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第二章 発火雨
第二章 第五話
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「昨日の強盗に入られた家の近所で実行犯が借りたレンタカーが発見された」
朝の捜査会議で団藤が報告した。
「随分早いな。昨日の今日だろ」
紘彬が言った。
「以前にも犯行現場付近でレンタカーが発見されたことがあったから周辺の駐車場を片っ端から調べたんだ」
「それにしても、そんなにすぐに実行犯が借りたものって断定出来るものなのか?」
「本名で借りてたんだ。逮捕したとき免許を所持してたし」
「本名? 普通、本名使うか?」
「免許証なんかを偽造するのはお金や手間が掛かりますから。レンタカーを借りるには免許が必要ですし」
如月が説明した。
偽造免許はそこらの店で買えるようなものではない。
運転免許証のような技術的に偽造が難しいものは作れる人間が限られるし、その分だけ値段も高い。
捨て駒の実行犯に一々そんなものを渡してたら赤字になりかねないし、かといって偽造免許を買えるだけの金がある者は闇バイトなどに手を出したりはしないだろう。
大抵は背に腹は代えられないほど困窮した末に犯罪に手を染めているのだ。
それに実行犯が捕まったとき偽造免許を押収されたら偽造屋まで逮捕される恐れがあるし、そうなれば指示役まで辿られかねない。
「ネットで雇った使い捨てのバイトに金を掛けたりしないんだろう」
団藤が補足する。
「強盗なんて被害者が生きてても殺人罪より罪が重いのによくバイト感覚で危ない橋が渡れるな」
紘彬が呆れたように言った。
「それはともかく、今日の聞き込みだが……」
団藤が捜査の割り振りを始めた。
「桜井と如月は駐車場で殺されていた被害者の職場を中心に調べてくれ」
あれだけ家捜しされていたのは誰かにとって致命的なデータを持っていたという事だろう。
もしかしたら職場で誰かが不正をしていたのかもしれない。
それをネタに誰かを脅迫という事も有り得る。
「上田と佐久は焼死体が発見されたビルの近所だ、飯田と俺は……」
会議が終わると紘彬達は捜査に向かった。
「桜井、例の焼死体の身元が判明したそうだ」
聞き込みから帰ってきた紘彬に団藤が告げた。
刑事部屋の中には他の刑事達も揃っていた。
全員聞き込みを終えて帰ってきていたようだ。
「DNA鑑定の結果、孫だと判明した」
「孫でも親子鑑定出来るんスか?」
「親子鑑定じゃなくてDNA鑑定だよ」
紘彬が答えた。
親子鑑定もDNA鑑定ではないのかと言う表情をしている一同の顔を見た紘彬がホワイトボードの前に向かう。
団藤が場所を譲った。
紘彬はホワイトボードにマーカーで大きな円を描いた。
「これが卵子」
と言って今書いた円を指す。
「で、これが細胞内の核」
と言いながら円の中に更に円を書いて内側の円を指した。
それから核――内側の円――の中に一本の線を引く。
「この線が母親の染色体、つまりDNA。卵子はこういう状態。受精すると父親の染色体がここに入る」
紘彬が線の横にもう一本の線を書き足す。
内側の円の中に二本の線が並ぶ。
「これでDNAは一対になる。親子鑑定に使うのはこの核DNA。だけど」
紘彬は核(内側の円)の隣に別の小さい円を描いてそれを指した。
「実はミトコンドリアにもDNAがある。これは卵子に入っているものだから母親だけのDNAを受け継ぐ」
「あっ!」
如月が声を上げた。
「娘の娘って……」
「そ。ミトコンドリアDNAは女親から受け継ぐから母系を辿るのに使われるんだ」
核の中の染色体は時々一部を交換する。
母由来の染色体が白いビーズを連ねた紐だとすれば父親由来の染色体は黒いビーズの紐である。
受精により対になった染色体はたまに一部を交換することにより、どちらの染色体にも両親双方の遺伝子が含まれる事になる。
だから子供に渡す染色体が一本だけでも両親の遺伝子を受け継げるのだ。
ただこうやって子供には両親のDNAが混ざっているため親子鑑定でも九九・九九~パーセントの確率としか言えず、百パーセント実子だとは断言出来ない。
子供でも百パーセントとは言えないくらいだから祖父母では血縁関係があるかどうかくらいしか分からない。
しかしミトコンドリアDNAは母親からしか受け継がないため母親より上の世代でも間に男が入っていなければ血縁関係を証明出来る。
「有名な例だと最後のロシア皇帝の身元確認だな」
一九一八年に一家揃って殺害されたロシア皇帝ニコライ二世とその家族ではないかと思われる遺体が一九九一年に発掘された。
DNA鑑定の結果、男女二体との間に親子関係があると判定された遺体が三体あった。
つまり両親と三人の子供達という事である。
しかし七十年以上経っていたため遺体が皇帝一家だと証明出来るものがなかった。
殺害された皇帝一家は埋められる時、身元が分からないようにするために衣服など身に着けていた物は全て剥ぎ取られていたからである。
そこでミトコンドリアDNAによる鑑定が行われる事になった。
ロシア皇帝の皇后アレクサンドラはイギリスのヴィクトリア女王の孫でしかも今回のケース同様娘の娘だった。
そしてエディンバラ公フィリップはヴィクトリア女王の曾孫だった。
エディンバラ公を始めとした親族の協力の下、ミトコンドリアDNAで鑑定したのである。
そしてDNAが一致したため、五人はロシア皇帝一家だと証明されたとして歴代皇帝の墓地に埋葬されたのだ。
朝の捜査会議で団藤が報告した。
「随分早いな。昨日の今日だろ」
紘彬が言った。
「以前にも犯行現場付近でレンタカーが発見されたことがあったから周辺の駐車場を片っ端から調べたんだ」
「それにしても、そんなにすぐに実行犯が借りたものって断定出来るものなのか?」
「本名で借りてたんだ。逮捕したとき免許を所持してたし」
「本名? 普通、本名使うか?」
「免許証なんかを偽造するのはお金や手間が掛かりますから。レンタカーを借りるには免許が必要ですし」
如月が説明した。
偽造免許はそこらの店で買えるようなものではない。
運転免許証のような技術的に偽造が難しいものは作れる人間が限られるし、その分だけ値段も高い。
捨て駒の実行犯に一々そんなものを渡してたら赤字になりかねないし、かといって偽造免許を買えるだけの金がある者は闇バイトなどに手を出したりはしないだろう。
大抵は背に腹は代えられないほど困窮した末に犯罪に手を染めているのだ。
それに実行犯が捕まったとき偽造免許を押収されたら偽造屋まで逮捕される恐れがあるし、そうなれば指示役まで辿られかねない。
「ネットで雇った使い捨てのバイトに金を掛けたりしないんだろう」
団藤が補足する。
「強盗なんて被害者が生きてても殺人罪より罪が重いのによくバイト感覚で危ない橋が渡れるな」
紘彬が呆れたように言った。
「それはともかく、今日の聞き込みだが……」
団藤が捜査の割り振りを始めた。
「桜井と如月は駐車場で殺されていた被害者の職場を中心に調べてくれ」
あれだけ家捜しされていたのは誰かにとって致命的なデータを持っていたという事だろう。
もしかしたら職場で誰かが不正をしていたのかもしれない。
それをネタに誰かを脅迫という事も有り得る。
「上田と佐久は焼死体が発見されたビルの近所だ、飯田と俺は……」
会議が終わると紘彬達は捜査に向かった。
「桜井、例の焼死体の身元が判明したそうだ」
聞き込みから帰ってきた紘彬に団藤が告げた。
刑事部屋の中には他の刑事達も揃っていた。
全員聞き込みを終えて帰ってきていたようだ。
「DNA鑑定の結果、孫だと判明した」
「孫でも親子鑑定出来るんスか?」
「親子鑑定じゃなくてDNA鑑定だよ」
紘彬が答えた。
親子鑑定もDNA鑑定ではないのかと言う表情をしている一同の顔を見た紘彬がホワイトボードの前に向かう。
団藤が場所を譲った。
紘彬はホワイトボードにマーカーで大きな円を描いた。
「これが卵子」
と言って今書いた円を指す。
「で、これが細胞内の核」
と言いながら円の中に更に円を書いて内側の円を指した。
それから核――内側の円――の中に一本の線を引く。
「この線が母親の染色体、つまりDNA。卵子はこういう状態。受精すると父親の染色体がここに入る」
紘彬が線の横にもう一本の線を書き足す。
内側の円の中に二本の線が並ぶ。
「これでDNAは一対になる。親子鑑定に使うのはこの核DNA。だけど」
紘彬は核(内側の円)の隣に別の小さい円を描いてそれを指した。
「実はミトコンドリアにもDNAがある。これは卵子に入っているものだから母親だけのDNAを受け継ぐ」
「あっ!」
如月が声を上げた。
「娘の娘って……」
「そ。ミトコンドリアDNAは女親から受け継ぐから母系を辿るのに使われるんだ」
核の中の染色体は時々一部を交換する。
母由来の染色体が白いビーズを連ねた紐だとすれば父親由来の染色体は黒いビーズの紐である。
受精により対になった染色体はたまに一部を交換することにより、どちらの染色体にも両親双方の遺伝子が含まれる事になる。
だから子供に渡す染色体が一本だけでも両親の遺伝子を受け継げるのだ。
ただこうやって子供には両親のDNAが混ざっているため親子鑑定でも九九・九九~パーセントの確率としか言えず、百パーセント実子だとは断言出来ない。
子供でも百パーセントとは言えないくらいだから祖父母では血縁関係があるかどうかくらいしか分からない。
しかしミトコンドリアDNAは母親からしか受け継がないため母親より上の世代でも間に男が入っていなければ血縁関係を証明出来る。
「有名な例だと最後のロシア皇帝の身元確認だな」
一九一八年に一家揃って殺害されたロシア皇帝ニコライ二世とその家族ではないかと思われる遺体が一九九一年に発掘された。
DNA鑑定の結果、男女二体との間に親子関係があると判定された遺体が三体あった。
つまり両親と三人の子供達という事である。
しかし七十年以上経っていたため遺体が皇帝一家だと証明出来るものがなかった。
殺害された皇帝一家は埋められる時、身元が分からないようにするために衣服など身に着けていた物は全て剥ぎ取られていたからである。
そこでミトコンドリアDNAによる鑑定が行われる事になった。
ロシア皇帝の皇后アレクサンドラはイギリスのヴィクトリア女王の孫でしかも今回のケース同様娘の娘だった。
そしてエディンバラ公フィリップはヴィクトリア女王の曾孫だった。
エディンバラ公を始めとした親族の協力の下、ミトコンドリアDNAで鑑定したのである。
そしてDNAが一致したため、五人はロシア皇帝一家だと証明されたとして歴代皇帝の墓地に埋葬されたのだ。
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