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第四章 宿雨
第四章 第三話
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翌日、紘彬と如月が聞き込みに行くために玄関に向かうと若い男性が受付の職員に何やら質問しているのに気付いた。
職員は迷惑そうな表情で対応している。
「どうかしたのか?」
紘彬が声を掛けると男性が振り返った。
その後ろで職員が「相手にしない方がいい」という表情で首を振っている。
「事件について聞きたいことがあるんですよ」
男性が名刺を見せながら馴れ馴れしい態度で質問してきた。
名刺に新聞社の名前が書いてある。
「この前の強盗事件なんだけど……」
「あれなら警視庁の担当だから、ここで聞いても無駄だぞ。桜田門に行け」
「警視庁は担当者が決まってるんで。あの強盗事件、逮捕はここだったっしょ」
「すぐに警視庁に連行された。その後の話は聞いてない。行こう」
紘彬は如月を促すと外に出た。
「待って下さいよ。市民には知る権利があるでしょ」
「何も聞いてないんだ。知らないことは話しようがないだろ」
そう答えても記者はしつこく食い下がってきたが紘彬からは何も聞けそうにないと判断すると署の受付に戻っていった。
今日は一日中あの人の相手をするのか……。
如月は受付の職員に同情した。
紘彬と如月が聞き込みから戻ると、刑事部屋のソファに団藤と見知らぬスーツ姿の男性が座っていた。五十代くらいだろうか。
団藤が紘彬に気付くと「来てくれ」というように手を上げた。
紘彬が側に行くと団藤が、
「こちらは杉田巡査部長だ。杉田さん、彼が桜井です」
杉田と紘彬が互いに挨拶を交わした後、紘彬は訊ねるように団藤に顔を向けた。
「この前、DNA鑑定で身元が判明した遺体があっただろ」
「ミトコンドリアDNAの?」
「ああ」
「あの事件の関係者? 事件性無しって判断じゃ……」
「別の事件なんだが、詳しい話を聞きたいそうだ」
「鑑定手法の事か? DNAをどうやって……」
「いや、そこはいい」
団藤の即答に紘彬ががっかりした表情を浮かべた。
「とりあえず杉田さんに、この前と同じ話をしてやってくれ」
紘彬はホワイトボードを使って再度説明した。
「DNAサンプルがあって母方を辿れるなら身元が分かるんですね」
「母系を辿れるのはミトコンドリアDNAだから核DNAがあっても意味ないぞ」
「細胞の中にどっちも入ってるんだろ」
団藤が言った。
「DNA鑑定って言うのはDNAを取り出して増やしてから調べるんだよ。DNAサンプルって普通は核DNAだけだと思うぞ」
「どっちのDNAなのか区別が付くのか?」
「核を壊してDNAを取り出す時、先に細胞内の他のものは取り除いておくから」
「つまり母方を辿るなら細胞のサンプルが必要って事か?」
「そういう事。けど、母系を辿ろうと考えたって事は母親が分かってるって事だろ。普通のDNA鑑定が出来ない理由は?」
杉田は横に置いていたA4サイズの封筒を紘彬に差し出した。
紘彬が中の書類を取り出して目を通す。
「一九九九年六月、焼死体、失踪届が出ていた高校生かどうかの身元確認は歯形鑑定で別人……この頃ならDNAで鑑定出来たろ。失踪届けだしたのは親だったのになんで歯形で鑑定したんだ?」
「母親がAB型、父親がO型で……」
「ああ、被害者はAB型だから」
紘彬は死体検案書に目を落とした。
「担当刑事がABとOの間からABは生まれないからDNAによる親子鑑定は無理だと言って歯科のカルテで……当時は新米だったのでDNA鑑定もした方がいいのではないかと担当刑事に強く言えず……」
「失踪届が出ていた高校生だと思った理由は? 発見場所の近所に住んでたってだけか?」
「最初に彼女ではないかと考えられたのは遺体の側にその子の鞄があったからです」
失踪届が出された少女の家の近所で身元不明の焼死体が発見され、しかも側に鞄もあったなら当然真っ先にその少女を疑う。
「それで歯形鑑定の結果、別人だった。今になってそれが間違いだったんじゃないかと思う何かが出てきたのか?」
「十年ほど前、歯科のカルテを提出した医師と話す機会があったんです。カルテを提出した翌月から患者が来なくなったらしいんですが、数年後に代診に行った先でその患者を診たと言うんです」
「死んでなかったなら不思議はないだろ」
「名前が違ったと言っていました」
「結婚で名字が変わったとかじゃなく?」
「下の名前も生年月日も違ったそうです」
「ホントに同一人物なのか?」
十代の子供なら数年でかなり面差しが変わる事がある。
逆に全く似ていなかった人が成長して、その少女が大人になったときのような顔になる事もあるだろう。
「自分が治療した跡があったので間違いないと言っていました。それを聞いて、もしかして失踪者の名前でその歯医者に掛かっていたのではないかと」
「歯医者に掛かるのに名前変えないといけないような理由なんかあるか? 美容整形とかなら隠したいかもしれないけど歯科だろ」
「来なくなったのは次の月、つまり保険証の提示が必要になってからです」
「保険証を失踪した女子高生から借りてたんじゃないかって思ってるのか?」
「患者を覚えていたのは、失踪者の名前で診察していた頃から不審な点があったからだそうです」
カルテによると高校に入学したばかりなのに患者は二十歳近くに見えた。
「事情があって健康保険に入ってなくて全額負担出来るだけの金がないのに、どうしても金が掛かる歯科治療が必要になって友人から保険証を借りたのなら……」
「名前や年が違っているのは当然か」
杉田は遺体発見当時から失踪届の出ている少女ではないかと訝しんでいたところに歯科医から話を聞いて疑念が深まったものの、それだけでは再鑑定を上申するにはまだ弱いし、どちらにしろ血の繋がりがなければ親子鑑定は出来ない。
もどかしい思いをしていた杉田は後輩の団藤にその話を打ち明けていた。
団藤はそれを覚えていて、この前の事件のとき発見された焼死体の身元が割り出せたと杉田に伝えたのだ。
その話を聞いた紘彬はもう一度死体検案書に目を落とした。
職員は迷惑そうな表情で対応している。
「どうかしたのか?」
紘彬が声を掛けると男性が振り返った。
その後ろで職員が「相手にしない方がいい」という表情で首を振っている。
「事件について聞きたいことがあるんですよ」
男性が名刺を見せながら馴れ馴れしい態度で質問してきた。
名刺に新聞社の名前が書いてある。
「この前の強盗事件なんだけど……」
「あれなら警視庁の担当だから、ここで聞いても無駄だぞ。桜田門に行け」
「警視庁は担当者が決まってるんで。あの強盗事件、逮捕はここだったっしょ」
「すぐに警視庁に連行された。その後の話は聞いてない。行こう」
紘彬は如月を促すと外に出た。
「待って下さいよ。市民には知る権利があるでしょ」
「何も聞いてないんだ。知らないことは話しようがないだろ」
そう答えても記者はしつこく食い下がってきたが紘彬からは何も聞けそうにないと判断すると署の受付に戻っていった。
今日は一日中あの人の相手をするのか……。
如月は受付の職員に同情した。
紘彬と如月が聞き込みから戻ると、刑事部屋のソファに団藤と見知らぬスーツ姿の男性が座っていた。五十代くらいだろうか。
団藤が紘彬に気付くと「来てくれ」というように手を上げた。
紘彬が側に行くと団藤が、
「こちらは杉田巡査部長だ。杉田さん、彼が桜井です」
杉田と紘彬が互いに挨拶を交わした後、紘彬は訊ねるように団藤に顔を向けた。
「この前、DNA鑑定で身元が判明した遺体があっただろ」
「ミトコンドリアDNAの?」
「ああ」
「あの事件の関係者? 事件性無しって判断じゃ……」
「別の事件なんだが、詳しい話を聞きたいそうだ」
「鑑定手法の事か? DNAをどうやって……」
「いや、そこはいい」
団藤の即答に紘彬ががっかりした表情を浮かべた。
「とりあえず杉田さんに、この前と同じ話をしてやってくれ」
紘彬はホワイトボードを使って再度説明した。
「DNAサンプルがあって母方を辿れるなら身元が分かるんですね」
「母系を辿れるのはミトコンドリアDNAだから核DNAがあっても意味ないぞ」
「細胞の中にどっちも入ってるんだろ」
団藤が言った。
「DNA鑑定って言うのはDNAを取り出して増やしてから調べるんだよ。DNAサンプルって普通は核DNAだけだと思うぞ」
「どっちのDNAなのか区別が付くのか?」
「核を壊してDNAを取り出す時、先に細胞内の他のものは取り除いておくから」
「つまり母方を辿るなら細胞のサンプルが必要って事か?」
「そういう事。けど、母系を辿ろうと考えたって事は母親が分かってるって事だろ。普通のDNA鑑定が出来ない理由は?」
杉田は横に置いていたA4サイズの封筒を紘彬に差し出した。
紘彬が中の書類を取り出して目を通す。
「一九九九年六月、焼死体、失踪届が出ていた高校生かどうかの身元確認は歯形鑑定で別人……この頃ならDNAで鑑定出来たろ。失踪届けだしたのは親だったのになんで歯形で鑑定したんだ?」
「母親がAB型、父親がO型で……」
「ああ、被害者はAB型だから」
紘彬は死体検案書に目を落とした。
「担当刑事がABとOの間からABは生まれないからDNAによる親子鑑定は無理だと言って歯科のカルテで……当時は新米だったのでDNA鑑定もした方がいいのではないかと担当刑事に強く言えず……」
「失踪届が出ていた高校生だと思った理由は? 発見場所の近所に住んでたってだけか?」
「最初に彼女ではないかと考えられたのは遺体の側にその子の鞄があったからです」
失踪届が出された少女の家の近所で身元不明の焼死体が発見され、しかも側に鞄もあったなら当然真っ先にその少女を疑う。
「それで歯形鑑定の結果、別人だった。今になってそれが間違いだったんじゃないかと思う何かが出てきたのか?」
「十年ほど前、歯科のカルテを提出した医師と話す機会があったんです。カルテを提出した翌月から患者が来なくなったらしいんですが、数年後に代診に行った先でその患者を診たと言うんです」
「死んでなかったなら不思議はないだろ」
「名前が違ったと言っていました」
「結婚で名字が変わったとかじゃなく?」
「下の名前も生年月日も違ったそうです」
「ホントに同一人物なのか?」
十代の子供なら数年でかなり面差しが変わる事がある。
逆に全く似ていなかった人が成長して、その少女が大人になったときのような顔になる事もあるだろう。
「自分が治療した跡があったので間違いないと言っていました。それを聞いて、もしかして失踪者の名前でその歯医者に掛かっていたのではないかと」
「歯医者に掛かるのに名前変えないといけないような理由なんかあるか? 美容整形とかなら隠したいかもしれないけど歯科だろ」
「来なくなったのは次の月、つまり保険証の提示が必要になってからです」
「保険証を失踪した女子高生から借りてたんじゃないかって思ってるのか?」
「患者を覚えていたのは、失踪者の名前で診察していた頃から不審な点があったからだそうです」
カルテによると高校に入学したばかりなのに患者は二十歳近くに見えた。
「事情があって健康保険に入ってなくて全額負担出来るだけの金がないのに、どうしても金が掛かる歯科治療が必要になって友人から保険証を借りたのなら……」
「名前や年が違っているのは当然か」
杉田は遺体発見当時から失踪届の出ている少女ではないかと訝しんでいたところに歯科医から話を聞いて疑念が深まったものの、それだけでは再鑑定を上申するにはまだ弱いし、どちらにしろ血の繋がりがなければ親子鑑定は出来ない。
もどかしい思いをしていた杉田は後輩の団藤にその話を打ち明けていた。
団藤はそれを覚えていて、この前の事件のとき発見された焼死体の身元が割り出せたと杉田に伝えたのだ。
その話を聞いた紘彬はもう一度死体検案書に目を落とした。
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