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第九章 卯の花腐し
第九章 第一話
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第九章 卯の花腐し
古紙回収の日の朝、紘一が古紙の束を持って置き場に向かうと、蒼治が自分の家に向かっているのが見えた。
蒼治も古紙を出しにいった帰りらしい。
あと少しで登校する時間だからお喋りしている暇はない。
紘一は声を掛けないまま古紙置き場に向かった。
古紙を置く時、旅行のパンフレットが目に映った。
以前、蒼治が彼女と旅行に行きたいからと言って貰ってきた物だ。
蒼治の嬉しそうな顔を思い出すと胸が締め付けられる。
紘一はパンフレットを隠すように古紙の束を載せた。
古紙の上に雨粒が落ちてきた。
町内会の人が慌てて駆け寄ってきて古紙が濡れないようにブルーシートを掛け始めた。
紘彬達は刑事部屋で昼食を取っていた。
「また闇サイト強盗?」
紘彬が訊ねた。
団藤からよその管轄で強盗事件が起きたという話を聞かされたのだ。
「被疑者がそう称してるだけだ」
「称してる? じゃ、もう逮捕されたのか?」
通報を受けたのは今日の午前中と言っていたから未だそんなに時間が経っていないはずだ。
「防犯カメラに逃走していく犯人が映っていてな。ほとんどカメラの死角に入らなかったから逃げ込んだマンションがすぐに特定されたんだ」
エレベーターの防犯カメラで降りた階まで。
それで事件発覚から二時間足らずのスピード逮捕となった。
「それにしても随分早いな」
「逃亡先は犯行現場から三十分ほどのところだったからな」
団藤はそう言って画面に記事を出した。
例の記者が書いた闇サイト強盗の詳細な手口である。
「どうやらこの記事を読んで手口を真似したらしい」
「早速模倣犯が出たか……」
紘彬が顔を顰めた。
「主犯がネットで雇われたことにしようと言い出したそうだ。だから最初はそう供述してたんだが――」
取調では細かい点を突かれる。
記事に『実行犯は指示役に言われたとおりにするだけで詳しいことは知らされない』と書かれていたから『ネットで雇われた』と言えば後は知らぬ存ぜぬで押し通せると思っていたのだろう。
被害者は死亡したから強盗殺人の罪に問われて初犯でも死刑も有り得ると告げられてパニックに陥った犯人の一人が洗いざらい白状した。
「もしかして被害者は実行犯の知り合い?」
「面識はなかったようだが、犯行現場は被疑者が一昨年まで通っていた高校の近くだそうだ」
在学中、何かの拍子に学校の近くに自宅で宝石商を営んでいる人がいるという噂を小耳に挟んだらしい。
その人は電子決済が苦手だとも。
それなら多額の金を箪笥預金にしているか、銀行に預けているとしてもキャッシュカードがあるはずだ。
仮に金がなくても自宅に置いてある宝石を奪えば金になるだろう。
そう考えて電話番号を調べてアポ電を掛けたらしい。
そして電子決済が苦手だという事や仕事で毎日在宅している事、一人暮らしだという事などを聞き出した。
しかし一人暮らしだという事や在宅の仕事だという事は聞いても仕事の内容や資産状況は聞かなかったらしい。
「宝石商じゃなかったとか?」
「宝飾品の修理職人だったそうだ」
「無事なんですか?」
「発見された時は死亡していた」
「被害額は?」
「一万円足らずの現金だけらしい」
供述によると盗ったのは財布に入っていた金だけらしい。
売買ならまだしも修理である。
貯め込めるほどの金はない。
修理だから家に置いてあるのも依頼を受けた物だけだ。
手作業だから一度にそんなに大量の依頼は受けられない。
だから押し入られた時、家にあったのは二、三点だったらしい。
強盗達は金庫を開けるように要求したものの、被害者宅の金庫に入っていたのは書類だけで宝石も金もなかった。
最初は他に金庫があるのだと思い、口を割らせようと暴行したら『他に金庫はない、これで勘弁してくれ』と財布を差し出された。
被害者は修理で細々と暮らしていたから中に入っていた金は一万円程度。
宝石商ではないのかと聞くと修理職人だという。
現金以外に金目の物は無い。
腹立ち紛れに更に暴行を加えていたら動かなくなってしまい、慌てて逃げ出したらしい。
被害者の家から男達が飛び出してきたのを見た近所の人が通報し、駆け付けた警察官が家の中で倒れている被害者を発見した。
そして周囲の防犯カメラで被害者宅から逃げていく犯人を追跡して逃げ込んだマンションを突き止め、逮捕したのだ。
紘彬は画面に映っている記事に目を向けた。
「ここまで詳しい手口書くなら強盗罪は殺人罪より重いって事も書いとけよな」
「強盗傷害や強盗殺人はただの強盗より更に重いですしね」
翌日、紘彬と佐久は他所の警察署で田中政夫が勤めていた会社の盗難に関する捜査状況を聞いていた。
「田中政夫の関与は否定されたんですね」
紘彬が確認するように訊ねた。
「組織の人間全員を捕まえたわけではないので田中政夫が一員ではなかったと断定する事は出来ませんが……」
逮捕された被疑者は闇サイトで指示され盗み出して売っていたと自供した。
指示役から倉庫の場所と盗み出す物、それに暗証番号を教えられて犯行に及んだ、と。
「二度とも指示してきたアカウントは同一です。そしてそのアカウントは田中政夫の死後にも指示を送ってきています」
パスワードさえ分かれば同じアカウントを使えるから同一人物と断定することは出来ないものの、別人だったとしても同じ組織なのは間違いないだろう。
「では何者かが田中政夫の暗証番号を盗み出して実行犯に教えた可能性が高いんですね」
紘彬は念を押すようにそう訊ねてから更にいくつか質問した。
古紙回収の日の朝、紘一が古紙の束を持って置き場に向かうと、蒼治が自分の家に向かっているのが見えた。
蒼治も古紙を出しにいった帰りらしい。
あと少しで登校する時間だからお喋りしている暇はない。
紘一は声を掛けないまま古紙置き場に向かった。
古紙を置く時、旅行のパンフレットが目に映った。
以前、蒼治が彼女と旅行に行きたいからと言って貰ってきた物だ。
蒼治の嬉しそうな顔を思い出すと胸が締め付けられる。
紘一はパンフレットを隠すように古紙の束を載せた。
古紙の上に雨粒が落ちてきた。
町内会の人が慌てて駆け寄ってきて古紙が濡れないようにブルーシートを掛け始めた。
紘彬達は刑事部屋で昼食を取っていた。
「また闇サイト強盗?」
紘彬が訊ねた。
団藤からよその管轄で強盗事件が起きたという話を聞かされたのだ。
「被疑者がそう称してるだけだ」
「称してる? じゃ、もう逮捕されたのか?」
通報を受けたのは今日の午前中と言っていたから未だそんなに時間が経っていないはずだ。
「防犯カメラに逃走していく犯人が映っていてな。ほとんどカメラの死角に入らなかったから逃げ込んだマンションがすぐに特定されたんだ」
エレベーターの防犯カメラで降りた階まで。
それで事件発覚から二時間足らずのスピード逮捕となった。
「それにしても随分早いな」
「逃亡先は犯行現場から三十分ほどのところだったからな」
団藤はそう言って画面に記事を出した。
例の記者が書いた闇サイト強盗の詳細な手口である。
「どうやらこの記事を読んで手口を真似したらしい」
「早速模倣犯が出たか……」
紘彬が顔を顰めた。
「主犯がネットで雇われたことにしようと言い出したそうだ。だから最初はそう供述してたんだが――」
取調では細かい点を突かれる。
記事に『実行犯は指示役に言われたとおりにするだけで詳しいことは知らされない』と書かれていたから『ネットで雇われた』と言えば後は知らぬ存ぜぬで押し通せると思っていたのだろう。
被害者は死亡したから強盗殺人の罪に問われて初犯でも死刑も有り得ると告げられてパニックに陥った犯人の一人が洗いざらい白状した。
「もしかして被害者は実行犯の知り合い?」
「面識はなかったようだが、犯行現場は被疑者が一昨年まで通っていた高校の近くだそうだ」
在学中、何かの拍子に学校の近くに自宅で宝石商を営んでいる人がいるという噂を小耳に挟んだらしい。
その人は電子決済が苦手だとも。
それなら多額の金を箪笥預金にしているか、銀行に預けているとしてもキャッシュカードがあるはずだ。
仮に金がなくても自宅に置いてある宝石を奪えば金になるだろう。
そう考えて電話番号を調べてアポ電を掛けたらしい。
そして電子決済が苦手だという事や仕事で毎日在宅している事、一人暮らしだという事などを聞き出した。
しかし一人暮らしだという事や在宅の仕事だという事は聞いても仕事の内容や資産状況は聞かなかったらしい。
「宝石商じゃなかったとか?」
「宝飾品の修理職人だったそうだ」
「無事なんですか?」
「発見された時は死亡していた」
「被害額は?」
「一万円足らずの現金だけらしい」
供述によると盗ったのは財布に入っていた金だけらしい。
売買ならまだしも修理である。
貯め込めるほどの金はない。
修理だから家に置いてあるのも依頼を受けた物だけだ。
手作業だから一度にそんなに大量の依頼は受けられない。
だから押し入られた時、家にあったのは二、三点だったらしい。
強盗達は金庫を開けるように要求したものの、被害者宅の金庫に入っていたのは書類だけで宝石も金もなかった。
最初は他に金庫があるのだと思い、口を割らせようと暴行したら『他に金庫はない、これで勘弁してくれ』と財布を差し出された。
被害者は修理で細々と暮らしていたから中に入っていた金は一万円程度。
宝石商ではないのかと聞くと修理職人だという。
現金以外に金目の物は無い。
腹立ち紛れに更に暴行を加えていたら動かなくなってしまい、慌てて逃げ出したらしい。
被害者の家から男達が飛び出してきたのを見た近所の人が通報し、駆け付けた警察官が家の中で倒れている被害者を発見した。
そして周囲の防犯カメラで被害者宅から逃げていく犯人を追跡して逃げ込んだマンションを突き止め、逮捕したのだ。
紘彬は画面に映っている記事に目を向けた。
「ここまで詳しい手口書くなら強盗罪は殺人罪より重いって事も書いとけよな」
「強盗傷害や強盗殺人はただの強盗より更に重いですしね」
翌日、紘彬と佐久は他所の警察署で田中政夫が勤めていた会社の盗難に関する捜査状況を聞いていた。
「田中政夫の関与は否定されたんですね」
紘彬が確認するように訊ねた。
「組織の人間全員を捕まえたわけではないので田中政夫が一員ではなかったと断定する事は出来ませんが……」
逮捕された被疑者は闇サイトで指示され盗み出して売っていたと自供した。
指示役から倉庫の場所と盗み出す物、それに暗証番号を教えられて犯行に及んだ、と。
「二度とも指示してきたアカウントは同一です。そしてそのアカウントは田中政夫の死後にも指示を送ってきています」
パスワードさえ分かれば同じアカウントを使えるから同一人物と断定することは出来ないものの、別人だったとしても同じ組織なのは間違いないだろう。
「では何者かが田中政夫の暗証番号を盗み出して実行犯に教えた可能性が高いんですね」
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