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第七章 霖雨

第七章 第二話

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 翌朝、紘彬と如月は団藤に指示された警察署に出向いた。

「せっかく来てもらったが無駄足になったかもしれん」
 警部が紘彬達に言った。
 その言葉通り、指示役の家はもぬけの殻だった。
 家の中はついさっきまで誰かがいたような感じだった。
 テーブルの上には飲みかけのコーヒーもある。
 だが肝心の証拠になりそうなデジタルデータの記録媒体で持ち出せそうなものは全て無くなっており、パソコンは初期化されていた。
 紘彬と如月は大して手伝う事もないまま帰された。

「誰もいなかったぞ。どういう事だ?」
 署に戻った紘彬が訊ねると、団藤は黙ってモニターをけた。
 画面に記事が映る。

〝闇バイトの指示役、ついに家宅捜索か!?〟

「今日行ったとこじゃないか!? どっから漏れたんだよ!」
「うちだ」
「え、俺達誰にも言ってないぞ。な」
 紘彬が如月に同意を求める。
 如月が頷いた。
 二人が団藤から指示された時には上田達は帰宅した後だったから彼らも知らなかったはずだ。

「お前達が使う予定の覆面パトカーの行き先を話しているのを記者に盗み聞きされたらしい」
「なんで行き先の話なんかしてたんだ?」
「パトカーを管理している者が利用予定の話をしてたんじゃないですか?」
「そういう事らしい」
 団藤が如月の言葉を肯定した。
「もしかして叱られた?」
「がっつりとな。始末書も書かされたぞ」
 それを聞いた紘彬が同情したような表情を浮かべた。

 そんなに始末書嫌いなんだ……。

 まぁ始末書は誰でも嫌だろうが。
 何気なく記事を眺めていた紘彬が不意に目を見開いた。

「どうした」
「まどかちゃん、これ、公にはしないはずだろ」
 紘彬が画面を指した。
「パトカーの管理でこんな話はしないよな」
 紘彬が指した箇所には証拠に関する詳細な内容が書かれている。
 警察は事件の細部は公表しない。
 逮捕したのが真犯人かどうかを見極めるため、真犯人しか知りようのないことを伏せておくのだ。
 誤認逮捕を防ぐためだけではなく、有名になりたいとか、誰かをかばいたいなどと言う理由で他の人間が自白したとき真犯人かどうか確かめるためである。
 伏せていたこと全てが書かれているわけではないものの記事には指示役を突き止めた方法など本来なら公表されない事実がいくつも載っていた。

「その部分は少なくともここの警察官からではないな。うちでは知りえないことだから」
「なら、あいつ、他の署でもぎ回ってるのか?」
「あいつ? その記者を知ってるのか?」
「この前しつこく訊いてきたヤツがいた。あいつには関わらないようにした方がいいな」

 そこに異論はないのだが……。
 この人の場合、始末書書きたくない理由が〝面倒くさい〟だからなぁ……。

 聞き込みに向かうために外に出た紘彬は如月の方を振り返った。

「なんて言ったっけ、田中陽平の家を見てて職質された人」
「清水久さんです」
「アリバイの確認は? もうしたか?」
「いえ、まだ」
そうな場所に見当は付くか?」
「多分……」
 特定の場所に住んでいるわけでも勤務先があるわけでもないため、ここになら確実にる、と言えるところは無いのだが大凡おおよその見当は付く。
 如月は時計を確認した。
「この時間だとちょうどコンビニが弁当などを廃棄する時刻なので、いつも通りなら……」
 如月が時間を確認しながら場所をげる。
「じゃ、行ってみようぜ」
 紘彬に促された如月は以前清水と会った場所の近くのコンビニに向かった。

「清水さん」
 如月がコンビニの裏にいた清水に声を掛けた。
 表情からするとどうやら収穫がなかったらしい。
 紘彬は財布を出すと千円札を三枚出した。
「如月、弁当買ってきてくれ。好みはあるか? 食いたいものとか、飲みたいものとか。あとアレルギーがあって食えないものとか」
 紘彬に声を掛けられた清水が戸惑ったように如月に視線を向けた。
「桜井さん、金は自分が……」
「いいから。それより、あるかどうか分からんが好きなものがあるなら言ってくれ」
「いや、好みとかは別に……」
「なら適当に頼む。俺達はそこの公園で待ってる」
 紘彬がそう言って金を渡すと如月はコンビニの入口に向かった。

「その……有難ありがてぇんだが……」
 如月からコンビニのレジ袋を渡された清水が困惑した表情で紘彬達を見た。
「聞きたい事があるんだ」
 紘彬が答える。
「田中陽平の事でいくつか教えて欲しい事がある」
「あいつに何かあったのか!?」
「いえ、そうではなくて……」
 如月が言い淀んだ。

「田中陽平の会社をクビになったそうだがいつの話だ?」
「二〇〇〇年だよ。三月いっぱいで解雇されて四月から無職になった」
「二十年以上も前なのに正確な年を覚えてるのか?」
「あんた達、二千年問題って知ってるか?」
「世界が滅びるって予言ヤツ?」
「それは一九九九年じゃないですか? 二千年問題って言うのはコンピュータの誤作動の方だと思います」
 如月が答えた。

 昔のコンピュータのプログラムには日付の年数で一九の部分を省いて下二桁だけものがあった。
 一九が付いていれば年数が増えても数字が二〇〇〇になるだけだから問題なかったのだが、下二桁だけのものは○○になって過去にさかのぼった事になってしまう。
 まだコンピュータのメモリ容量が少なくてプログラムのコードを一字でも減らしたかった頃の苦肉の策である。
 そう言うプログラムを組んだのは二〇〇〇年まで最短で二十年近く、古いものだと四十年近く前で年数に猶予ゆうよがあった為、メモリに余裕が出来る頃には対策が取られるだろうと考えられていた。
 だが対策が講じられないまま――というか皆が失念したまま年数が経過してしまい、九十年代後半になって問題が表面化して慌てる羽目になったのである。
 レコーダーの録画予約程度ならともかく、管制塔や発電所などでコンピュータの誤作動が起きたら大事故に繋がりかねないと世界的な騒ぎになったのだ。
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