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第四章 宿雨

第四章 第四話

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「虫歯が全く無いな。これなら歯科には掛かってなかったかもな」
「かも? 虫歯が無いのに?」
 団藤が怪訝そうな表情を浮かべた。
「歯科でも歯の定期検診をやってるところがあるんだよ」
 麻酔によるアレルギーで意識不明の重体になり何ヶ月も入院する羽目になった人もいるくらいだ。
 早めに虫歯を発見して治療しておけばそう言うリスクをけられる。

「そうじゃなくても定期的に歯のクリーニングに行く人もいるし」
「けど両親がABとOだったんですよね?」
 如月が訊ねた。
「O型は父親なので……」
 杉田が言葉を濁した。
 母親が不倫して、その相手がA型かB型だったなら子供がAB型でもおかしくない。
「Oってのは自己申告か?」
「え?」
「輸血が必要になったとかで精密検査を受けたならともかく、生まれた時に簡単な検査を受けただけなら間違いは良くあるぞ」

 一口にA型やB型と言っても複数の種類がある。
 A型で一番多いA1型はA型の反応が強く出るがそれ以外の亜型は反応が弱い為、O型と間違われる事がある。
 B型も同様にB型の反応が弱い亜型の場合、O型と間違われる事があるのだ。
 またA型やB型の反応が強く出るA1型やB1型でも出生直後は反応が弱いのでO型と間違われる事がある。

「なら親子鑑定が可能かもしれないんですね」
「ホントに親子ならな」
「仮に親子ではなかった場合、自宅にDNAが残っている可能性はありますか?」
「娘の持ち物を全て処分したとかじゃなければヘアブラシとか、上着なんかにも毛髪が付いてるんじゃないか?」
 環境DNAといって生物が落とす目に見えないDNAの断片を採取して解析する技術も確立しているのだが、さすがに捜査機関にそれだけ高度な解析が出来る機械は置いてないだろう。
 それが可能な研究機関に依頼するには金が掛かる。
 重大事件でもない限り、行方不明者のDNA鑑定にそこまでの予算は出してもらえないだろう。

「二十年以上も前の毛髪でも鑑定出来るんですか?」
「二百年前のベートーヴェンの毛髪が鑑定出来たくらいだからな。二十年程度なら問題ない」
「上着では他人のものではないという保証は……」
「ホントにどっちとも血が繋がってなくて一本だけしか見付からなければそうだが――」
 複数の服から何本も採取出来れば、まずそれぞれの毛髪が同一人物のものかどうかの判定を行う。
 他人の毛髪なら付いていたとしても本数は少ないはずだ。
 ベートーヴェンも、彼のものとされる毛髪は複数の場所で保管されていたので何本もあった。
 そこで、まず同一人物かどうかの判定を行って同一人物のものだろうと思われる毛髪を特定した上でDNA解析を行ったのである。
 失踪者の部屋がそのまま残っているなら毛髪以外にもDNAが検出出来るものがあるかもしれない。
 本やノートなども細かく調べれば見付けられる可能性はある。
 紙で手を切ることは珍しくないから微量の血痕が残っていてもおかしくない。
 DNA鑑定出来るほどの量がなくても毛髪が本人のものかどうかの判定には利用出来るだろう。
 杉田は紘彬が挙げたDNAが採取できそうなものを全て書きめていった。

 蒼治が地下鉄の駅から地上に出て自宅へ向かっていると、桃花が紘一の高校の前でスマホを見ている振りで、ちらちらと校門から出てくる生徒に視線を向けているのに気付いた。
 おそらく紘一を待ち伏せしているのだろう。
 蒼治は紘一にLINEでまだ学校にいるか聞いてみた。
 すぐに返信が来た。
 帰宅済みと書いてある。

「桃花、紘一はもう家にいるってよ」
「そ、蒼治君!? わ、私、別に紘ちゃんを待ってるわけじゃ……」
「じゃ、帰ろうぜ」
 蒼治がそう言って促すと桃花は一緒に歩き始めた。
「蒼治君、高校入試受けてないって言ってたよね? 入試のための勉強もしてなかったって事?」
「うん」
「じゃあ、分かんないかな」
「勉強で分からない事があるなら紘一に聞いた方がいな」
「そうじゃなくて……紘ちゃんの高校って入るのすごく大変だって聞いたけど、どのくらいなのかなって……」
「そこは――」
 蒼治は紘一の高校に視線を向けた。
「都立高の中でもトップレベルだから多分相当勉強しないと無理じゃないかな。桃花の成績にもよるだろうけど」
「紘ちゃんってそんなに勉強してたっけ?」
 塾や予備校に通っていたという話は聞いてない。
「最近はあんまり会ってなかったから分からないけど、紘兄が家庭教師みたいなもんだったんじゃないか?」
「そっか、紘兄って東大確実って言われてたんだっけ」

 紘彬が受験生だった頃、桃花はまだ小学校低学年だったため近所の人達の噂くらいしか知らないが、すごい秀才だと言われていた。
 志望校を変えた時、学校の教師に泣き付かれて東大も受験したらしいが志望学部を変更して受験勉強の範囲が違ってしまっていたため結局東大は落ちたとの事だった。
 当人は医学部なら大学にはこだわってなかったようで特に気にした素振りはなく、周囲の人達が勝手に残念がっていた印象だった。
 ヴァイオリニストは学歴が関係ない事もあり、東大を落ちたことに周りの大人達の方が落胆しているのを不思議に思ったのを覚えている。
 桃花からすれば、なりたいのが医師なら医学部でありさえすれば大学はどこだろうと同じに思えたのだ。

「けど、なんで? 紘一の高校そこは音楽科ないし、音大に入るのだって付属から行くより大変だろ」
 音大付属からならエスカレーターだから、それでも入れないほど腕が悪くては音楽家になるのは到底無理だが、ヴァイオリニストになれる可能性があるくらいなら進学は問題ないだろう。
「そうだけど……」
 桃花はわずかに言い淀んだ後、口を開いた。
「この前ね、紘ちゃんと叔母さんが出たコンサートに行ったの」

 叔母の演奏を聴いて感動した桃花はヴァイオリニストになりたいという思いが一層強くなった。
 それで先日の国内コンクールで張り切って演奏したが入選すら出来なかった。
 実際、入選した人達の演奏はすごく上手くて自分にはあれだけの才能はないと思うと落ち込んだ。
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