない。尚子はAB型じゃなかったって事か?」
「高校の生物だな」
「そうだ! こんなの常識……」
「高校ではそこまでしか習わないって意味だ」
「どういう事だ」
紘彬は手帳に二本の線を引いて片方の真ん中にA、もう一方にBと書いて血液型の説明をした。
「その通りだ。だから……」
「これはあくまでメンデルの遺伝の法則。基礎の基礎。血液学だとランドシュタイナーの法則って言うけどな。自分や政夫氏も実の子じゃないって思ってたのか?」
「どういうことだ」
「自分や政夫氏の血液型知ってたら妹と血が繋がってないなんて思わないだろ」
「俺も政夫もB型だ」
「昌子さんは昔、手術してるな。輸血に備えて血液検査を受けなかったのか?」
紘彬の指摘に気不味そうに口を噤む。
どうやら血液を提供すると申し出なかったらしい。
「政夫氏は輸血を申し出たのに出来なかっただろ。その感じだと、未だにAB型は何型からも輸血を受けられるって思ってるんじゃないか? だったらB型の弟が血液提供出来なかったことに疑問を持たなかったのか?」
剛の視線が泳いだ。
おそらく弟も輸血のための検査を受けなかったと思っていたのだろう。
だから血液を提供出来ないと言われたと聞いて提供しないための嘘だと考えたようだ。
「政夫さんとあんたはO型だが間違いなく陽平さんと昌子さんと血が繋がってるし、陽平さんがO型、昌子さんがAB型なのも事実だ」
紘彬はそう言ってシスAB型の説明をした。
「じゃあ、俺達がB型って言うのは……」
「新生児の時の検査ミスは珍しくなかったからな」
血液型というのは何型に反応するかで判断しているが、この反応というのは実は免疫反応なのだ。
A型はA抗原、B型はB抗原を持っている。O型は抗原が無い=数字の〇と言う意味である。
自分が持っている抗原に対する抗体は出来ないが、持っていない抗原に対する抗体は出来る。
このA抗原やB抗原は細菌も持っている。
A型の人間の場合、A抗原に対する抗A抗原は出来ないがB抗原に対する抗B抗原は出来る。
O型はどちらの抗原も持たないので両方に対する抗体が出来る。
腸内細菌が持っている抗原に対する抗体が出来ることにより血液型の反応が出るのだが出生直後はまだ抗体が少ないから反応が弱い。
そのため検査で間違えることがあるのだ。
輸血が必要なわけでもないなら出生時の検査は簡単にするだけなので後で再検査をしたら間違っていたというケースは意外とあった。
「政夫氏みたいにきちんと検査を受けてれば説明されたんだろうがな」
「…………」
「それより、ずっと疑問だったんだが……政夫氏を殺させたのも遺産が理由か?」
「言い掛かりだ! 政夫の事件まで私のせいにされてたまるか!」
「本当に関係ないか?」
「当たり前だ!」
「そうか、なら心配ないな」
「ああ、そうだ。逮捕なん……」
「闇サイトの仕返しの方だ」
紘彬の言葉に剛が、ぎょっとした表情を浮かべる。
「政夫氏一家殺害事件の実行犯の一人は河野満夫。河野に政夫氏の家を襲うように指示したのが遠藤勇二。その二人を逮捕した」
「知らん」
「ネットでは匿名だったからな」
「私じゃないって言ってるだろ!」
「じゃあ、〝あんたじゃない誰か〟でいいよ。〝あんたじゃない誰か〟が闇サイトの指示役に政夫氏は会社の社長で大金持ちだと吹き込んだ」
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