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第五章 紅雨

第五章 第一話

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第五章 紅雨こうう

 翌日、紘彬と如月は久々に紘一の家に来ていた。
 紘一の部屋で三人でレースゲームをしている最中だった。

「あの、ホントにゲームしてていいんですか? お祖父様は退院なさったとは聞いていますが……」
 如月がコントローラーを操作しながら訊ねた。
「十分元気だから気にしな……」
「紘兄! お祖父ちゃんから電話!」
 一階から花耶が呼び掛けてきた。
 紘彬は「な」というような表情で肩をすくめてみせると部屋を出ていった。
 如月と紘一が二人でレースゲームを続ける。

「如月さん、聞いていい?」
「いいよ」
「如月さんは子供の頃、夢とかあった? なりたいものとか」
「うーん、特にないかな。せいぜい早く仕事にいて給料もらえるようになりたかったくらい」
 その言葉に、如月から以前聞いた話を思い出した。
 如月の家は貧しかったと言っていた。
 高校を卒業した後すぐに警察学校に入ったのも経済的に大学に行かれなかったからだと。

「そっか。なりたいものが見付からないとか贅沢な悩みなんだね」
「それはどうかな。確かに金がなかったから早く働きたかったって言うのはあるけど、仕事ならなんでも良かったのは特に夢とかなりたいものが無かったからだよ」
「全然? 何も?」
「友達の家でゲームするのは好きだったけど、だからって開発者になりたいとは思わなかったよ。経済力に関係なく、夢とかなりたいものがない人って珍しくないんじゃないかな」
「そうなのかな……」
 そんな話をしているうちに紘彬が戻ってきてゲームを再開した。

 現場のリビングは散らかっていた。
 所々に血痕があるが遺体はないからソファやテーブルが壁の方に寄せられているのが被害者を搬送する時に退かしたのか犯人が荒らしたのか分からない。
 鑑識は仕事を終えて引き上げている。

「焦げ臭いな。証拠隠滅のために火でもけようとしたのか?」
 紘彬が辺りを見回した。
「いえ、被害者の一人が料理中だったらしく、通報を受けた巡査が中に入るまで火がそのままだったそうです」
「被害者は何人?」
「夫婦らしき四十代の男女は病院で死亡が確認されました。他に二十歳はたち前後と見られる男女が意識不明の重態です」
「両親とその子供達か?」
「一家が揃ってる時に押し入るなんて珍しいですね」
 如月はそう言いながら床に目を走らせた。
 強盗は通常一人暮らしの人を狙うし、複数の人間が同居している場合は留守の時を狙った空き巣が多い。
 ソファの影に財布とおぼしき物が落ちている。

「この家の家族構成は夫婦と娘一人で同居人はいなかったそうです」
「来客中だったのか」
「この財布、男物みたいですね」
 如月は手袋をめた手で財布を拾った。
 若者向けのデザインだ。
 中を開いて身分証を取り出す。
 そこに書かれた住所を見て思わず息を飲んだ。
 紘彬の家の近所である。

「桜井さん……」
「ん? なんかあったか?」
 如月は黙って紘彬に身分証を差し出した。
「白山蒼治……まさか……!」
 受け取った紘彬の顔色が変わる。
 紘彬は急いで自分のスマホを取り出すと操作した。

 ソファの近くに落ちていたスマホから着信音が流れる。
 上田がそれを拾い上げて画面を紘彬に向けた。

〝桜井紘彬〟

 一旦切って蒼治の家に掛け直す。

「あ、紘彬です……ご無沙汰してます。蒼治は……彼女って、真美ちゃんですか?」
 紘彬が巡査を見る。
 巡査が黙って頷く。
「じゃあ、掛け直します」
 紘彬はスマホを切ると顔を上げた。
「蒼治は真美ちゃんの家に行ってるそうだ」
 蒼治のスマホを見ていた上田が、
「アドレス帳に田中真美って名前がありますね」
 と言って画面をタップする。
 固定電話が鳴り始めると上田が再度画面をタップした。
 電話の音が止まった。

「間違いなさそうっスね」
「若い男女は息があったって言ってたよな!?」
 紘彬が勢い込んで巡査に訊ねた。
「はい」
 巡査が躊躇ためらいがちに頷いた。
 この様子だと容態が思わしくないのだろう。
「被害者の顔は? 相好そうごうの見分けは付く状態だったか?」
 団藤が巡査に訊ねた。
 巡査が頷く。
「桜井、病院に行って確認してこい。佐久、一緒に行け」
 紘彬は団藤の言葉が終わる前に駆け出していた。

 紘彬は病院の廊下に立ってカルテを見ていた。
 蒼治の意識はまだ戻っていない。両親には連絡済みだ。

 真美の顔は知らなかったので蒼治のスマホの写真を全て紘彬のスマホに送ってもらった。
 蒼治が女の子と一緒に写っている写真は全て同じ少女とだった。
 その子が真美で間違いないだろう。

 今、紘彬が処置室で顔を確認してきた少女だ。
 紘彬が団藤にそう報告すると、上田が真美の祖父母の連絡先を調べて知らせた。
 祖父母がこちらに向かっているとのことだ。

「あの……二人の容態は……」
 佐久が遠慮がちに訊ねた。
「蒼治は問題ない。けど……」
 紘彬は真美のいる処置室の方に目を向けた。
 処置室から時折ピッという電子音が聞こえてくる。
「彼女はもう……」
 祖父母や親戚がこちらに向かっているという話だから、彼らが死に目に会えるようにという配慮だろう。
 遺族が到着して身元を確認したら死亡宣告されるはずだ。

「あの音は心臓が動いてるからじゃ……」
 佐久がそう言った時、
ひろ君!」
 蒼治の母親が駆け寄ってきた。
「おばさん」
「蒼治は!?」
 蒼治の父親も一緒だった。
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