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第七章 霖雨
第七章 第一話
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第七章 春霖
紘彬と如月は聞き込みを終えて署に戻ると団藤に結果を報告した。
「桜井、捜査報告書、届いてるはずだぞ」
報告が終わると団藤が紘彬にそう告げた。
紘彬がパソコンを見るとメールが届いている。
捜査報告書のファイルが添付されていた。
紘彬はそれを開いた。
蒼治が地下鉄の駅を出て家に向かおうとした時、桃花が高校の校門の前でスマホを手にして立っているのに気付いた。
また紘一を待ち伏せしているらしい。
蒼治はスマホを取り出すとLINEで紘一に居場所を訊ねた。
すぐに『帰る支度してるとこ』という返事がきた。
「よ、桃花」
「蒼治君、もう出歩いて大丈夫なの?」
「ああ。心配してくれてありがとな。じゃ」
「え、もう行っちゃうの? もしかして、まだ具合悪いの?」
「紘一がいつ出てくるか分からないぞ。まだ教室にいるって言ってたし」
「べ、別に、私、紘ちゃんのこと待ってるわけじゃ……」
桃花が赤くなった。
「じゃあ、俺と一緒に帰るか?」
「え、それは……」
桃花が困ったように校門に視線を向ける。
蒼治は微笑って、
「頑張れよ」
というと、桃花に手を振って歩き出した。
紘一が出てきた時に蒼治がいたら三人で帰ることになってしまう。
桃花は紘一と二人だけで帰りたいだろう。
自分も真美に片想いをしていた時、同じ事をした。
あの頃のことを思い出すと胸が痛む。
事件前は桃花を見る度に懐かしさと微笑ましさで温かい気持ちになっていたのに、今は真美との数多の思い出が溢れ出してきて胸が苦しくなる。
「桜井、如月、応援の要請だ。闇サイトの指示役の自宅を家宅捜索する事になった。手を貸して欲しいそうだ」
退勤直前、紘彬と如月は団藤に呼び止められてそう告げられた。
上田達は既に帰ってしまっていて部屋には他に誰もいない。
「応援要請って事は捕り物になりそうなのか? 暴力団事務所とかじゃないだろうな」
紘彬が警戒するように訊ねた。
「仮に捕り物だったとしても他所に応援要請するくらいなら大勢で行くことになりますから」
如月が宥めるように言った。
とは言え、もし紘彬を名指ししてきたなら大立ち回りを演じさせられるのは間違いないだろうが。
紘彬と如月は久し振りに紘一の家に来ていた。
蒼治が退院したのでようやく遊ぶ気になれたというので三人でゲームをしていたのだ。
夕食の時間だと告げられ三人は食卓に移動した。
テーブルには紘一の両親と姉の花耶もいる。
如月は退勤後に紘彬と、紘一の家でゲームをしにきた時は夕食をご馳走になっているのだ。
夕食の席で紘一の話になった。
「へぇ、また桃花ちゃんに会ったんだ。最近よく会うんだな」
紘一の話を聞いた紘彬が言った。
「うん、放課後、校門の前を桃花ちゃんが通り掛かることが多くなったから」
紘一君、偶然だと思ってるんだ……。
紘一の両親や花耶の表情を見ると、どうやら皆気付いているようだ。
幼馴染みだから桃花が紘一に片想いしているというのは公然の秘密なのかもしれない。
「中三だし、帰宅時間が同じくらいになったのかもな」
紘彬がそう言うと紘一が納得した表情で頷いた。
桜井さんも気付いてないのか……。
紘彬は剣道の全国大会で優勝したことがあると聞くと体育会系のように思えるが医学部卒である。
医師国家試験に通ったというと凄そうに聞こえるが実は医学部を卒業する方が難しいと以前捜査で知り合った医師から聞いた事がある。
大学側としては試験に落ちた卒業生がいるという不名誉は避けたいので卒業試験は医師国家試験より遙かに難しくしているという話だった。
医師国家試験に受かりそうにない者は卒業出来ないらしい。
紘一も紘彬同様、頭が良い。
紘彬が卒業した高校は都内でもトップクラスの進学校なのだが、何しろ通勤手段で医師より警察官を選んだ人間である。
高校の志望理由も「徒歩五分」だった。
そして紘一も同じく「家から一番近い」という理由で同じ高校を選んだ。
以前、紘一に志望理由を聞いたら、
「志望校どこにしようか迷ってたらクラスメイトが偏差値なんか地元の人間しか知らないんだし拘る意味ないから近くにするって言ってたから」
と言う答えが返ってきた。
言われてみれば紘一も隣県の千葉や埼玉、神奈川の高校ですら偏差値など知らないからと、その言葉に納得して家から一番近い高校を選んだ。
地元でなければ知らないというのは事実で、如月も他県出身だから都立高校の偏差値などはよく分からない。
だが同期で都立高卒業者の話によると紘彬達の高校は都立では上位十位以内らしい。
都立高は二百五十校前後と言う話だから入るのが難しそうだというのは容易に想像が付いた。
合格した後、
「お前が近所にするって言うから俺もそうした」
と報告したら何故かクラスメイトの顔が引き攣っていたと言っていた。
入ったのが同じ高校でなかったのなら然もありなんとなるだろう。
二人共、強くて頭が良くて優しくて、見た目もいい。
しかも自宅は新宿の住宅地で土地付き持ち家一戸建てという、モテない要素を見付けるのが難しいくらいだ。
実際、紘彬はバレンタインディには署内の女性全員からチョコレートを貰っている。掃除のおばさんも含めて。
が、紘彬は大学を卒業するまで遊ぶ暇もないくらい勉強に明け暮れていたのではないかと思わせる世間知らずな一面がある。
二人とも賢い割りには、この手のことには鈍いんだな……。
モテてる人って自分では分からないものなのかな……。
如月は首を傾げた。
紘彬と如月は聞き込みを終えて署に戻ると団藤に結果を報告した。
「桜井、捜査報告書、届いてるはずだぞ」
報告が終わると団藤が紘彬にそう告げた。
紘彬がパソコンを見るとメールが届いている。
捜査報告書のファイルが添付されていた。
紘彬はそれを開いた。
蒼治が地下鉄の駅を出て家に向かおうとした時、桃花が高校の校門の前でスマホを手にして立っているのに気付いた。
また紘一を待ち伏せしているらしい。
蒼治はスマホを取り出すとLINEで紘一に居場所を訊ねた。
すぐに『帰る支度してるとこ』という返事がきた。
「よ、桃花」
「蒼治君、もう出歩いて大丈夫なの?」
「ああ。心配してくれてありがとな。じゃ」
「え、もう行っちゃうの? もしかして、まだ具合悪いの?」
「紘一がいつ出てくるか分からないぞ。まだ教室にいるって言ってたし」
「べ、別に、私、紘ちゃんのこと待ってるわけじゃ……」
桃花が赤くなった。
「じゃあ、俺と一緒に帰るか?」
「え、それは……」
桃花が困ったように校門に視線を向ける。
蒼治は微笑って、
「頑張れよ」
というと、桃花に手を振って歩き出した。
紘一が出てきた時に蒼治がいたら三人で帰ることになってしまう。
桃花は紘一と二人だけで帰りたいだろう。
自分も真美に片想いをしていた時、同じ事をした。
あの頃のことを思い出すと胸が痛む。
事件前は桃花を見る度に懐かしさと微笑ましさで温かい気持ちになっていたのに、今は真美との数多の思い出が溢れ出してきて胸が苦しくなる。
「桜井、如月、応援の要請だ。闇サイトの指示役の自宅を家宅捜索する事になった。手を貸して欲しいそうだ」
退勤直前、紘彬と如月は団藤に呼び止められてそう告げられた。
上田達は既に帰ってしまっていて部屋には他に誰もいない。
「応援要請って事は捕り物になりそうなのか? 暴力団事務所とかじゃないだろうな」
紘彬が警戒するように訊ねた。
「仮に捕り物だったとしても他所に応援要請するくらいなら大勢で行くことになりますから」
如月が宥めるように言った。
とは言え、もし紘彬を名指ししてきたなら大立ち回りを演じさせられるのは間違いないだろうが。
紘彬と如月は久し振りに紘一の家に来ていた。
蒼治が退院したのでようやく遊ぶ気になれたというので三人でゲームをしていたのだ。
夕食の時間だと告げられ三人は食卓に移動した。
テーブルには紘一の両親と姉の花耶もいる。
如月は退勤後に紘彬と、紘一の家でゲームをしにきた時は夕食をご馳走になっているのだ。
夕食の席で紘一の話になった。
「へぇ、また桃花ちゃんに会ったんだ。最近よく会うんだな」
紘一の話を聞いた紘彬が言った。
「うん、放課後、校門の前を桃花ちゃんが通り掛かることが多くなったから」
紘一君、偶然だと思ってるんだ……。
紘一の両親や花耶の表情を見ると、どうやら皆気付いているようだ。
幼馴染みだから桃花が紘一に片想いしているというのは公然の秘密なのかもしれない。
「中三だし、帰宅時間が同じくらいになったのかもな」
紘彬がそう言うと紘一が納得した表情で頷いた。
桜井さんも気付いてないのか……。
紘彬は剣道の全国大会で優勝したことがあると聞くと体育会系のように思えるが医学部卒である。
医師国家試験に通ったというと凄そうに聞こえるが実は医学部を卒業する方が難しいと以前捜査で知り合った医師から聞いた事がある。
大学側としては試験に落ちた卒業生がいるという不名誉は避けたいので卒業試験は医師国家試験より遙かに難しくしているという話だった。
医師国家試験に受かりそうにない者は卒業出来ないらしい。
紘一も紘彬同様、頭が良い。
紘彬が卒業した高校は都内でもトップクラスの進学校なのだが、何しろ通勤手段で医師より警察官を選んだ人間である。
高校の志望理由も「徒歩五分」だった。
そして紘一も同じく「家から一番近い」という理由で同じ高校を選んだ。
以前、紘一に志望理由を聞いたら、
「志望校どこにしようか迷ってたらクラスメイトが偏差値なんか地元の人間しか知らないんだし拘る意味ないから近くにするって言ってたから」
と言う答えが返ってきた。
言われてみれば紘一も隣県の千葉や埼玉、神奈川の高校ですら偏差値など知らないからと、その言葉に納得して家から一番近い高校を選んだ。
地元でなければ知らないというのは事実で、如月も他県出身だから都立高校の偏差値などはよく分からない。
だが同期で都立高卒業者の話によると紘彬達の高校は都立では上位十位以内らしい。
都立高は二百五十校前後と言う話だから入るのが難しそうだというのは容易に想像が付いた。
合格した後、
「お前が近所にするって言うから俺もそうした」
と報告したら何故かクラスメイトの顔が引き攣っていたと言っていた。
入ったのが同じ高校でなかったのなら然もありなんとなるだろう。
二人共、強くて頭が良くて優しくて、見た目もいい。
しかも自宅は新宿の住宅地で土地付き持ち家一戸建てという、モテない要素を見付けるのが難しいくらいだ。
実際、紘彬はバレンタインディには署内の女性全員からチョコレートを貰っている。掃除のおばさんも含めて。
が、紘彬は大学を卒業するまで遊ぶ暇もないくらい勉強に明け暮れていたのではないかと思わせる世間知らずな一面がある。
二人とも賢い割りには、この手のことには鈍いんだな……。
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如月は首を傾げた。
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