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第二章 発火雨
第二章 第四話
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小さい頃から桃花は紘一を慕っていた。
桃花はヴァイオリンを習っているので手をケガするわけにはいかないのだが、他の子達と一緒に遊びたがるので桃花がいる時は紘一が彼女をケガの心配のない遊びに誘って相手をしていたらしい。
必然的に皆が外で走り回っている時は二人だけになる事が多かったようだ。
二人で本を読んだり積み木やパズルなどで遊んでいたらしい。
〝らしい〟というのは、そのころ蒼治は既にサッカーを始めていたので人伝に聞いただけだ。
おそらく助けてもらったことで、淡い想いがはっきりとした恋心に変わったのだろう。
殺されそうになったところを助けてくれたんだから王子様だよな……。
離れた場所から見ていた蒼治ですら格好良いと思ったくらいだ。
もし蒼治が女だったら自分も好きになっていたかもしれない。
蒼治は以前バレンタインの翌日、紘一から相談を受けたことがあった。
「蒼ちゃん、毎年沢山チョコ貰ってたよね? お返しどうしてたの?」
と紘一が困ったような表情で聞いてきたのだ。
全員にお返しするとなると小遣いが足りないと言うから貰った数を聞いて愕然とした。
サッカー部のエースだった蒼治よりも多かったのだ。
紘一は剣道と柔道の有段者で、大会ではいつも優勝しているとは言え帰宅部だし、学校では目立たないように控えめにしていた。
理由を聞いたら目立つと絡んでくるヤツがいるからとの事だった。
私闘厳禁だから喧嘩になったら一方的に殴られる事になる。
それでなるべく人目を引かないようにしているらしい。
だからまさかそんなに人気があったとは思わなかった。
それだけモテているのだ。
いつ彼女が出来てもおかしくない。
桃花としては今でさえ気が気ではないだろう。
まして海外へ行ったらほぼ絶望的になる。
桃花はヴァイオリニストを小さい頃から夢見ていたとは言っても、それは日本でもなれるかもしれないのだ。
叔母と一緒に暮らせばなれる確率が少し上がるという程度だろう。
百パーセント確実ではないのなら紘一がいるところでも大差ないのではないかと考えても無理はない。
桃花の志望校は音大付属だし推薦は倍率が二倍以上らしいが一般入試なら一倍にいくかどうかだ。
よほどひどい点でもない限り確実に入れるし、紘一の高校と大して離れてないから会おうと思えばいつでも会える。
音大付属や音大は音楽家を育成するための学校なのだから外国へ行かなくても、そこへ行けばヴァイオリニストになれるのではないかと考えてしまうのだろう。
今時、女性は結婚をして専業主婦になって家事をするものだなどという考え方は古すぎるが、だからといって絶対にキャリアを磨かなけばいけないという訳でもない。
ヴァイオリニストになりたいというのは桃花自身の希望であって親が期待しているわけではないようだから無理に目指さなくても問題ないだろう。
大学へ行けば教員免許も取れるだろうし選り好みさえしなければ就職先はどうにでもなりそうに思える。
世界的に活躍出来る音楽家になれる可能性が低くなってもいいから紘一の近くにいるという選択をしても良いのだ。
「その気持ち、俺も分かるな」
「え?」
桃花が小首を傾げて蒼治を見上げた。
「実は俺も外国のチームから誘われてるんだ」
「嘘! すごい!」
名前さえ書けば入れる高校だと言ったが、実際スカウトされて受けた学校だったから試験は面接だけだったのでホントに書類に名前を書いただけだ。
そして、その高校で活躍して大学も推薦だった。
それくらいだから大学在学中に海外のチームから声が掛かったのである。
「でも、そうなると彼女は?」
彼女に夢中なのは蒼治を知っている者の間では有名だから当然幼馴染みの桃花も知っている。
蒼治が溜息を吐いた。
「うん……外国に行ったら遠距離なんてもんじゃなくなるだろ」
四年も付き合ってようやく親に紹介してもらえるというところまで辿り着いたくらいだ。
正直彼女が蒼治と同じくらい想ってくれているという自信はない。
海外へ行ったら振られてしまうかもしれない。
外国へ行くと伝えた途端、別れを切り出されるということはないにしても離れて暮らしていたら他の男に心変わりしてしまうかもしれない。
そうでなくても彼女が大学を卒業した後どうなるか分からない。
蒼治自身、向こうでの暮らしがどうなるか不透明なのだ。
ましてや三年後の事など予想も付かないから自分のところに来てくれと言う訳にはいかない。
一度行ったら頻繁に戻ってくるのは無理だろうし、彼女の家も娘を何度も海外旅行させてやれるほど裕福ではない。
その上、時差が大きいからメールはともかく通話などリアルタイムでのやりとりは難しいだろう。
彼女の事も本気で好きだが結果的にサッカーを選ぶ事になるのだから直接会うどころか連絡さえ中々取れなくなったら心変わりされても文句は言えない。
海外へ行くことを選ぶなら彼女のことは諦めるくらいの覚悟が必要だ。
だが桃花が幼い頃からヴァイオリニストに憧れていたように、蒼治もずっと本気でサッカー選手を目指して努力してきた。
だからチャンスはどうしても掴みたい。
後で悔やんだ時、彼女がいなければ迷わず行っていたのに、などと考えて恨んでしまうかもしれない。
それは嫌だ。
だから彼女を旅行に誘う事にした。
振られた場合に備えて思い出だけでも作っておきたいと考えたのだ。
蒼治がそう言うと、
「そうだよね」
桃花がよく分かるという表情で頷いた。
桃花はサッカーのことを知らないし、蒼治もヴァイオリンのことは分からない。
だが互いに自分の夢を叶える困難さは理解しているから迷う気持ちに共感出来るのだ。
「サッカーの事はよく分からないけど、彼女と上手くいくと良いね」
桃花がそう言うと、
「ありがと」
蒼治は微笑った。
桃花はヴァイオリンを習っているので手をケガするわけにはいかないのだが、他の子達と一緒に遊びたがるので桃花がいる時は紘一が彼女をケガの心配のない遊びに誘って相手をしていたらしい。
必然的に皆が外で走り回っている時は二人だけになる事が多かったようだ。
二人で本を読んだり積み木やパズルなどで遊んでいたらしい。
〝らしい〟というのは、そのころ蒼治は既にサッカーを始めていたので人伝に聞いただけだ。
おそらく助けてもらったことで、淡い想いがはっきりとした恋心に変わったのだろう。
殺されそうになったところを助けてくれたんだから王子様だよな……。
離れた場所から見ていた蒼治ですら格好良いと思ったくらいだ。
もし蒼治が女だったら自分も好きになっていたかもしれない。
蒼治は以前バレンタインの翌日、紘一から相談を受けたことがあった。
「蒼ちゃん、毎年沢山チョコ貰ってたよね? お返しどうしてたの?」
と紘一が困ったような表情で聞いてきたのだ。
全員にお返しするとなると小遣いが足りないと言うから貰った数を聞いて愕然とした。
サッカー部のエースだった蒼治よりも多かったのだ。
紘一は剣道と柔道の有段者で、大会ではいつも優勝しているとは言え帰宅部だし、学校では目立たないように控えめにしていた。
理由を聞いたら目立つと絡んでくるヤツがいるからとの事だった。
私闘厳禁だから喧嘩になったら一方的に殴られる事になる。
それでなるべく人目を引かないようにしているらしい。
だからまさかそんなに人気があったとは思わなかった。
それだけモテているのだ。
いつ彼女が出来てもおかしくない。
桃花としては今でさえ気が気ではないだろう。
まして海外へ行ったらほぼ絶望的になる。
桃花はヴァイオリニストを小さい頃から夢見ていたとは言っても、それは日本でもなれるかもしれないのだ。
叔母と一緒に暮らせばなれる確率が少し上がるという程度だろう。
百パーセント確実ではないのなら紘一がいるところでも大差ないのではないかと考えても無理はない。
桃花の志望校は音大付属だし推薦は倍率が二倍以上らしいが一般入試なら一倍にいくかどうかだ。
よほどひどい点でもない限り確実に入れるし、紘一の高校と大して離れてないから会おうと思えばいつでも会える。
音大付属や音大は音楽家を育成するための学校なのだから外国へ行かなくても、そこへ行けばヴァイオリニストになれるのではないかと考えてしまうのだろう。
今時、女性は結婚をして専業主婦になって家事をするものだなどという考え方は古すぎるが、だからといって絶対にキャリアを磨かなけばいけないという訳でもない。
ヴァイオリニストになりたいというのは桃花自身の希望であって親が期待しているわけではないようだから無理に目指さなくても問題ないだろう。
大学へ行けば教員免許も取れるだろうし選り好みさえしなければ就職先はどうにでもなりそうに思える。
世界的に活躍出来る音楽家になれる可能性が低くなってもいいから紘一の近くにいるという選択をしても良いのだ。
「その気持ち、俺も分かるな」
「え?」
桃花が小首を傾げて蒼治を見上げた。
「実は俺も外国のチームから誘われてるんだ」
「嘘! すごい!」
名前さえ書けば入れる高校だと言ったが、実際スカウトされて受けた学校だったから試験は面接だけだったのでホントに書類に名前を書いただけだ。
そして、その高校で活躍して大学も推薦だった。
それくらいだから大学在学中に海外のチームから声が掛かったのである。
「でも、そうなると彼女は?」
彼女に夢中なのは蒼治を知っている者の間では有名だから当然幼馴染みの桃花も知っている。
蒼治が溜息を吐いた。
「うん……外国に行ったら遠距離なんてもんじゃなくなるだろ」
四年も付き合ってようやく親に紹介してもらえるというところまで辿り着いたくらいだ。
正直彼女が蒼治と同じくらい想ってくれているという自信はない。
海外へ行ったら振られてしまうかもしれない。
外国へ行くと伝えた途端、別れを切り出されるということはないにしても離れて暮らしていたら他の男に心変わりしてしまうかもしれない。
そうでなくても彼女が大学を卒業した後どうなるか分からない。
蒼治自身、向こうでの暮らしがどうなるか不透明なのだ。
ましてや三年後の事など予想も付かないから自分のところに来てくれと言う訳にはいかない。
一度行ったら頻繁に戻ってくるのは無理だろうし、彼女の家も娘を何度も海外旅行させてやれるほど裕福ではない。
その上、時差が大きいからメールはともかく通話などリアルタイムでのやりとりは難しいだろう。
彼女の事も本気で好きだが結果的にサッカーを選ぶ事になるのだから直接会うどころか連絡さえ中々取れなくなったら心変わりされても文句は言えない。
海外へ行くことを選ぶなら彼女のことは諦めるくらいの覚悟が必要だ。
だが桃花が幼い頃からヴァイオリニストに憧れていたように、蒼治もずっと本気でサッカー選手を目指して努力してきた。
だからチャンスはどうしても掴みたい。
後で悔やんだ時、彼女がいなければ迷わず行っていたのに、などと考えて恨んでしまうかもしれない。
それは嫌だ。
だから彼女を旅行に誘う事にした。
振られた場合に備えて思い出だけでも作っておきたいと考えたのだ。
蒼治がそう言うと、
「そうだよね」
桃花がよく分かるという表情で頷いた。
桃花はサッカーのことを知らないし、蒼治もヴァイオリンのことは分からない。
だが互いに自分の夢を叶える困難さは理解しているから迷う気持ちに共感出来るのだ。
「サッカーの事はよく分からないけど、彼女と上手くいくと良いね」
桃花がそう言うと、
「ありがと」
蒼治は微笑った。
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