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第二章 発火雨

第二章 第一話

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第二章 発火雨はっかう

       一

 警察署を出た紘彬と如月は雨が降っているのを見て持参した傘を開いた。
 二人の前を消防車がサイレンを鳴らしながら走り去っていく。
 消防車が路面をおおった水をね飛ばす。

「最近多いですね」
発火雨はっかうってそう言う意味ないんだけどな」
「はっかう?」
「四月初めごろに降る雨の異名。モモの花が咲いてるときの雨は遠目には火が燃えてるみたいに見えるからだそうだ。杏花雨きょうかうとか、桃花とうかの雨とも言うらしい」
「ああ、モモの花って赤いのもありますね」
 如月も遠ざかっていく消防車に目を向けた。

 紘彬と如月は連れだって紘一の家に向かった。
 二人は定時に退勤できた時は紘一の家に行って三人でゲームに興じている。

「面通し? ドラマでやってるヤツ?」
 紘一が画面から目を離さずに聞き返した。
 三人でレースゲームをしていて競り合いだからほんのわずかの間でもよそ見をしたら負けてしまう。
「そう。やってくれるか?」
「いいよ」
「なぁ、もしかして桃花ちゃんと蒼治もいたのか?」
「え、それは……」
 紘一が口籠くちごもった。
 紘彬と同じ心配をしているのだろう。

「桃花ちゃんはたとしても聞かなかった事にする」
「蒼ちゃんは?」
「どの程度見てたかによるな。顔を見てないなら無理だし」
 紘彬がそう言うと、
「襲われたのは桃花ちゃんだよ」
 と打ち明けた。
「そうなのか!?」
「うん。ただ公園の近くで声を掛けられるまで桃花ちゃんだったって気付かなかったんだ。犯人に気を取られてて」
 正確には祖父に知られないようにするにはどうしたらいいかで頭が一杯だったと言うべきか。

「蒼治は?」
「見てたらしいけど、どこにいたのかは聞いてない。桃花ちゃんと一緒に声掛けてきたけど、襲われたとき桃花ちゃんは友達といたから別のとこにいたんだと思う」
「じゃあ、お前は桃花ちゃんや蒼治があそこにいたことは事件の時には知らなかったんだな」
 紘彬が念を押すように訊ねた。
「うん。蒼ちゃんにも証言頼むの?」
「蒼治が自発的に警察に申し出れば別だが、俺の方から頼む気はない」
 紘彬の言葉に紘一は安心したらしい。
 その表情からすると紘一もえて蒼治に警察が目撃者を探しているという事を教えるつもりはないようだ。

 翌日、紘彬と如月は大塚にある監察医務院かんさついむいんにいた。
 数日前に起きたビル火災の現場から焼死体が発見され、司法解剖の結果が出たとの事なので説明を受けに来たのだ。

 紘彬は遺体の説明を受けながら死体検案書に目を通している。
 被害者は未成年の少女だった。
 死因に不審な点はないらしい。
 いて言うなら栄養状態が悪い事くらいか。
 しかし若い女の子はダイエットだと言って食事を抜いたりするので普通の家庭の子でも栄養不良は珍しくない。

「被害者の身元は分からないんですか?」
 身元が判明すれば交友関係などを洗って恨みを買ってなかったかなどを調べられる。
「オフィスビルの、それもき部屋から発見されたので……」
 焼け残った物の中に所持品らしき物は発見されなかった。

 せめて住宅か職場で発見されたなら、この人ではないかと見当を付けることが出来るし、当たりを付けられればその人のDNAが残っていそうな物を探せるのだが、どこの誰かも分からない状態ではそうもいかない。
 レントゲン写真を見る限り骨折した跡もない。
 骨を固定するためのチタンプレートでも入っていれば身元の割り出しも少しは容易だったのだが。
 そうでなくても骨折したことがあれば周囲の人間は知っていたはずだから手懸かりになる。
 歯も虫歯はあるが比較的最近のもので治療痕も無い。
 歯並びを見た感じでは歯列矯正もしていないようだ。
 被害者はこの様子だと歯科に掛かった事はないかもしれない。
 歯科にカルテが無ければ歯形による鑑定も出来ない。

 話を聞き終えた紘彬と如月が部屋を出ると廊下に初老の女性が所在なげに立っていた。

「あの人は?」
 紘彬が職員に訊ねると、
「被害者の祖母かもしれないと申し出てきた女性です」
 という答えが返ってきた。
「なら親と親子鑑定……」
「それが、お孫さんのご両親は大分前に亡くなったとかで……」
 職員が困ったように言った。
「けど誰なのか見当が付いてるなら家に行けばDNAが……」
「どこに住んでいたのか知らないそうです」」
 紘彬と如月は顔を見合わせると女性の元に行った。

「失礼ですが……」
 紘彬と如月は警察手帳を見せた。

 初老の女性によると孫は十七歳、二年前に家出して消息不明だったそうだ。
 検死結果の推定年齢に近い。

「お孫さんだと思う根拠は……」
「最近、あの辺りで孫を見掛けたという人がいて探していたんです。そうしたら火事の翌日から見ていないと言われて……」
「あの、お孫さんと電話やメールなどでのやりとりも無かったんですか?」
 如月が訊ねた。
 連絡すらしないほど疎遠そえんの祖母が孫かもしれないなどと申し出てくるものだろうか。
 如月の疑問を察したのだろう。

「孫は小さい頃に両親を亡くして、私の息子――長男が引き取って育てていたのですが……」
 伯父一家との折り合いが悪く、高校に入学した頃に荒れて家を飛び出してしまったらしい。
 女性や彼女の息子が住んでいるのは遠く離れた他県で、彼女もまさか孫が東京に来ていたとは思わず、ずっと地元で探していたとのことだった。
 それが最近、中学の頃の同級生が東京に修学旅行に来て彼女を見掛けたと教えてくれたので捜しに来ていたらしい。

「お孫さんの使っていたヘアブラシか歯ブラシは残ってますか?」
「いえ、家出して半年もたないうちに、嫁が孫の持ち物を処分してしまって……」
 女性が明らかに嫁――長男の妻――を心良く思っていない口調で答えた。
「お宅に泊まりに来たときに使用した物は」
 女性が首を振った。

 二年間も家の中を掃除をしてないという事はないだろうし、口を付けたあと洗ってない食器などもないだろう。
 探していたなら帰ってきた時すぐ部屋を使えるように常に綺麗にしていたはずだ。
 となるとDNAが採取出来る見込みは薄いだろう。
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