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第三章 瘴雨

第三章 第一話

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第三章 瘴雨しょうう

       一

 紘彬の説明を聞きながら団藤が考え込むような表情をしていた。

「まどかちゃん、分かり辛かったか? それならもっと詳しく……」
「いいっス!」
「十分です」
「遠慮しときます」
 佐久と上田、飯田が同時に遮った。
「エディンバラ公って男だよな」
 団藤が訊ねた。
「ミトコンドリアは母親から受け継ぐってだけで男にもあるから」
 男親のミトコンドリアDNAは子供に伝わらないと言うだけである。

「つまり祖母でも曾祖母でも母方を辿たどれば分かるのか?」
曾祖母ひいばあちゃんが生きてるか、DNAが残ってるならな」
 よほどの高齢者か、代々十代で子供を産んできたとかでもない限り、ある程度年のいった人間の曾祖母が存命中というのは珍しい。
「でも別に真上じゃなくても女親が共通してるところから分岐した親戚でも間に男が入ってなければ分かるぞ」
 現にエディンバラ公とアレクサンドラ皇后はヴィクトリア女王で分岐した親戚である。
「そうか」
 団藤はまだ考え込んでいるような表情で頷いた。

「焼死体については? 死体検案書を見て何か気付いたことがあるか?」
 団藤が紘彬に訊ねた。
「暴行の痕跡があったかって事なら、新しい骨折やヒビでもあれば死因が暴行によるものかどうかの見当くらいは付けられるけど、あの遺体には無かったな。燃えちゃうとかすり傷程度じゃ分からなくなるから」
 団藤は再度頷くと、
「聞き込みの方は?」
 と訊ねた。
「小さな会社だから役所から受注出来るような仕事はしてないな」
 贈収賄罪というのは受け取る側が公務員でなければ成立しない。
 民間企業同士では成り立たないのだ。
「経理関係も横領などをされた痕跡はなかったそうです」
 如月が言った。
「どっちにしろあんな小さな会社じゃ殺してまで証拠を消したいほどの金額は無理だろ」
「横領額は大した事がなくてもそれをネタに身体の関係を迫ってたとかで怨恨は有り得るだろ。女性社員を洗ってみろ」
「女性とは限りませんよ」
「つまり社員全員かぁ……」
 紘彬がうんざりしたような表情になった。

 紘彬と如月が紘一の家の近くまで来た時、紘一の母の蒼沙子あさこと姉の花耶かやが家から飛び出してきたところだった。
 後から紘一も続いて出てくる。

「紘一、どうした?」
 紘彬が驚いて紘一に声を掛けた。
「兄ちゃん、ちょうど良かった。祖父ちゃんが具合悪いらしいって祖母ちゃんから電話が……」
「ホントか!?」
 紘彬が駆け出す。
 如月も後に続いた。
 紘彬も紘一も武道をやっているから体力はあるにしても成人男性を運搬することになるかもしれないなら男手は多い方が良いだろう。

「大したことないと言っとるだろ!」
 紘彬の祖父はそう怒鳴りながらも声に元気がない。
 台所の椅子に座っているが、怒っているのにその場から立ち去ろうとしないのは歩けないからではないのか。
 紘彬が脈をはかろうと伸ばした手を、腕をずらしてけようとしたが振り払おうとはしなかった。

 もしかして手も動かないんじゃ……。

 如月の不安が増してくる。

「祖父ちゃん、病気だったら迷惑だから病院行ってくれよ」
 紘彬が祖父の脈をはかりながら言った。
「桜井さん、もう少し言葉を……」
「何が迷惑だ! 病気だとしたらこれは父さんから感染うつったものだ!」
「なわけないだろ!」
 珍しく紘彬が突っ込みを入れた。
曾祖父ひいじいちゃんが死んだのいつだよ!」
「父さんも同じ症状だった。南方のジャングルの病気が儂に感染うつったんだ」
「曾祖父ちゃんが帰ってきたの何十年前だよ! しかも祖父ちゃんが生まれたのは曾祖父ちゃんが戦地から帰ってきた後なんだろ! なんで戦地での症状知ってるんだよ!」
「病気になったのは戦地じゃない。戦争が終わって復員してきた後だ。父さんも父さんの戦友達も同じ頃に亡くなったんだ」
「死んだのが戦後なら年だろ」
「桜井さん!」
 如月がたしなめた時、天井裏をネズミが走る音が聞こえた。

「ネズミのせいかもしれん」
「だったらとっくの昔に俺達全員具合が悪くなってるだろ」
「祖母さん、早く薬をけ。ネズミがいなくなれば治る。父さんの病気も南方のネズミのせいだ」
 紘彬の祖母がやれやれという表情でシンクの下の戸を開く。
「祖父ちゃん、ネズミなんて……」
 言い掛けた紘彬は祖母が取り出した物を見た瞬間、顔色を変えた。
 ポケットから証拠品を扱う手袋を取り出すとめる時間もしいというように手袋で祖母の持っていた物を掴んで引ったくる。

「如月、救急車! 花耶ちゃん、袋!」
 如月はすぐにスマホを取り出して消防署に掛けた。
「普通のビニール袋でい?」
 花耶が袋を仕舞しまっている戸棚を開きながら訊ねる。
「密閉出来るのある? 口のところに……」
 紘彬が言い終える前に密封出来る袋が差し出される。
 紘彬はそれを受け取ると中に入れて密閉してから袋の外からそれを見詰めた。
 ラベルの成分表を見ているらしい。

「紘彬! 何の真似だ!」
「何事なの?」
 紘彬の祖父と祖母が同時に言った。
「祖父ちゃん! なんでこんな古いもの使ってたんだよ!」
「最近の薬はかないからだ。新しいものばかり持てはやしてきもしない……」
「なんで古いものが禁止されたと思ってんだよ! 持て囃すとかじゃなくて理由があんだよ! 老い先短い祖父ちゃんと祖母ちゃんはともかく――」
「桜井さん! 言葉を選んで下さい!」
「――紘一や花耶ちゃんに何かあったらどうするつもりだよ!」
 紘彬がそう言いながらゴミ箱の中をのぞく。

「ああ、やっぱり。この髪全部、祖父ちゃんの? 祖母ちゃんは髪抜けてないか? 父さんと母さんの髪は?」
 そう言ってから紘一と花耶の母、蒼沙子の方を振り返る。
「叔母さん達は? 最近大量に髪が抜けたりしてないか? 花耶ちゃんも紘一も大丈夫か?」
 紘彬の問いに紘一達が頷いた。
「儂らの年なら髪が抜けるのは……」
「いきなりこんなに大量に抜けるかよ!」
「紘兄、一体どういう事?」
 花耶がそう言った時、救急車のサイレンが聞こえてきた。
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