16 / 47
夏 七
しおりを挟む
既に決定している姫が一人、希望している姫が五人、それに管大納言の大姫も加わるかもしれないのだ。
元々帝は跡継ぎを残すために妃が多いとは言え、これだけ妃になりたい者がいるのでは隆亮や隆亮の母親が気乗りしないのも分からなくはない。
どう考えても不幸になる未来しか見えない……。
妃は離婚される心配だけはないのだが、逆に言えば他の男と再婚して幸せになる道が閉ざされているという事でもある。
貴族なら夫が通ってこなくなってから規定の年数(三年)が経過すれば離婚と見做されるので再婚出来るのだが、妃は帝が来ないからといって再婚するというわけにはいかない。
一度だけ譲位した帝に妃の方が申し入れて離婚したという事例はあるのだが、それは帝が退位したあと出家したから出来たことなのだ(僧侶は建前としては妻帯禁止のため)。
それを考えると隆亮や右大臣の北の方が姫の入内に二の足を踏むのも無理はないだろう。
そして、これだけ娘を妃にしたい者がいるとなると内大臣の姫を亡き者にしたいと思っている者の一人や二人、いてもおかしくない。
それに隆亮や隆亮の母は乗り気ではないとしても右大臣が娘を妃にしたいと考えているのなら狙わせた者から右大臣を除外するわけにはいかない。
考えなくてもいいのは内大臣くらいか……。
内大臣の妻ですら、妃に決まっている姫の母親以外の女性は除外してもいいかどうか……。
「内大臣には姫が何人いるんだ?」
貴晴が訊ねた。
「母親違いは一人だけのはずだし、その姫はまだ四、五歳だから内大臣の妻達は考えなくてもいいと思うぞ」
隆亮が貴晴の考えを察して答えた。
とはいえ、それでも怪しい者は十分すぎるくらいいる。
……いや、務めは〝鬼〟の塒を見付けることだ。
それと裏で〝鬼〟を操っている者がいるならそれを暴くことである。
春宮の妃を守れとは言われていない。
姫を守るのは警護の者達の役目だ。
まぁ、それはともかく……。
群盗自体は相変わらず跋扈しているようだが手懸かりがない。
さて、どうしたらいいものか……。
管大納言の大姫は春宮の妃になりたいらしいのだからのんびりしていたら手遅れになる。
とはいえ、どうすればいいか何も思い付かなかった。
「藤が枝を 宿にせむとて ほととぎす 今はいずこで 汝は鳴くやと」
塀の側で歌を詠じていた織子が外に目を向けると門の外にいる男と視線が合いそうになった。
男はすぐに顔を背けると歩み去った。
「お姉様宛の文?」
織子は門の近くにいた侍女に声を掛けた。
「はい?」
侍女がきょとんとした顔をする。
「今の男の人、文を届けに来たのでは……」
「どなたもいらしていませんよ」
「そう……」
織子は肩を落とした。
「藤が枝を……」
「姫様、お出掛けの時間です」
侍女が織子に声を掛けた。
今日は匡が歌会に行くのに着いていくのだ。
織子はいつも通り車の中で待つだけだが。
私がいない間に多田様の使者が来ないといいけど……。
こういうとき乳母子がいればいいのに、といつも思う。
そうすれば乳母子に代わりに詠じていてもらえたはずだ。
織子には乳母子がいない。
昔、幼い織子が都を離れることになった時、乳母と乳母子はこちらに残ったのだ。
ほんの二、三日の旅ですら命の危険を伴うのである。
それより遠いところとなると生きて都に戻ってこられるか分からない。
織子の親もそんなところまで同行してくれとは言えなかったのだろう。
織子も仕方なかったのだと諦めてはいるのだが、それでも、もし今いてくれれば、と思わずにはいられなかった。
織子は渋々牛車に向かった。
「隆亮! 何があった!?」
貴晴は隆亮の部屋に飛び込んだ。
ここは右大臣家である。
前夜、隆亮がケガをしたという知らせを聞いて駆け付けたのだ。
「貴晴、心配かけてすまない」
「それはいい。それよりケガは? 何があった」
「心配ない。かすり傷だ」
隆亮が答えた。
「夕辺、随身として右大将の供で出掛けたんだ――」
そう言って説明してくれたところによると、隆亮は随身として右大将について出掛けたらしい。
「そこを群盗に襲撃されたんだ」
隆亮が言った。
「右大将を狙ったのか?」
「いや、右大将が通ってる姫だ」
ちょうど群盗が邸に襲撃を掛けたところに右大将が到着したため戦闘になったらしい。
「姫や右大将は無事だったのか?」
貴晴が訊ねると、
「随身が何人かケガ人したがな。それより、お前を呼んだのは逃げ遅れた群盗を捕まえたからなんだ」
隆亮が答えた。
「ホントか!?」
「ああ。で、話によると内大臣の姫を狙ったのも、そいつららしいんだ」
「それで? 塒は聞き出せたのか?」
貴晴が訊ねた。
聞き出したのならとっくに検非違使が乗り込んで捕まえているかもしれない。
そうなると貴晴のする事はなくなる。
群盗は〝鬼〟の他にもいることはいるが――掃いて捨てるほど。
「連中が言うには誰かに雇われたんじゃないらしい」
「嘘じゃないのか?」
邸に押し入るような連中が素直に話すとは思えない。
「検非違使がそう言ってたんだ」
隆亮はそう言ってから貴晴が疑わしそうな表情をしているのを見て、
「検非違使っていうのは取り調べで拷問もするんだ」
と付け加えた。
「検非違使の拷問って相当だぞ。検非違使にならなくて良かったって思うくらいには……」
「そうなのか」
貴晴はようやく納得して頷いた。
貴族というと大人しくて気が弱いと思われがちだが実際はそうでもない。
内裏で掴み合いの乱闘をすることもあるくらいである。
当然、内裏の外では武器を振り回すこともある。
穢れを受けるとしばらく参内出来なくなるので殺しは郎党にやらせることが多いが。
貴晴も襲撃されたら普通に斬り殺すし、それは隆亮も同じである。
元々帝は跡継ぎを残すために妃が多いとは言え、これだけ妃になりたい者がいるのでは隆亮や隆亮の母親が気乗りしないのも分からなくはない。
どう考えても不幸になる未来しか見えない……。
妃は離婚される心配だけはないのだが、逆に言えば他の男と再婚して幸せになる道が閉ざされているという事でもある。
貴族なら夫が通ってこなくなってから規定の年数(三年)が経過すれば離婚と見做されるので再婚出来るのだが、妃は帝が来ないからといって再婚するというわけにはいかない。
一度だけ譲位した帝に妃の方が申し入れて離婚したという事例はあるのだが、それは帝が退位したあと出家したから出来たことなのだ(僧侶は建前としては妻帯禁止のため)。
それを考えると隆亮や右大臣の北の方が姫の入内に二の足を踏むのも無理はないだろう。
そして、これだけ娘を妃にしたい者がいるとなると内大臣の姫を亡き者にしたいと思っている者の一人や二人、いてもおかしくない。
それに隆亮や隆亮の母は乗り気ではないとしても右大臣が娘を妃にしたいと考えているのなら狙わせた者から右大臣を除外するわけにはいかない。
考えなくてもいいのは内大臣くらいか……。
内大臣の妻ですら、妃に決まっている姫の母親以外の女性は除外してもいいかどうか……。
「内大臣には姫が何人いるんだ?」
貴晴が訊ねた。
「母親違いは一人だけのはずだし、その姫はまだ四、五歳だから内大臣の妻達は考えなくてもいいと思うぞ」
隆亮が貴晴の考えを察して答えた。
とはいえ、それでも怪しい者は十分すぎるくらいいる。
……いや、務めは〝鬼〟の塒を見付けることだ。
それと裏で〝鬼〟を操っている者がいるならそれを暴くことである。
春宮の妃を守れとは言われていない。
姫を守るのは警護の者達の役目だ。
まぁ、それはともかく……。
群盗自体は相変わらず跋扈しているようだが手懸かりがない。
さて、どうしたらいいものか……。
管大納言の大姫は春宮の妃になりたいらしいのだからのんびりしていたら手遅れになる。
とはいえ、どうすればいいか何も思い付かなかった。
「藤が枝を 宿にせむとて ほととぎす 今はいずこで 汝は鳴くやと」
塀の側で歌を詠じていた織子が外に目を向けると門の外にいる男と視線が合いそうになった。
男はすぐに顔を背けると歩み去った。
「お姉様宛の文?」
織子は門の近くにいた侍女に声を掛けた。
「はい?」
侍女がきょとんとした顔をする。
「今の男の人、文を届けに来たのでは……」
「どなたもいらしていませんよ」
「そう……」
織子は肩を落とした。
「藤が枝を……」
「姫様、お出掛けの時間です」
侍女が織子に声を掛けた。
今日は匡が歌会に行くのに着いていくのだ。
織子はいつも通り車の中で待つだけだが。
私がいない間に多田様の使者が来ないといいけど……。
こういうとき乳母子がいればいいのに、といつも思う。
そうすれば乳母子に代わりに詠じていてもらえたはずだ。
織子には乳母子がいない。
昔、幼い織子が都を離れることになった時、乳母と乳母子はこちらに残ったのだ。
ほんの二、三日の旅ですら命の危険を伴うのである。
それより遠いところとなると生きて都に戻ってこられるか分からない。
織子の親もそんなところまで同行してくれとは言えなかったのだろう。
織子も仕方なかったのだと諦めてはいるのだが、それでも、もし今いてくれれば、と思わずにはいられなかった。
織子は渋々牛車に向かった。
「隆亮! 何があった!?」
貴晴は隆亮の部屋に飛び込んだ。
ここは右大臣家である。
前夜、隆亮がケガをしたという知らせを聞いて駆け付けたのだ。
「貴晴、心配かけてすまない」
「それはいい。それよりケガは? 何があった」
「心配ない。かすり傷だ」
隆亮が答えた。
「夕辺、随身として右大将の供で出掛けたんだ――」
そう言って説明してくれたところによると、隆亮は随身として右大将について出掛けたらしい。
「そこを群盗に襲撃されたんだ」
隆亮が言った。
「右大将を狙ったのか?」
「いや、右大将が通ってる姫だ」
ちょうど群盗が邸に襲撃を掛けたところに右大将が到着したため戦闘になったらしい。
「姫や右大将は無事だったのか?」
貴晴が訊ねると、
「随身が何人かケガ人したがな。それより、お前を呼んだのは逃げ遅れた群盗を捕まえたからなんだ」
隆亮が答えた。
「ホントか!?」
「ああ。で、話によると内大臣の姫を狙ったのも、そいつららしいんだ」
「それで? 塒は聞き出せたのか?」
貴晴が訊ねた。
聞き出したのならとっくに検非違使が乗り込んで捕まえているかもしれない。
そうなると貴晴のする事はなくなる。
群盗は〝鬼〟の他にもいることはいるが――掃いて捨てるほど。
「連中が言うには誰かに雇われたんじゃないらしい」
「嘘じゃないのか?」
邸に押し入るような連中が素直に話すとは思えない。
「検非違使がそう言ってたんだ」
隆亮はそう言ってから貴晴が疑わしそうな表情をしているのを見て、
「検非違使っていうのは取り調べで拷問もするんだ」
と付け加えた。
「検非違使の拷問って相当だぞ。検非違使にならなくて良かったって思うくらいには……」
「そうなのか」
貴晴はようやく納得して頷いた。
貴族というと大人しくて気が弱いと思われがちだが実際はそうでもない。
内裏で掴み合いの乱闘をすることもあるくらいである。
当然、内裏の外では武器を振り回すこともある。
穢れを受けるとしばらく参内出来なくなるので殺しは郎党にやらせることが多いが。
貴晴も襲撃されたら普通に斬り殺すし、それは隆亮も同じである。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?
akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。
今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。
家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。
だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる