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第五章 紅雨
第五章 第五話
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「闇サイトによるものと思われる広域強盗事件が相次いでいる」
捜査会議が始まると団藤が言った。
「それ警視庁の担当だろ」
「広域強盗はそうだが、斉藤が小林次郎は闇サイトの指示役だったって言ってるだろ。それを早く確認しろとせっつかれてるんだ」
「新聞やネットで叩かれてますしね」
飯田が言った。
「闇サイトが?」
「無能な警察ッス」
「そっか、警視庁の刑事って大変なんだな」
紘彬が他人事のように言った。
「うちもですよ」
「え、広域強盗は警視庁の管轄なんだから俺達関係ないだろ」
「一般の人はそう言うの区別しませんから。交番勤務の警察官から警察庁長官まで全部引っくるめて〝警察〟ですよ」
「広域強盗は全国で起きてますんで警察官全員ッス」
如月と佐久が言った。
「どっちにしろ田中政夫一家の件はまだ広域強盗とは断定されてないからうちの管轄だしな」
団藤が付け加えた。
「桜井と如月は小林の事件を担当してくれ。夕辺のフロッピーディスクは良い線いってた」
「良い線って事はデータは……」
「ディスクに傷が付いてて読み込めなかったそうだ。他にも何か気付いたことがあったら教えてくれ」
団藤が言った。
夕方、紘彬と如月が聞き込みから帰ってくると、ソファに団藤と杉田巡査部長が向かい合って座っていた。
「ああ、杉山巡査部長」
「杉田巡査部長です! 桜井さん、年上の方にそれ止めて下さい!」
「それって?」
紘彬の言葉に如月はズキズキするこめかみを押さえた。
ホントに人の名前覚えられないのかな……。
東大余裕って言われてた人なのに……。
「難しい顔してるけど、なんかあったのか?」
「この前話した二十年前の身元不明遺体の事で話を聞きたいそうだ」
団藤が答えた。
「事件も失踪届けを出した人も知らない俺に話って言うならDNAの事か?」
「そうだ」
「いいよ、何?」
失踪者の両親は娘が帰ってくると信じて部屋も衣類も全て残していた。
そこで衣類やベッドのマットレスの下や隙間などを隈なく調べて複数の毛髪を採取し、衣類に付いていた毛髪とベッドの隙間に落ちていた毛髪をそれぞれDNA鑑定した。
採取された中に男女のものと、その二人と血縁関係にある者の毛髪があった。
「両親とその子供って事だろ。親が掃除とかで度々入ってたなら落ちてて当然だからな」
「はい。それでご両親のDNAを採取させてもらったところ男女の毛髪はご両親のもので間違いありませんでした」
そこで両親と親子関係にある毛髪で身元不明の遺体とDNA鑑定を行い一致した。
「焼け跡から発見された遺体はやはり失踪届が出ていた女子高生でした」
「それ、俺の説明必要?」
「ご両親がABとO、子供がABというのも間違いではなかったんです」
「シスABだったって事だろ」
「シスAB?」
その場の全員が首を傾げる。
紘彬は手帳を出すと日本の線を引いた。
「これは九番染色体。この前、この二本の線は両親から一本ずつもらうって言ったろ」
そう言うと紘彬は二本の線の途中の同じ場所に小さい印を付けた。
「九番染色体にABO式の血液型を決める遺伝子がある」
A型とB型は顕性遺伝(昔は優性遺伝と言った)といってAまたはBの遺伝子があると検査でAまたはBの反応が出る。
片方にA、もう一方にBが来るとAB型になる。
O型はAとB、どちらも持っていない場合のみ現れる潜性遺伝(昔で言うところの劣性遺伝)である。
Oというのはどちらの反応もない、つまり数字の零という意味なのだ。
「その説明だと片親がO型の場合、AB型は生まれないのでは」
「生き物って言うのは機械じゃないから時々ミスが起きるんだよ」
紘彬は線の途中に書いた小さい丸の片方にAと書き、もう一方にBと書いた。
「普通のAB型はこういう状態。だけど遺伝子一個って言ってもそれを構成しているDNAは千個以上あって、一部が変異してAとB両方の特徴を持ってるものがあるんだ」
紘彬はAの横にBを書き足してABにした。
「これがシスAB型。一つの遺伝子にAとB、両方の特徴があるから、これを持った親からこの遺伝子を受け継げば、もう一方の親が何型だろうとAB型になるし、シスABとOの子供はABかOのどちらかしか生まれない」
A型とB型自体、千個以上あるDNAがほんの数個違うだけだから、DNAが僅かに変異した事でAとB両方の特徴を持った遺伝子が出来たのだ。
杉田はしばらく紘彬の手帳を凝視した後、
「あの……私にはそれは説明出来そうにないので一緒に行って話していただけますか?」
と頼んできた。
「俺はいいけど……」
紘彬が団藤に視線を向ける。
「実は、血液型だけじゃないんだ」
「というと?」
「血液型の説明なんか必要ないからな。両親が自分達の子供じゃないって言ってるわけじゃないし」
「じゃあ、他の家族がなんか言ってるのか? 相続の問題かなんかで」
杉田がA4サイズの封筒を差し出した。
中の書類はこの前のものとは違う。
焼死体が発見された時の報告書だった。
身元が分かる前の捜査記録だから被害者の名前は書かれていない。
紘彬は書類に目を通した。
「その子の失踪届けを出した両親って言うのが田中陽平夫妻なんだ」
「え、それ、田中政夫の両親?」
紘彬が驚いて顔を上げた。
それから再度書類に目を落とす。
「じゃあ、娘に続いて息子もって事か……」
「二十年以上間が開いてるとはいえ、子供が二人も不審死ってのは尋常じゃないからな。DNA鑑定の説明って事で一緒に行って田中陽平夫妻の反応を見てきてくれ」
団藤の言葉に紘彬は真面目な表情で頷いた。
捜査会議が始まると団藤が言った。
「それ警視庁の担当だろ」
「広域強盗はそうだが、斉藤が小林次郎は闇サイトの指示役だったって言ってるだろ。それを早く確認しろとせっつかれてるんだ」
「新聞やネットで叩かれてますしね」
飯田が言った。
「闇サイトが?」
「無能な警察ッス」
「そっか、警視庁の刑事って大変なんだな」
紘彬が他人事のように言った。
「うちもですよ」
「え、広域強盗は警視庁の管轄なんだから俺達関係ないだろ」
「一般の人はそう言うの区別しませんから。交番勤務の警察官から警察庁長官まで全部引っくるめて〝警察〟ですよ」
「広域強盗は全国で起きてますんで警察官全員ッス」
如月と佐久が言った。
「どっちにしろ田中政夫一家の件はまだ広域強盗とは断定されてないからうちの管轄だしな」
団藤が付け加えた。
「桜井と如月は小林の事件を担当してくれ。夕辺のフロッピーディスクは良い線いってた」
「良い線って事はデータは……」
「ディスクに傷が付いてて読み込めなかったそうだ。他にも何か気付いたことがあったら教えてくれ」
団藤が言った。
夕方、紘彬と如月が聞き込みから帰ってくると、ソファに団藤と杉田巡査部長が向かい合って座っていた。
「ああ、杉山巡査部長」
「杉田巡査部長です! 桜井さん、年上の方にそれ止めて下さい!」
「それって?」
紘彬の言葉に如月はズキズキするこめかみを押さえた。
ホントに人の名前覚えられないのかな……。
東大余裕って言われてた人なのに……。
「難しい顔してるけど、なんかあったのか?」
「この前話した二十年前の身元不明遺体の事で話を聞きたいそうだ」
団藤が答えた。
「事件も失踪届けを出した人も知らない俺に話って言うならDNAの事か?」
「そうだ」
「いいよ、何?」
失踪者の両親は娘が帰ってくると信じて部屋も衣類も全て残していた。
そこで衣類やベッドのマットレスの下や隙間などを隈なく調べて複数の毛髪を採取し、衣類に付いていた毛髪とベッドの隙間に落ちていた毛髪をそれぞれDNA鑑定した。
採取された中に男女のものと、その二人と血縁関係にある者の毛髪があった。
「両親とその子供って事だろ。親が掃除とかで度々入ってたなら落ちてて当然だからな」
「はい。それでご両親のDNAを採取させてもらったところ男女の毛髪はご両親のもので間違いありませんでした」
そこで両親と親子関係にある毛髪で身元不明の遺体とDNA鑑定を行い一致した。
「焼け跡から発見された遺体はやはり失踪届が出ていた女子高生でした」
「それ、俺の説明必要?」
「ご両親がABとO、子供がABというのも間違いではなかったんです」
「シスABだったって事だろ」
「シスAB?」
その場の全員が首を傾げる。
紘彬は手帳を出すと日本の線を引いた。
「これは九番染色体。この前、この二本の線は両親から一本ずつもらうって言ったろ」
そう言うと紘彬は二本の線の途中の同じ場所に小さい印を付けた。
「九番染色体にABO式の血液型を決める遺伝子がある」
A型とB型は顕性遺伝(昔は優性遺伝と言った)といってAまたはBの遺伝子があると検査でAまたはBの反応が出る。
片方にA、もう一方にBが来るとAB型になる。
O型はAとB、どちらも持っていない場合のみ現れる潜性遺伝(昔で言うところの劣性遺伝)である。
Oというのはどちらの反応もない、つまり数字の零という意味なのだ。
「その説明だと片親がO型の場合、AB型は生まれないのでは」
「生き物って言うのは機械じゃないから時々ミスが起きるんだよ」
紘彬は線の途中に書いた小さい丸の片方にAと書き、もう一方にBと書いた。
「普通のAB型はこういう状態。だけど遺伝子一個って言ってもそれを構成しているDNAは千個以上あって、一部が変異してAとB両方の特徴を持ってるものがあるんだ」
紘彬はAの横にBを書き足してABにした。
「これがシスAB型。一つの遺伝子にAとB、両方の特徴があるから、これを持った親からこの遺伝子を受け継げば、もう一方の親が何型だろうとAB型になるし、シスABとOの子供はABかOのどちらかしか生まれない」
A型とB型自体、千個以上あるDNAがほんの数個違うだけだから、DNAが僅かに変異した事でAとB両方の特徴を持った遺伝子が出来たのだ。
杉田はしばらく紘彬の手帳を凝視した後、
「あの……私にはそれは説明出来そうにないので一緒に行って話していただけますか?」
と頼んできた。
「俺はいいけど……」
紘彬が団藤に視線を向ける。
「実は、血液型だけじゃないんだ」
「というと?」
「血液型の説明なんか必要ないからな。両親が自分達の子供じゃないって言ってるわけじゃないし」
「じゃあ、他の家族がなんか言ってるのか? 相続の問題かなんかで」
杉田がA4サイズの封筒を差し出した。
中の書類はこの前のものとは違う。
焼死体が発見された時の報告書だった。
身元が分かる前の捜査記録だから被害者の名前は書かれていない。
紘彬は書類に目を通した。
「その子の失踪届けを出した両親って言うのが田中陽平夫妻なんだ」
「え、それ、田中政夫の両親?」
紘彬が驚いて顔を上げた。
それから再度書類に目を落とす。
「じゃあ、娘に続いて息子もって事か……」
「二十年以上間が開いてるとはいえ、子供が二人も不審死ってのは尋常じゃないからな。DNA鑑定の説明って事で一緒に行って田中陽平夫妻の反応を見てきてくれ」
団藤の言葉に紘彬は真面目な表情で頷いた。
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