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第一章 天雨
第一章 第六話
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数日後、紘彬と如月が聞き込みから帰ってくると刑事部屋の前に制服警官が立っていた。
「あ、桜井警部補」
巡査が敬礼する。
「おう、どうした?」
紘彬と如月も返礼した。
「実は警部補の従弟さんのことで……」
巡査がそう言った途端、紘彬の顔色が変わった。
「紘一に何かあったのか!?」
紘彬が思わず詰め寄ると、
「いえ、違います! そうではなくて……」
巡査が慌てて手を振る。
「品川の強盗事件で逮捕された男のDNAと、高田馬場の自転車から採取した血痕のDNAが一致したとの連絡があったそうです」
この前の紘彬の指摘により防犯カメラの近くを捜索したところ、鉄製のネットフェンスがあり、その一部が切れて針金の先が道路に飛び出していた。
その周辺を重点的に調べたところフェンスの隙間に付着した血痕を発見したのだ。
鑑識はそれを採取してDNA鑑定を行い、サンプルと共に保管していた。
巡査が高田馬場駅前でのことを話した。
「紘一もあそこにいたのか」
「それで高田馬場駅前の事件の目撃者を改めて探すように言われまして……」
警察官は困った表情で一旦口を噤んだ。
ネットフェンスに血痕が付いていただけでは証拠にならない。
事件の目撃者が、犯人がフェンスでケガをしたところまで見ていたわけではないなら血痕で証明出来るのはフェンスの側に行ったと言う事だけである。
「面通しが必要なんだな」
高田馬場の事件と品川の事件の被疑者が同一人物だと証明するには目撃者の証言が必要になる。
「従弟さんのご友人からお名前は聞きましたが……」
「ああ、口止めされたのか」
私闘禁止ではなくても危ない真似をするなと大人達は口を揃えて叱るはずだし、紘彬も注意するか、何も言わないにしても渋い顔はしたはずだ。
それで紘一は知られたくなかったのだろう。
「紘一だけでいいのか?」
「他にも知り合いの方があそこにいらしたんですか?」
「いや、聞いてない」
紘彬は即座に否定した。
実際、紘一がいたことすら知らなかったくらいだから嘘ではない。
しかしあの日、紘一は久し振りに桃花と蒼治に会ったと言っていた。
かなり色々話したようだから恐らく高田馬場から二人と一緒に帰ってきたのだろう。
だとすれば桃花や蒼治も犯人を見たはずだ。
だが大学生の蒼治はともかく、中学生の桃花に証言はさせたくない。
犯人に逆恨みされる可能性があるし、証言をさせないようにするために証人を襲うように誰かに頼むかもしれない事を考えると正直紘一にも証言をさせたくないくらいだ。
だが紘一に腕っ節が強い友人がいるという話は聞いてないから一緒にいた友達が強いとは思えないし、紘一の友人だけに危険を伴う可能性のある面通しをさせるわけにもいかない。
だから紘一は止むを得ないし、場合によっては蒼治も仕方ないだろうが、さすがに中学生の女の子に危ない目に遭うかもしれないことはさせたくない。
「一応他にも目撃者がいないか探してますが……」
「紘一と紘一の友達がいるからな。紘一だけで済めばその方がいいだろ。他にも証人が必要になりそうなら紘一に知り合いを見掛けてないか聞いておく」
紘彬の言葉に警察官が安心したような表情を浮かべた。
「女の子を助けたって事は内緒にしておいていいんだよな。逃げていく男の顔を見たってだけで十分なんだし」
「それはまぁ……。しかし表彰されると思いますよ」
「いや、あいつ、賞状は腐るほど持ってるし、そう言うのが欲しけりゃ口止めして逃げたりしてないだろ」
巡査が表彰されたくない人間がいるなんて信じ難いという表情を浮かべる。
「裁判で証言することになったら被疑者の仲間に名前を知られても仕方がないが、報道で事前に知られると口封じやお礼参りの危険があるからな」
紘彬の言葉を聞いて巡査はようやく納得した様子を見せた。
強盗の実行犯で、その上別件の強盗事件の被疑者でもある人間が保釈されることはないはずだが誰かに口封じを頼む可能性は捨てきれない。
紘彬からしたら証言すらさせたくないくらいなのだから強盗事件で被害者になりかけた女の子を助けたと言う報道で全国的に名前が知られるなど危険な目に遭う確率を上げるようなことなど論外だ。
ニュースになるのはせいぜい迷子の子供を見付けたとか、倒れているお年寄りのために救急車を呼んだとか言う程度にしておいて欲しい。
紘一にしても紙切れ一枚のために両親や祖父に叱られるのは御免だろう。
巡査に言ったように褒められたいと思っていたら逃げずにその場に残っていたはずだ。
如月には巡査の気持ちがよく分かった。
普通は賞状を貰う機会などそうそうないし、特に警察官にとって表彰は出世に直結するのだから尚更だ。
まぁ、桜井さんちは色んな意味で普通じゃないし……。
桜井家にしろ藤崎家にしろ家の中に賞状の類はほとんど飾っていない。
あるのは小学生を対象とした賞で、紘一と紘一の姉の花耶が生まれて初めて貰ったものがそれぞれ一枚だけだ。
何枚もの賞状をこれ見よがしに飾るのはみっともないという家風もあるようだが、両家とも姉弟揃って武道の大会に出る度に優勝しているし、それ以外の事でも何度か貰っているらしい。
額縁は安くないのに一々買っていられないとか、そもそも全部飾り切るには壁が足りないとか言う理由の方が大きいようだ。
さすがに古新聞と一緒に古紙回収に出したりはしてないみたいだけど……。
桜井さんの孫の代くらいになったら置き場所がないからって理由で捨てることはありそうだな……。
その頃には物理的な紙ではなくデジタルデータになっているかもしれないが。
「あ、桜井警部補」
巡査が敬礼する。
「おう、どうした?」
紘彬と如月も返礼した。
「実は警部補の従弟さんのことで……」
巡査がそう言った途端、紘彬の顔色が変わった。
「紘一に何かあったのか!?」
紘彬が思わず詰め寄ると、
「いえ、違います! そうではなくて……」
巡査が慌てて手を振る。
「品川の強盗事件で逮捕された男のDNAと、高田馬場の自転車から採取した血痕のDNAが一致したとの連絡があったそうです」
この前の紘彬の指摘により防犯カメラの近くを捜索したところ、鉄製のネットフェンスがあり、その一部が切れて針金の先が道路に飛び出していた。
その周辺を重点的に調べたところフェンスの隙間に付着した血痕を発見したのだ。
鑑識はそれを採取してDNA鑑定を行い、サンプルと共に保管していた。
巡査が高田馬場駅前でのことを話した。
「紘一もあそこにいたのか」
「それで高田馬場駅前の事件の目撃者を改めて探すように言われまして……」
警察官は困った表情で一旦口を噤んだ。
ネットフェンスに血痕が付いていただけでは証拠にならない。
事件の目撃者が、犯人がフェンスでケガをしたところまで見ていたわけではないなら血痕で証明出来るのはフェンスの側に行ったと言う事だけである。
「面通しが必要なんだな」
高田馬場の事件と品川の事件の被疑者が同一人物だと証明するには目撃者の証言が必要になる。
「従弟さんのご友人からお名前は聞きましたが……」
「ああ、口止めされたのか」
私闘禁止ではなくても危ない真似をするなと大人達は口を揃えて叱るはずだし、紘彬も注意するか、何も言わないにしても渋い顔はしたはずだ。
それで紘一は知られたくなかったのだろう。
「紘一だけでいいのか?」
「他にも知り合いの方があそこにいらしたんですか?」
「いや、聞いてない」
紘彬は即座に否定した。
実際、紘一がいたことすら知らなかったくらいだから嘘ではない。
しかしあの日、紘一は久し振りに桃花と蒼治に会ったと言っていた。
かなり色々話したようだから恐らく高田馬場から二人と一緒に帰ってきたのだろう。
だとすれば桃花や蒼治も犯人を見たはずだ。
だが大学生の蒼治はともかく、中学生の桃花に証言はさせたくない。
犯人に逆恨みされる可能性があるし、証言をさせないようにするために証人を襲うように誰かに頼むかもしれない事を考えると正直紘一にも証言をさせたくないくらいだ。
だが紘一に腕っ節が強い友人がいるという話は聞いてないから一緒にいた友達が強いとは思えないし、紘一の友人だけに危険を伴う可能性のある面通しをさせるわけにもいかない。
だから紘一は止むを得ないし、場合によっては蒼治も仕方ないだろうが、さすがに中学生の女の子に危ない目に遭うかもしれないことはさせたくない。
「一応他にも目撃者がいないか探してますが……」
「紘一と紘一の友達がいるからな。紘一だけで済めばその方がいいだろ。他にも証人が必要になりそうなら紘一に知り合いを見掛けてないか聞いておく」
紘彬の言葉に警察官が安心したような表情を浮かべた。
「女の子を助けたって事は内緒にしておいていいんだよな。逃げていく男の顔を見たってだけで十分なんだし」
「それはまぁ……。しかし表彰されると思いますよ」
「いや、あいつ、賞状は腐るほど持ってるし、そう言うのが欲しけりゃ口止めして逃げたりしてないだろ」
巡査が表彰されたくない人間がいるなんて信じ難いという表情を浮かべる。
「裁判で証言することになったら被疑者の仲間に名前を知られても仕方がないが、報道で事前に知られると口封じやお礼参りの危険があるからな」
紘彬の言葉を聞いて巡査はようやく納得した様子を見せた。
強盗の実行犯で、その上別件の強盗事件の被疑者でもある人間が保釈されることはないはずだが誰かに口封じを頼む可能性は捨てきれない。
紘彬からしたら証言すらさせたくないくらいなのだから強盗事件で被害者になりかけた女の子を助けたと言う報道で全国的に名前が知られるなど危険な目に遭う確率を上げるようなことなど論外だ。
ニュースになるのはせいぜい迷子の子供を見付けたとか、倒れているお年寄りのために救急車を呼んだとか言う程度にしておいて欲しい。
紘一にしても紙切れ一枚のために両親や祖父に叱られるのは御免だろう。
巡査に言ったように褒められたいと思っていたら逃げずにその場に残っていたはずだ。
如月には巡査の気持ちがよく分かった。
普通は賞状を貰う機会などそうそうないし、特に警察官にとって表彰は出世に直結するのだから尚更だ。
まぁ、桜井さんちは色んな意味で普通じゃないし……。
桜井家にしろ藤崎家にしろ家の中に賞状の類はほとんど飾っていない。
あるのは小学生を対象とした賞で、紘一と紘一の姉の花耶が生まれて初めて貰ったものがそれぞれ一枚だけだ。
何枚もの賞状をこれ見よがしに飾るのはみっともないという家風もあるようだが、両家とも姉弟揃って武道の大会に出る度に優勝しているし、それ以外の事でも何度か貰っているらしい。
額縁は安くないのに一々買っていられないとか、そもそも全部飾り切るには壁が足りないとか言う理由の方が大きいようだ。
さすがに古新聞と一緒に古紙回収に出したりはしてないみたいだけど……。
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