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第七章 霖雨
第七章 第三話
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「まだ生まれてなかっただろ。よく知ってるな」
「いえ、さすがに生まれてましたよ。と言ってもまだ赤ん坊でしたけど」
如月が苦笑した。
「一九九九年の年末までは二千年問題の対策に追われてたんだよ。年が明けて、問題が起きなかったって安心してたら二月二十九日にトラブって……」
「ああ、閏日の」
如月が頷いた。
二千年問題とは別に、二〇〇〇年は特殊な閏年だったため二月二十九日にシステムトラブルを起こしたものがあったのだ。
地球が太陽の周りを一周するのはきっかり三百六十五日ではない。僅かだが短いのだ。
そこで調整のために四年に一度、閏年を入れている。
しかし四年に一度、一日追加だと今度は少し長い。
だから修正のため百で割り切れる(つまり下二桁が〇〇になる)年は平年という例外を作り、更に百で割り切れる年のうち、四百で割り切れる年は閏年という例外の例外を作ることで誤差を減らしている。
プログラムをする時、この『百で割り切れる年は平年』という例外規則を組み込んでいなかったものは誤作動が起きなかった。
問題は、百で割り切れる年は平年としてしまったものに『四百で割り切れる年は例外』という、例外の例外を入れなかったケースである。
二〇〇〇年は四百の倍数年だから例外の例外で閏年だった。
百で割り切れる年は平年という例外だけ入れて四百で割り切れる年は閏年という例外の例外を入れ忘れていたものの一部が誤作動を起こしたのだ。
「ただでさえバブルが弾けて苦しかった時に消費税率の変更があったり二千年問題への対策だったりで赤字が続いてたんだ。そこにニッケル価格が急に上がって打撃を受け……」
「ニッケル?」
紘彬が清水を遮った。
「ニッケルって食い物じゃないよな?」
「そりゃ、ブラのワイヤー食う奴ァいねぇだろ」
「ワイヤーってことは形状記憶合金か? いつから?」
「ワイヤー作り始めたのがいつからかって事か?」
清水が困惑したような表情を浮かべた。
「いや、化学メーカーになったのはいつかって意味だ」
「え?」
紘彬の質問に清水は首を捻った後、
「ああ、そういや、最初は食品メーカーか何かだったんだったな。高度成長期の頃に化学製品も扱い始めたって……けど俺が入社した頃にはもう食品は扱ってなかったぜ」
と答えた。
「入社したのは何年だ?」
「八二年だ」
清水の答えに紘彬が考え込むような表情になった。
「とにかく、それで閏年のシステムトラブルの責任を取らされる形で俺のいた部署の人間は全員クビだよ」
「再就職は……」
如月が訊ねた。
「運良く仕事にありつけたヤツもいるんだが、就職氷河期って言われた時代だから」
「そうか、超氷河期って言われた頃か」
「そういうこった」
「田中陽平の子供の事は何か知ってるか?」
「子供?」
「子供がいるって話は聞いてないのか?」
「そりゃ、年を考えりゃ居たんだろうが社長と個人的な話を出来るような小さな会社じゃなかったんだよ。こっちは顔を知ってても向こうは俺のこと知らねぇと思うぜ」
「それだけ大きな会社ならブラのワイヤー以外にも作ってたよな。何を作ってた?」
その問いに清水が考え考え製品名を挙げていった。
紘彬はそれらを全てメモしていく。
「レンズとかフィルムとか写真関係が多いな」
紘彬がメモを見ながら言った。
「デジカメが出てくる前はフィルムが主力製品だったからな。今後はデジカメが主流になるだろうって事で徐々に主軸をカメラ関係からワイヤーとかに移していったんだよ」
「光ファイバーは作ってなかったか?」
「俺がクビになった頃はネットはそれほど普及してなかったから……」
「光回線も使われてない、か……」
紘彬が考え込んだ。
「なんで会社のことなんか聞きに来たんだ? 製品のリコールとかは刑事の仕事じゃないだろ」
「それは……」
「田中陽平にバカな事しないようにするために如月に名前を教えたんだよな」
「ああ」
「それなら話しておく。田中陽平の次男一家が殺害されたんだ。それと二十三年前に発見された身元不明の遺体が最近になって田中陽平の娘だと判明した」
「次男一家と娘……?」
清水が驚いたように目を見開いた。
「じゃあ、クビになった年を聞いたのは……」
「娘の方は犯人の目星が付いてるが、次男一家の方は手懸かりが無いから念の為に確認しに来た」
犯人の目星……?
如月は首を傾げた。
焼死体とは聞いたが事件性の有無については何も言っていなかったはずだ。
他殺の可能性があるとしても、つい最近まで身元が分からなかったくらいだから、てっきり犯人も分からないのだと思っていた。
身元の鑑定とは関係ないから杉田は言わなかっただけで、この前送ってもらった捜査報告書に被疑者の名前が書いてあったのだろうか。
「そうか」
清水が頷いた。
「田中陽平に何かあればすぐに警察が飛んでくるって分かったんだからバカな真似しようなんて思わなくなっただろ」
「そうだな」
清水が苦い笑みを浮かべた。
「今日の聞き込みだが……」
団藤が捜査の割り振りをしようとした。
「なぁ、まどかちゃん、田中尚子の事件は捜査してるのか?」
「管轄外だから分からんな」
「杉崎巡査部長に聞いといてくれる?」
「杉田巡査部長です」
如月が突っ込む。
「杉田さんは担当じゃないから知ってるかは分からんが、管轄署に聞いておく。何か伝える事はあるか?」
「田中政夫のDNA鑑定」
「いえ、さすがに生まれてましたよ。と言ってもまだ赤ん坊でしたけど」
如月が苦笑した。
「一九九九年の年末までは二千年問題の対策に追われてたんだよ。年が明けて、問題が起きなかったって安心してたら二月二十九日にトラブって……」
「ああ、閏日の」
如月が頷いた。
二千年問題とは別に、二〇〇〇年は特殊な閏年だったため二月二十九日にシステムトラブルを起こしたものがあったのだ。
地球が太陽の周りを一周するのはきっかり三百六十五日ではない。僅かだが短いのだ。
そこで調整のために四年に一度、閏年を入れている。
しかし四年に一度、一日追加だと今度は少し長い。
だから修正のため百で割り切れる(つまり下二桁が〇〇になる)年は平年という例外を作り、更に百で割り切れる年のうち、四百で割り切れる年は閏年という例外の例外を作ることで誤差を減らしている。
プログラムをする時、この『百で割り切れる年は平年』という例外規則を組み込んでいなかったものは誤作動が起きなかった。
問題は、百で割り切れる年は平年としてしまったものに『四百で割り切れる年は例外』という、例外の例外を入れなかったケースである。
二〇〇〇年は四百の倍数年だから例外の例外で閏年だった。
百で割り切れる年は平年という例外だけ入れて四百で割り切れる年は閏年という例外の例外を入れ忘れていたものの一部が誤作動を起こしたのだ。
「ただでさえバブルが弾けて苦しかった時に消費税率の変更があったり二千年問題への対策だったりで赤字が続いてたんだ。そこにニッケル価格が急に上がって打撃を受け……」
「ニッケル?」
紘彬が清水を遮った。
「ニッケルって食い物じゃないよな?」
「そりゃ、ブラのワイヤー食う奴ァいねぇだろ」
「ワイヤーってことは形状記憶合金か? いつから?」
「ワイヤー作り始めたのがいつからかって事か?」
清水が困惑したような表情を浮かべた。
「いや、化学メーカーになったのはいつかって意味だ」
「え?」
紘彬の質問に清水は首を捻った後、
「ああ、そういや、最初は食品メーカーか何かだったんだったな。高度成長期の頃に化学製品も扱い始めたって……けど俺が入社した頃にはもう食品は扱ってなかったぜ」
と答えた。
「入社したのは何年だ?」
「八二年だ」
清水の答えに紘彬が考え込むような表情になった。
「とにかく、それで閏年のシステムトラブルの責任を取らされる形で俺のいた部署の人間は全員クビだよ」
「再就職は……」
如月が訊ねた。
「運良く仕事にありつけたヤツもいるんだが、就職氷河期って言われた時代だから」
「そうか、超氷河期って言われた頃か」
「そういうこった」
「田中陽平の子供の事は何か知ってるか?」
「子供?」
「子供がいるって話は聞いてないのか?」
「そりゃ、年を考えりゃ居たんだろうが社長と個人的な話を出来るような小さな会社じゃなかったんだよ。こっちは顔を知ってても向こうは俺のこと知らねぇと思うぜ」
「それだけ大きな会社ならブラのワイヤー以外にも作ってたよな。何を作ってた?」
その問いに清水が考え考え製品名を挙げていった。
紘彬はそれらを全てメモしていく。
「レンズとかフィルムとか写真関係が多いな」
紘彬がメモを見ながら言った。
「デジカメが出てくる前はフィルムが主力製品だったからな。今後はデジカメが主流になるだろうって事で徐々に主軸をカメラ関係からワイヤーとかに移していったんだよ」
「光ファイバーは作ってなかったか?」
「俺がクビになった頃はネットはそれほど普及してなかったから……」
「光回線も使われてない、か……」
紘彬が考え込んだ。
「なんで会社のことなんか聞きに来たんだ? 製品のリコールとかは刑事の仕事じゃないだろ」
「それは……」
「田中陽平にバカな事しないようにするために如月に名前を教えたんだよな」
「ああ」
「それなら話しておく。田中陽平の次男一家が殺害されたんだ。それと二十三年前に発見された身元不明の遺体が最近になって田中陽平の娘だと判明した」
「次男一家と娘……?」
清水が驚いたように目を見開いた。
「じゃあ、クビになった年を聞いたのは……」
「娘の方は犯人の目星が付いてるが、次男一家の方は手懸かりが無いから念の為に確認しに来た」
犯人の目星……?
如月は首を傾げた。
焼死体とは聞いたが事件性の有無については何も言っていなかったはずだ。
他殺の可能性があるとしても、つい最近まで身元が分からなかったくらいだから、てっきり犯人も分からないのだと思っていた。
身元の鑑定とは関係ないから杉田は言わなかっただけで、この前送ってもらった捜査報告書に被疑者の名前が書いてあったのだろうか。
「そうか」
清水が頷いた。
「田中陽平に何かあればすぐに警察が飛んでくるって分かったんだからバカな真似しようなんて思わなくなっただろ」
「そうだな」
清水が苦い笑みを浮かべた。
「今日の聞き込みだが……」
団藤が捜査の割り振りをしようとした。
「なぁ、まどかちゃん、田中尚子の事件は捜査してるのか?」
「管轄外だから分からんな」
「杉崎巡査部長に聞いといてくれる?」
「杉田巡査部長です」
如月が突っ込む。
「杉田さんは担当じゃないから知ってるかは分からんが、管轄署に聞いておく。何か伝える事はあるか?」
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