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第九章 卯の花腐し
第九章 第二話
しおりを挟む 刑事に礼を言って玄関に向かうと例の記者が騒いでいて、それを職員が制止している。
紘彬が無視して通り過ぎようとすると、
「どういう事だよ! 闇サイトの指示役は捕まえたんじゃなかったのかよ!」
記者が紘彬に食って掛かってきた。
「捕まえたぞ」
「なら昨日の強盗事件はどういう事だ! なんで起きたんだよ!」
記者の言葉に昨日の強盗事件はここの管轄だったことを思い出した。
「なんで怒ってんだ? お前の飯の種が増えたんだぞ」
「俺の親父が死んだんだぞ! あんたには人の心がないのか!」
「大切な人を失ったのは蒼治も同じだ。でもお前は蒼治にしつこく付き纏ってた。蒼治とお前の何が違うんだ」
記者が一瞬言葉に詰まった。
「闇サイトの指示役は捕まえたんじゃなかったのかよ!」
「捕まえた」
「じゃあ、昨日のはなんなんだよ! なんで起きた!」
「組織は一つじゃないからだよ。それに昨日のは模倣犯だ」
「模倣犯?」
「お前が自分で言ったんだろ。知る権利があるって。ヤツらはその権利を行使したんだよ。お前が書いた記事を読んでそれを真似したんだ」
「嘘だ!」
「そう思うなら面会に行って聞いてみろ。犯人達のスマホにお前の記事があったそうだし、それを真似したって話だ」
「けど、警察がもっと厳しく取り締まってれば……」
「何を取り締まるんだよ」
「何って……」
「記事を読んで思い付いただけで未だ何もしてないヤツを片っ端から逮捕しろってのか? 報道の自由の侵害は悪くて思想信条の自由は侵害して良いかよ」
「犯罪を考えるヤツの自由なんか……!」
「お前、今、俺を殴りたいとか思ってないか? 殴るのは暴行罪だからお前も暴行を企てたって事で逮捕されることになるぞ。それでもいいのか?」
殴りたいと思っていたのだろう。
記者が唇を噛み締めた。
「言ったはずだ。本当に誰もが知る必要がある情報なのかって。こういう事なんだよ。自分にも出来そうだと思うと真似するヤツが出てくるんだ」
紘彬はそう言うと記者がそれ以上何か言う前に背を向けて外に出た。
「わざわざ来て頂いてすみません」
そう言った紘彬の前に田中陽平と、その長男の剛が座っていた。
「尚子の遺品ってどういう事ですか? なんで私まで」
剛が不満そうに言った。
「どうぞ」
如月がプラスチックの使い捨てカップでお茶を出した。
「使い捨てカップですか」
剛が咎めるように言った。
一見、環境に優しくないと非難しているように聞こえるが実際には安物のカップで出すなんて無礼だと怒っているのだろう。
「尚子さんの遺体の発見現場近くで見付かった物の中に持ち主の分からないものがありました。尚子さんの所持品なら犯人の手懸かりになるかもしれないので」
紘彬はそう言って証拠品袋を二人の目の前に並べていった。
「両親はともかく、私に聞く必要がありますかな」
剛が傲慢な態度で言った。
「兄弟ならプレゼントする機会があったのでは? 誕生日とかクリスマスとか」
紘彬はそう言ってポケットから花をあしらったデザインの可愛らしいキーホルダーを取り出して見せた。
「これは姉からクリスマスに貰ったものです」
紘彬の言葉に剛が黙り込むとキーホルダーを仕舞った。
剛は腕を組んだまま申し訳程度に証拠品袋を眺めただけだったが、陽平は一つ一つ手に取ってじっくりと見詰め、それから妻の昌子に手渡す。
昌子も見覚えがあるか考えるように時間を掛けて見ていく。
紘彬がお茶に口を付けてから、
「失礼、今日は暑いので」
と詫びた。
確かに室内はこの季節にしては蒸し暑かった。
カップが汗をかいているくらいだから中に入っているのは冷たいお茶だ。
剛も両親が証拠品袋の検分が終わるのを待つ間にお茶を飲んだ。
すぐに如月がお代わりを注ぐ。
最後の証拠品袋を昌子に手渡した陽平もお茶を口にする。
「どれも見覚えがありません」
昌子がそう言って証拠品袋を置いた。
「そうですか、ご足労をお掛けして申し訳ありませんでした」
紘彬がそう言って立ち上がると、
「お持ちになりますか?」
と言ってカップを指した。
陽平と昌子は首を振った。
「捨てていい」
剛はそう言うと両親と共に部屋から出て言った。
紘彬が家の近くまで来た時、
「紘兄」
蒼治が声を掛けてきた。
「蒼治、どうした?」
「聞きたい事があって」
「なんだ?」
「その……証言って外国に住んでても出来る?」
「毎回証言が必要なわけじゃないからな。傍聴したいとかじゃなければそんなに頻繁に裁判に行く必要ないぞ」
「じゃあ、海外に行っても大丈夫?」
「証人の居住地は関係ないからな。証言の度に帰国するのは大変だと思うが」
「そのくらい、真美のためならなんでもないよ」
「なら問題ない」
「そっか、ありがと」
蒼治はそう言うと踵を返した。
紘彬は黙ってその背中を見送った。
「大久保さん、ホントに良いの?」
紘一が大久保に訊ねた。
晃治の会社で行われているパーティの最中だった。
大久保が正社員になったので歓迎会が開かれているのだ。
「うん」
「作曲は?」
「続けるけど……作曲家になるチャンスは減ると思う」
「それでいいの?」
「……この前、バイトでライブハウスに行ったんだ」
どこにチャンスが落ちているか分からないから音楽関係のバイトを優先的にやっていた。
そこで、やはりバイトをしている四十代の人と会って話をした。
今更正社員になりたくてももう遅い。
この年までバイトとなると就職出来るところは限られるし、なんとか正規雇用されたとしてもバイト代と大して変わらないような安月給で拘束時間が増えるだけだ。
引くに引けないところまで来てしまったのでチャンスが巡ってくる僅かな可能性に掛けてバイトを続けるしかない。
それを聞いて不安に押し潰されそうになった。
彼は自分の十年後の姿かもしれない。
それどころか下手したら二十年後や三十年後の姿でもあるかもしれないのだ。
今ならまだ正社員への道が残されている。
この前、同窓会で行った時に再会したクラスメイトと付き合い始めた事が決定打になった。
正社員になればいつ家庭を持つ事も出来るかもしれない。
それで心を決めた。
「彼女と結婚するかはまだ分からないけどね」
大久保はそう言って笑うと、他の社員に声を掛けられて話し始めた。
紘彬が無視して通り過ぎようとすると、
「どういう事だよ! 闇サイトの指示役は捕まえたんじゃなかったのかよ!」
記者が紘彬に食って掛かってきた。
「捕まえたぞ」
「なら昨日の強盗事件はどういう事だ! なんで起きたんだよ!」
記者の言葉に昨日の強盗事件はここの管轄だったことを思い出した。
「なんで怒ってんだ? お前の飯の種が増えたんだぞ」
「俺の親父が死んだんだぞ! あんたには人の心がないのか!」
「大切な人を失ったのは蒼治も同じだ。でもお前は蒼治にしつこく付き纏ってた。蒼治とお前の何が違うんだ」
記者が一瞬言葉に詰まった。
「闇サイトの指示役は捕まえたんじゃなかったのかよ!」
「捕まえた」
「じゃあ、昨日のはなんなんだよ! なんで起きた!」
「組織は一つじゃないからだよ。それに昨日のは模倣犯だ」
「模倣犯?」
「お前が自分で言ったんだろ。知る権利があるって。ヤツらはその権利を行使したんだよ。お前が書いた記事を読んでそれを真似したんだ」
「嘘だ!」
「そう思うなら面会に行って聞いてみろ。犯人達のスマホにお前の記事があったそうだし、それを真似したって話だ」
「けど、警察がもっと厳しく取り締まってれば……」
「何を取り締まるんだよ」
「何って……」
「記事を読んで思い付いただけで未だ何もしてないヤツを片っ端から逮捕しろってのか? 報道の自由の侵害は悪くて思想信条の自由は侵害して良いかよ」
「犯罪を考えるヤツの自由なんか……!」
「お前、今、俺を殴りたいとか思ってないか? 殴るのは暴行罪だからお前も暴行を企てたって事で逮捕されることになるぞ。それでもいいのか?」
殴りたいと思っていたのだろう。
記者が唇を噛み締めた。
「言ったはずだ。本当に誰もが知る必要がある情報なのかって。こういう事なんだよ。自分にも出来そうだと思うと真似するヤツが出てくるんだ」
紘彬はそう言うと記者がそれ以上何か言う前に背を向けて外に出た。
「わざわざ来て頂いてすみません」
そう言った紘彬の前に田中陽平と、その長男の剛が座っていた。
「尚子の遺品ってどういう事ですか? なんで私まで」
剛が不満そうに言った。
「どうぞ」
如月がプラスチックの使い捨てカップでお茶を出した。
「使い捨てカップですか」
剛が咎めるように言った。
一見、環境に優しくないと非難しているように聞こえるが実際には安物のカップで出すなんて無礼だと怒っているのだろう。
「尚子さんの遺体の発見現場近くで見付かった物の中に持ち主の分からないものがありました。尚子さんの所持品なら犯人の手懸かりになるかもしれないので」
紘彬はそう言って証拠品袋を二人の目の前に並べていった。
「両親はともかく、私に聞く必要がありますかな」
剛が傲慢な態度で言った。
「兄弟ならプレゼントする機会があったのでは? 誕生日とかクリスマスとか」
紘彬はそう言ってポケットから花をあしらったデザインの可愛らしいキーホルダーを取り出して見せた。
「これは姉からクリスマスに貰ったものです」
紘彬の言葉に剛が黙り込むとキーホルダーを仕舞った。
剛は腕を組んだまま申し訳程度に証拠品袋を眺めただけだったが、陽平は一つ一つ手に取ってじっくりと見詰め、それから妻の昌子に手渡す。
昌子も見覚えがあるか考えるように時間を掛けて見ていく。
紘彬がお茶に口を付けてから、
「失礼、今日は暑いので」
と詫びた。
確かに室内はこの季節にしては蒸し暑かった。
カップが汗をかいているくらいだから中に入っているのは冷たいお茶だ。
剛も両親が証拠品袋の検分が終わるのを待つ間にお茶を飲んだ。
すぐに如月がお代わりを注ぐ。
最後の証拠品袋を昌子に手渡した陽平もお茶を口にする。
「どれも見覚えがありません」
昌子がそう言って証拠品袋を置いた。
「そうですか、ご足労をお掛けして申し訳ありませんでした」
紘彬がそう言って立ち上がると、
「お持ちになりますか?」
と言ってカップを指した。
陽平と昌子は首を振った。
「捨てていい」
剛はそう言うと両親と共に部屋から出て言った。
紘彬が家の近くまで来た時、
「紘兄」
蒼治が声を掛けてきた。
「蒼治、どうした?」
「聞きたい事があって」
「なんだ?」
「その……証言って外国に住んでても出来る?」
「毎回証言が必要なわけじゃないからな。傍聴したいとかじゃなければそんなに頻繁に裁判に行く必要ないぞ」
「じゃあ、海外に行っても大丈夫?」
「証人の居住地は関係ないからな。証言の度に帰国するのは大変だと思うが」
「そのくらい、真美のためならなんでもないよ」
「なら問題ない」
「そっか、ありがと」
蒼治はそう言うと踵を返した。
紘彬は黙ってその背中を見送った。
「大久保さん、ホントに良いの?」
紘一が大久保に訊ねた。
晃治の会社で行われているパーティの最中だった。
大久保が正社員になったので歓迎会が開かれているのだ。
「うん」
「作曲は?」
「続けるけど……作曲家になるチャンスは減ると思う」
「それでいいの?」
「……この前、バイトでライブハウスに行ったんだ」
どこにチャンスが落ちているか分からないから音楽関係のバイトを優先的にやっていた。
そこで、やはりバイトをしている四十代の人と会って話をした。
今更正社員になりたくてももう遅い。
この年までバイトとなると就職出来るところは限られるし、なんとか正規雇用されたとしてもバイト代と大して変わらないような安月給で拘束時間が増えるだけだ。
引くに引けないところまで来てしまったのでチャンスが巡ってくる僅かな可能性に掛けてバイトを続けるしかない。
それを聞いて不安に押し潰されそうになった。
彼は自分の十年後の姿かもしれない。
それどころか下手したら二十年後や三十年後の姿でもあるかもしれないのだ。
今ならまだ正社員への道が残されている。
この前、同窓会で行った時に再会したクラスメイトと付き合い始めた事が決定打になった。
正社員になればいつ家庭を持つ事も出来るかもしれない。
それで心を決めた。
「彼女と結婚するかはまだ分からないけどね」
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