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第三章 瘴雨
第三章 第二話
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紘彬の祖父が担架で救急車に乗せられると、紘彬はビニール袋に入った殺鼠剤を隊員に見せた。
「タリウム中毒の治療が出来る病院へ運んで下さい。これを使ってて具合が悪くなったらしいんです。髪も大量に抜けてます」
救急隊員の一人がすぐに病院に問い合わせを始める。
「祖母も触ってるので一緒に連れていって下さい。祖母ちゃん、早く乗って」
紘彬が祖母を急かす。
「叔母さん達も念のため検査受けて下さい。叔父さんにも病院に来てくれるように頼んで。如月、お前も一応検査した方がいいから紘一達と一緒に来てくれ」
紘彬はそう言うと祖母と一緒に祖父が乗せられた救急車に同乗した。
祖父は紘彬の見立て通りタリウム中毒だった。
紘彬が気付いたお陰で手遅れになる前に治療を受けることが出来た。
紘彬がすぐに取り上げた為、祖母も無事だった。
祖母はほとんど触った事がなかったらしい。
「祖父ちゃん、曾祖父ちゃんが死んだの戦後だって言ってたよな」
紘彬が病院のベッドで横になっている祖父に訊ねた。
病室には紘彬の祖母と両親と姉夫婦、それに紘一の両親と姉の花耶、紘一、それと如月もいた。
祖父がタリウムの含まれている殺鼠剤を家で使っていたので紘彬と紘一の家族と如月も念のため検査を受けた後だった。
「儂は戦後生まれだ。終戦前に死んでたら儂が生まれてるわけないだろ」
「死んだのは何年?」
「お前は曾祖父さんの死んだ年も知らんのか!」
「普通は曾祖父ちゃんの死んだ年なんか知らねーよ! 祖父ちゃんは自分の曾祖父ちゃんが死んだ年知ってんのかよ!」
紘彬に言い返そうとした祖父が口を開き掛けて噤んだ。
自分も曾祖父の亡くなった年を知らなかったことに気付いたようだ。
「父さんが死んで祖母さんとの結婚を一年延ばしたから緋沙子と蒼沙子が生まれる三年前だ」
緋沙子は紘彬の母、蒼沙子は花耶と紘一の母で、緋沙子と蒼沙子は双子である。
「母さん達が生まれる前なら曾祖父ちゃんはそんな年じゃないよな」
「五十前だ。儂もまだ若かったから……」
昔話を始めた祖父をよそに紘彬は考え込んだ。
「さっき曾祖父ちゃんの戦友達も同じ頃に死んだって言ってたよな」
「人の話を……!」
「いいから、死因は?」
紘彬が祖父の言葉を遮って訊ねる。
「知らん。ただ全員同じ頃に亡くなったって知らせが来たんで葬式を梯子することになったんだ」
「梯子って……一体何人死んだんだよ!?」
紘彬が声を上げた。
「まぁ生きて帰ってこられた人は多くはなかったから二、三人だが」
「だとしても同じ時期に複数の人間が死んだのか!?」
「そうだ。葬式に行ったら皆父さんと同じ症状だったんだ。それで誰かが南方のネズミのせいじゃないかと言っていたんだ」
「症状って言うからには病死って事だよな」
「ああ。一人は鈴木さんの父上だ」
「鈴木さんって、あの?」
紘彬が訊ねた。
どうやら紘彬も知っている人らしい。
「そうだ」
「あの……」
看護師を伴って入ってきた医師が割って入った。
「そろそろお引き取りを。お祖父様がお疲れになりますので」
「儂はそんな年じゃない!」
「祖父ちゃん、先生困らせんなよ。年なのは確かだろ」
「なんだと!」
「桜井さん! お祖父様を刺激するようなこと言わないで下さい。お祖父様もどうかご安静に」
如月の言葉に紘彬と祖父が口を噤む。
如月さん、いつもこんな役やってんのか……。
二人のやりとりを見ていた紘一は心の中で如月に同情した。
「火事の現場で発見された女性は事件性無しとして遺体が遺族に返される」
捜査会議で団藤が言った。
上田と佐久が周辺の聞き込みをしたが特にトラブルに巻き込まれた様子はなかった。
火事はテナントとして入っている店舗の火の不始末だった。
まだ夜は冷えるし野宿は襲われる危険があるのでオフィスビルの空き部屋にこっそり泊まった時に折悪しく火事に巻き込まれてしまったのだろうというのが上田と佐久の出した結論だった。
「桜井と如月は引き続き駐車場で殺害された被害者の周辺の聞き込み。上田と飯田は――」
団藤が仕事の割り振りをしていった。
紘彬と如月が被害者の職場に向かって通りを歩いている時、制服の警察官が手錠を掛けられた男を連れて建物から出てきた。
「なんだ、またか」
紘彬が警察官の一人に声を掛けた。
このビルには暴力団の事務所が入っている。
通り魔が襲うのは無防備な通行人とは限らない。
人を殺せば死刑になって死ねる、などと考える輩は暴力団事務所に乗り込むこともある。
しかし武器を持っていたところで碌に喧嘩もしたこともないような者が場慣れした相手に敵うわけがない。
大抵はあっさり取り押さえられて警察に突き出されてしまうから事件として報道されないだけなのだ。
パトカーの側に救急車も止まっている。
「ケガ人が出たのか?」
紘彬が訊ねると、
「いえ、ここではありません」
警察官がそう答えた時、救急隊員が患者を乗せた担架を運び出してきた。
白衣を着ている男性が一緒に出てくる。
見るとビルの窓に歯科の看板が掛かっている。
「ああ、アレルギーか」
「アレルギー? なんのですか?」
如月が訊ねた。
「麻酔だよ。たまにあるんだ。抜歯とかで麻酔掛けた時にアレルギー反応起こしちゃうんだよ」
「救急車で運ばれるほどのアレルギーが起きるものなんですか?」
「普通はアレルギーが起きないか事前に検査して確かめるから病院送りになるのは珍しいけどな」
紘彬は救急車とパトカーを見送ると、如月と共に歩き出した。
「タリウム中毒の治療が出来る病院へ運んで下さい。これを使ってて具合が悪くなったらしいんです。髪も大量に抜けてます」
救急隊員の一人がすぐに病院に問い合わせを始める。
「祖母も触ってるので一緒に連れていって下さい。祖母ちゃん、早く乗って」
紘彬が祖母を急かす。
「叔母さん達も念のため検査受けて下さい。叔父さんにも病院に来てくれるように頼んで。如月、お前も一応検査した方がいいから紘一達と一緒に来てくれ」
紘彬はそう言うと祖母と一緒に祖父が乗せられた救急車に同乗した。
祖父は紘彬の見立て通りタリウム中毒だった。
紘彬が気付いたお陰で手遅れになる前に治療を受けることが出来た。
紘彬がすぐに取り上げた為、祖母も無事だった。
祖母はほとんど触った事がなかったらしい。
「祖父ちゃん、曾祖父ちゃんが死んだの戦後だって言ってたよな」
紘彬が病院のベッドで横になっている祖父に訊ねた。
病室には紘彬の祖母と両親と姉夫婦、それに紘一の両親と姉の花耶、紘一、それと如月もいた。
祖父がタリウムの含まれている殺鼠剤を家で使っていたので紘彬と紘一の家族と如月も念のため検査を受けた後だった。
「儂は戦後生まれだ。終戦前に死んでたら儂が生まれてるわけないだろ」
「死んだのは何年?」
「お前は曾祖父さんの死んだ年も知らんのか!」
「普通は曾祖父ちゃんの死んだ年なんか知らねーよ! 祖父ちゃんは自分の曾祖父ちゃんが死んだ年知ってんのかよ!」
紘彬に言い返そうとした祖父が口を開き掛けて噤んだ。
自分も曾祖父の亡くなった年を知らなかったことに気付いたようだ。
「父さんが死んで祖母さんとの結婚を一年延ばしたから緋沙子と蒼沙子が生まれる三年前だ」
緋沙子は紘彬の母、蒼沙子は花耶と紘一の母で、緋沙子と蒼沙子は双子である。
「母さん達が生まれる前なら曾祖父ちゃんはそんな年じゃないよな」
「五十前だ。儂もまだ若かったから……」
昔話を始めた祖父をよそに紘彬は考え込んだ。
「さっき曾祖父ちゃんの戦友達も同じ頃に死んだって言ってたよな」
「人の話を……!」
「いいから、死因は?」
紘彬が祖父の言葉を遮って訊ねる。
「知らん。ただ全員同じ頃に亡くなったって知らせが来たんで葬式を梯子することになったんだ」
「梯子って……一体何人死んだんだよ!?」
紘彬が声を上げた。
「まぁ生きて帰ってこられた人は多くはなかったから二、三人だが」
「だとしても同じ時期に複数の人間が死んだのか!?」
「そうだ。葬式に行ったら皆父さんと同じ症状だったんだ。それで誰かが南方のネズミのせいじゃないかと言っていたんだ」
「症状って言うからには病死って事だよな」
「ああ。一人は鈴木さんの父上だ」
「鈴木さんって、あの?」
紘彬が訊ねた。
どうやら紘彬も知っている人らしい。
「そうだ」
「あの……」
看護師を伴って入ってきた医師が割って入った。
「そろそろお引き取りを。お祖父様がお疲れになりますので」
「儂はそんな年じゃない!」
「祖父ちゃん、先生困らせんなよ。年なのは確かだろ」
「なんだと!」
「桜井さん! お祖父様を刺激するようなこと言わないで下さい。お祖父様もどうかご安静に」
如月の言葉に紘彬と祖父が口を噤む。
如月さん、いつもこんな役やってんのか……。
二人のやりとりを見ていた紘一は心の中で如月に同情した。
「火事の現場で発見された女性は事件性無しとして遺体が遺族に返される」
捜査会議で団藤が言った。
上田と佐久が周辺の聞き込みをしたが特にトラブルに巻き込まれた様子はなかった。
火事はテナントとして入っている店舗の火の不始末だった。
まだ夜は冷えるし野宿は襲われる危険があるのでオフィスビルの空き部屋にこっそり泊まった時に折悪しく火事に巻き込まれてしまったのだろうというのが上田と佐久の出した結論だった。
「桜井と如月は引き続き駐車場で殺害された被害者の周辺の聞き込み。上田と飯田は――」
団藤が仕事の割り振りをしていった。
紘彬と如月が被害者の職場に向かって通りを歩いている時、制服の警察官が手錠を掛けられた男を連れて建物から出てきた。
「なんだ、またか」
紘彬が警察官の一人に声を掛けた。
このビルには暴力団の事務所が入っている。
通り魔が襲うのは無防備な通行人とは限らない。
人を殺せば死刑になって死ねる、などと考える輩は暴力団事務所に乗り込むこともある。
しかし武器を持っていたところで碌に喧嘩もしたこともないような者が場慣れした相手に敵うわけがない。
大抵はあっさり取り押さえられて警察に突き出されてしまうから事件として報道されないだけなのだ。
パトカーの側に救急車も止まっている。
「ケガ人が出たのか?」
紘彬が訊ねると、
「いえ、ここではありません」
警察官がそう答えた時、救急隊員が患者を乗せた担架を運び出してきた。
白衣を着ている男性が一緒に出てくる。
見るとビルの窓に歯科の看板が掛かっている。
「ああ、アレルギーか」
「アレルギー? なんのですか?」
如月が訊ねた。
「麻酔だよ。たまにあるんだ。抜歯とかで麻酔掛けた時にアレルギー反応起こしちゃうんだよ」
「救急車で運ばれるほどのアレルギーが起きるものなんですか?」
「普通はアレルギーが起きないか事前に検査して確かめるから病院送りになるのは珍しいけどな」
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